第226話 番外編 斥候から見た二つの国
(そろそろ食糧が尽きるな。一度ルオートニスに帰るか)
と、
(やーだ、オレってば[死者の村]じゃなくてルオートニス王国に“帰る”って思っちゃったよ。……まあ、ルオートニスは[死者の村]を受け入れてくれたしね……)
国王ディルレッドがヒューバートの願いを聞き入れて、王都に近い西部の比較的災害の少ない場所に、村を下ろすことを認めてくれた。
これから土地が増え、労働力が必要なのだからむしろありがたい、とまで言って。
村は[死者の村]ではなく、[医神の村]と名をいただき、医学者が医療技術を学ぶ場所として開発が進んでいる。
元々ディアスが多くの技術と知識を残していたため、村の者もルオートニスの城の者より知識が豊富だった。
村に帰ると、幼い子どもたちが郊外の村や町の聖殿へ、薬草の知識を教えに行ってお金を稼いでくる。
村の子たちがどんどん成長して「医者を目指す」者が増え、今や[死者の村]は[医神の村]の名に恥じぬ医学の村となっているのだ。
人を救えることを喜ぶ子どもたちを見るとむず痒い。
その知識を人殺しに使っていたのだ、トニスは。
(……仕事しますか)
あの子たちが人に誇れる道を歩むのなら、自分は人を殺めた分救える仕事をしなければ。
食糧はルオートニスに帰るまで持つが、心許ない。
ヒューバートの使い魔から、ここ——ソーフトレスに来るのは来年になりそう、と連絡が来ている。
……なんでもジェラルドとレナが進級試験に落ちたとか。
(まあ、あの子らも忙しいからなぁ!)
しかしそんな中でも進級試験を一発クリアしているのがヒューバート。
ディアスに勉強教わっておいてよかった〜、と安堵の声を漏らしていたが、彼の仕事量を思うと勉強に時間を割くのも大変だっただろう。
ハニュレオの方も無事に味方に引き入れたようだし、本当にとんでない王子様である。
本人はそれを鼻にかけることもしない。
自分が平凡な、ごく普通の人間だと思っている。
実際そうなのだろう。
だが、彼は間違いなく英雄であり救世主だ。
「……っと……こりゃ、また……」
女子供と体の悪そうな老人、欠損部位のある元騎士らしい男たち。
「失礼、このキャンプはどこへ向かってるんだい?」
「あんたも避難民か? 見ての通り水も食糧ももうないぜ。他を当りな」
「いや、一晩泊めてもらえりゃいいよ。火打ち石を落として困っていたんだ。火にあたれればそれでいい」
「ああ、火打ち石なら余ってるよ。騎士が何人か合流したから、魔法を使える人が増えたんだ。俺のでよけりゃ持ってきな」
「お、いいのかい? ありがでぇ」
声をかけた男衆の中に、親切な人物がいた。
トニスも魔法が使えるので、火打ち石など使わない。
だが、ソーフトレスの人間は民間に魔法があまり浸透していなかった。
驚いたが、それがソーフトレスという国のやり方だったらしい。
魔法は選ばれ、限られた者にしか授けられることはない特別な力。
そうして優秀な人材を城に囲い、使うのだ。
別にやり方そのものはセドルコと似たようなものだろうが、開戦してからは魔法の使えない者が瞬く間に難民となり、死ぬ。
ある意味、ルオートニスに侵攻したあとのセドルコ帝国もこうなるだろう。
それが簡単に想像できて、気分が悪くなる。
男はケホケホと咳をして、腕を摩っていた。
「寒いのかい?」
聞けば火打ち石をくれた男は首を横に振って腕を見せてくれた。
それで理由を察した。
「結晶病か……」
「あ、ああ。おかげで雑兵にも劣ると追い出されたよ。家族の側にいると移しちまいそうで、端の方にいるんだ」
「結晶病は移らんだろう」
「でも怖いんだってさ。こんな腕じゃ火打ち石も使えないから、大切にしてくれ」
