第142話 千年越しの再戦(1)

 

「ラウト! もうやめよう!」

『!?』

「そうです! ラウトは優しい子です! 本当はこんなこと、したいわけではないのでしょう!?」


 戦うのは不安しかないし、戦いたいわけではない。

 ラウトに——元のラウトに戻ってもらうのは多分無理だから、せめて。


「ラウトがどれだけ人間に絶望してしたか、俺はわからない」


 世界全体を滅ぼすことを望むほどとなれば、きっと俺の想像を絶する目に遭ってきたんだろう。

 でも、他人が想像できない目になら俺だって結構遭ってる方だと思うんだ。

 特に、前世の死に際とか。


「でも俺は、ラウトが本当は優しいって知ってるよ。俺たちと過ごした時間は、あれも……あれだってラウトだろう?」

『っ』


 動揺したというよりは、怒りの方が先にきた感じの息遣い。

 今のラウトにとって、あの頃のラウトは黒歴史かな。

 可愛かったけどな。


「ラウトが世界に対して、怒りとか憎しみとか、全部背負う必要はないんだよ!」

「あなたは人を救える人です。守れる人です。わたしは守ってもらいました。ラウト、あなたは——!」

かしましい』


 逃げ回っていたけれど、背筋が凍るほど冷たい声。

 掲げたランスが光を纏い、天高く光が伸びていく。

 え、なにあれ、ヤバい。


「!」


 まずい、あんなもん振り下ろされたら王都が真っ二つにされる!

 避けられない——!


『どうせ世界は、人間の根底は変わらない』

「!」

『力ない者から死んでいく。蹂躙され、略奪され、淘汰される。大切なものを理不尽に奪われる? そんなことは当たり前だ。弱いから死ぬ。弱いから奪われる。守るだの救うだの助けるだの、そんな綺麗事で掬い上げられるものなど高が知れている。食事以外で命を奪うのは、動物の中でも人間だけ。こんなどうしようもない世界、期待するだけ無駄なんだ。期待しても、裏切られるだけだからな……!』


 ……本当に……本当にどれだけ絶望したら、そんなことが言えるんだろう。

 けど、だんだん腹も立ってきた。

 ラウトが言いたいことはわかるんだ。

 すごく絶望して、悲しくて怒っていている。

 怒りと悲しみが強い憎しみに変わり、本当にずっと、それに取り憑かれて生きてきたんだろうなって。

 けど、けど、俺から言わせると本当に、腹が立つ。


「そうだな。そう思うよ。世の中は理不尽なことだらけだ。弱いやつから死ぬのもわかる。突然、本当に理不尽に」


 そもそもなんで前世で俺は死ななきゃならなかった?

 あの電動キックボードやっぱり許せねー。

 歩道走ってたんだぞ、あいつ。

 本当、理不尽だよな。

 俺の頭を潰した車は巻き添えのような気がする。

 電動キックボード乗ってたやつこそ、しっかり裁かれろと思うよ。

 ……そうさ、そのぐらい、前世の世界も今世も理不尽だ。


「でもラウト、あんまそっちばっかり見るなよ。それ以外の“世界”もちゃんとある。綺麗事で拾い上げられるものがあるのなら、それでいいじゃないか。死んだこともないくせに、あんまり粋がるなよ」

『ほう?』

「お前にだって、千年前から心配してくれている人がいたじゃないか」


 四号機の登録者。

 あの優しい声で、ラウトの身を案じていた。

 デュラハンだって、このまま戦いとは無縁の生活を送らせてやりたいって言っていた。

 あんなに優しい人が近くにいたのに、千年前に囚われて。


「デュラハンは『この時代の人間じゃないから』って、死ぬことを考えていたみたいだけどさ、ラウトも現代いまを見ろよ。もう、お前が知っている国はないんだよ。ラウトが望んでた世界って、こういうことじゃないのか? お前が生きていた時代の国々は跡形もないよ。それなのにまだ滅し足りないのか? ……結晶病も、お前がばら撒いたのか? 世界をこんなにしても、まだ足りないのはなんでだ? ラウトが一番許せないでいるのは、ラウト自身だからじゃないのかよ!」

『————』


 息を呑む音が聞こえた。

 少しだけだけどわかるよ。

 俺も電動キックボード乗ってたやつだけじゃなくて、俺自身にも腹が立っていたから。

 割合で言うと9:1ぐらいでキックボード乗ってたやつに腹が立ってるけど。なんなら絶許だけど。

 でも、勝手に死んじゃって申し訳にいないって、思っている。

 前世の親に、自分を責めないでほしい。

 俺は——この世界で精一杯、生きるためにもがくから!


『偉そうに説教を垂れている場合か? そこまで言うのなら守って見せろ』

「っ」


 わかる。

 あの光の柱みたいになったランスには、結晶病発症効果が付与されている。

 止めなければ、王都が瞬く間に結晶化してしまうだろう。


「レナ!」

「はい!」


 操縦桿を握る左手を、レナが握ってくれる。

 ギアを上げる、っていうのはどうやっても今の俺ではわからない。

 だから、とにかく全力で踏ん張る!


「ナルミさん!」

『ギアを上げた方が早いんだけど?』

「すみません、わかりません! どうやるんですかって聞いてる時間もないもので——!」


 五号機の機体本体よりも大きくなったランスが振り下ろされる。

 胸部の極太ビームもヤバいけど、これもヤバい。

 これがギア・フィーネ。

 これがギア5。

 頼む、四号機、耐えて!

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