思い出コイン
昨日は散々な目にあった。
そして、大変よろしかった。
朝、鏡を見ながら髪型をセットする。清潔感とチャラくならない程度の遊びを入れる。それを発見してくれる人を思い浮かべてニンマリする。
そして無表情になる。
◆
中等部の頃、家族と幼馴染に裏切られた僕は、これ以上の心の炎症を防ぐため、誘われていた先輩と関係を持った。
心を通わせたつもりは無かったけど、よほど人のリアクションに飢えていたのだろう。
ありとあらゆる方法を模索し、探求し、相手を善がらせた。何百回と繰り返し、相手を狂わせたが、心の隙間はついに埋まらなかった。
その事実に我慢ならなかったのだろうか。彼女は心を通わせたのだと信じていたが、裏切られたと、別れを口にし去っていった。
その翌日、僕のモノリスには【魔王】と表示されていた。
その当時は訳もわからないまま、まるで厨二病だな、と自嘲していたが、今思えば先輩が【勇者】になってしまったからこそ僕が【魔王】になったのではないかと思う。
◆
先輩とはあれ以来会っていない。
逢いたい気持ちは無くは無いが、心の隙間を自覚するのが怖かった。
勇者誕生の度に思い出してしまう。あれから僕は変われたのだろうか。
「いってきます」
玄関を出て通学路を歩く。すぐに小さな公園が目に入る。よく幼馴染たちと遊んだ公園だった。
そこに滅多に見ない人物が居た。
成宮月奈。
裏切られて、疎遠になってからは久しく会話していない。
彼女も今の僕を見て嫌悪するのだと思うと心の隙間が開く予感がした。
少し足速に去ろうとした時だった。
「おぉ、ぉはようっ!」
少し上ずったが彼女にしては珍しいくらいの大きな声で僕に挨拶してきた。
え? 何?
何も答えずに、訝しげな顔だけをしていた僕に堪らず、駆け寄り、早口混じりに唐突に話しかけてきた。
「あ、あの、アオくん、あのね」
手のひらをグーパーしながら深呼吸を繰り返す。
これは昔からの彼女の癖で、決意を喉から出す際に決まってする仕草だった。
懐かしいな。
綺麗になったな。
改めて思う。
進級してから同クラスになったため、横目では見ていたが、こんなに間近なのは中等部以来か。ふと彼女のトレードマークに目がいく。
「まだ、持ってたんだ」
「…あ。うん、私にとっては凄く大事なものだから」
「…」
彼女のトレードマークである右側の編み込みには鈍色のコンチョがついていた。
その昔外国にあった滅んだ王国のコインを加工したもので、細工師に手伝ってもらいながらもほぼ全てを自分で仕上げた。
その国の神話に出てくる幸運のトカゲが彫られた古銭で、柄が消えないように注意しながらハンマーで半円状に仕上げ、ヘアゴムを通す輪っかを溶接した。彼女に似合うと思いプレゼントしたのだ。
なんでまだ持ってんだろ。
「あの、その、一緒に学校、行きたいです」
「……いいけど、カズマは?」
「今日からはアオくんと、通いたいです」
「…いや、構わないけど、なんで?」
「説明しても良いけど、アオくん多分まだ信じてくれないと思う」
「…モノリス使えば嘘かわかるだろ?」
「だってわたし、聖女だから」
「あ、そっか」
【聖】の属性持ちの言葉にはバフが乗る。例え嘘をついても必要な嘘だとマザーに認定されやすい。なぜなら大衆が選出した存在の吐く嘘は大衆のためになりやすいという性質を帯びているからだという。本当かよ。
逆に【魔】属性の嘘はすぐバレる。なぜなら裏パラメータにしっかり跡がつくのだ。裏パラメータが埋まると退学らしい。指導室で聞いた。これは本当だった。
僕ら【魔】は愛想笑いで躱すしかない。
くそ、誰か変わってください。
でもなんでまた。そこまでして誤解されたくないということか。うーん。ん?
「…いいよ、行こっか…」
「うん!っはい!」
?…今何でOKだしたんだ…?
でも本当に嬉しそうだな。嬉しそうな彼女を見ると心が暖かくなる。未練か。
「カズマにはちゃんと説明してよ」
「…う、ぅん!」
あ、こいつ今バフかけたな。
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