「……ああ、ありがとうよ。大事に使わせてもらう」
片腕を失った元騎士らしい男が、結晶病を患ったその男の背中を摩る。
最初は柄が悪そうと思ったが、優しい男のようだ。
みんな、優しいんだろう。
「……もし、そこのもし、腕を見せていただけますか?」
「!?」
「あ? なんだ? お嬢さんも難民かい? 若い子は中央の方に行って炊き出しを手伝ってくれば食事がもらえるよ?」
「いいえ、わたくしはあなたに話しかけております。腕を見せてくださいませ」
「は? こんな腕を?」
フードを深く被った、マントで全身を覆った若い女が音も気配もなく現れた。
あまりにも唐突で、トニスは思わず腰のナイフを握ってしまったほど。
女は気にすることなく男たちに近づいて、結晶病の男の手に触れる。
「お、おい」
「〜〜♪」
「え!」
口ずさむ程度の『聖女の歌』。
ほんの一節だが、光が男の腕を癒す。
背中、おそらく内臓にも達していた病は、それだけで完治した。
「い、息が……こんな……」
「あ、あんた、まさかっ」
「あなたの腕もお見せください」
「は? いや、聖女でも欠損部位は——」
「かの者のすべてを癒せ。過去も、今も、未来に至るすべまで。祝福をこの者に与え、一つの幸運の奇跡を約束せよ。[ハイ・オールド・ヒーリング]」
女が唱えると、欠損した腕が生えてきた。
他の男たちも腰を抜かすほどの魔法。
トニスもこれほどの魔法は、医神と祀られたあの人以外では見たことがない。
ルオートニス『王家の聖女』レナ・ヘムズリーでも、これほどの治癒魔法は使えないだろう。
つまり——。
「ま、まさかあんた……いや、あ、あなた様は……!」
「大声を出さないでくださいませ。……他にも病や怪我をされている方がいましたら、どうかこっそりとお連れください。騒ぎ立てて見つかるわけにはいかないのです」
「は、はい! す、すぐに!」
「お、俺の脚も、元に戻せるのでしょうか……!」
「まあ、あなた様は脚を失くされたのですね。いいですよ、こちらへ。……ですが、どうか脚が治っても……戦場にはお戻りにならないで……」
「は、はい! 約束いたします!」
「ありがとう」
フードの合間から、麗しい少女の疲れた笑顔が見えた。
トニスもあまりのことに空いた口が塞がらない。
(オイオイオイオイ、マジか! レナ嬢より力の強い聖女……マジか!)
「治った。俺の脚……治ったぞ!」
「おおおおお!」
「ありがとうございます! 聖女様!」
「とんでもありません。わたくしのせいで戦争が始まったのです。皆様には申し訳がございません。ごめんなさい……」
「そんな!」
「悪いのは国王です!」
「どうかそのようなことを言わないでください! 聖域に手を出したソーフトレスの王が原因なのですから」
「皆様……ありがとうございます……」
凄まじい力。
そして謙虚でたおやかな佇まいと、慈悲深い言葉。
瞬く間にその場を支配していく。
「……!」
彼女の後ろに二人の人影。
おそらく護衛。
二人ともフードを深く被り、全身をマントで覆っている。
ただ、一人は女、一人は男だろう。
どちらも気配だけで強いとわかる。
この機を逃す手はない、と立ち上がった。
「聖女様の護衛かい?」
「なんだ?」
「オレはトニスという男だ。とある国の間者でね。ソーフトレスでもコルテレでも、この国々の聖域とはまた別の——。この意味がわかるかい?」
「……ほう?」
答えたのは男の方。
見たこともない、青い光の線が横に入る仮面を被った若い男。
もうこの時点で只者ではない。
(……こりゃあ、オレってばいい仕事できそうじゃない? めっちゃ怖いけどね)
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