第133話 ジークフリート(1)

 

「出るぞ。“歌い手”に関するデータだ」

「!」


 デュラハンが顔を上げてモニターを見る。

 投影されたのはオレンジ色の髪の女の子。

 め、めちゃくちゃかわいい!

 まるで彼女自体が花のような可憐さだ。


『ルレーン国、第一王女リリファ・ユン・ルレーンと申します。歌手活動をしています。このふねに保護されて一年、皆様の協力のもと、ようやく国を取り戻すことができました。本当にありがとうございました』

『そーゆーのいいから』

『え、あ、は、はい、すみません』


 録画っぽい。

 すげー男のイケボが聴こえたけど、あれが撮影者だろうか?


『ええと、わたしの歌声はどうやらギア・フィーネと登録者の脳波波形を近づける効果がある、ということがわかりました。なので今から歌いたいと思います』


 なんで?

 話に脈略がなくて頭の上に疑問符が浮かびまくったが、画面の右上に二つの棒線——グラフかな?——が、表示される。

 それも二つも。

 文字が読めないが、多分三と四の数字。

 もしかして、ギア・フィーネ三号機と四号機……!?


「デュラハン、この映像の制作主は……」

「ザードだ。三号機の登録者」

「じゃあもう一つのグラフは」

「右が三号機のデータで左が四号機のデータ。上の棒が登録者、下の棒がギア・フィーネの波形だ」

「はけーってなぁに〜?」

「えーと」


 俺も脳波とかよくわからんから、ジェラルドの疑問にすぐ答えられない。

 ごめん。

 でも脳波?

 なんで脳波?

 そういえばあんまり人気なかったけど、脳波と脳波がシンクロするロボものアニメあったよね。

 敵将と相棒の顔がよかった。


『深い夜に 瞬く星を 見上げながら

 あなたを想う あなたのところへ 飛んでいけたら

 手のひらを 天井に掲げてみても 蝶になれるわけでは ないけれど

 ヒラヒラと 舞い上がる

 声を聴いただけで 心が 踊る

 蒼い空に 包まれて

 どこまでも 広く高く

 羽ばたいて 雲も超えて

 届け あなたのもとへ 私の心』


 澄んだ歌声。

 歌うのが楽しくて仕方ない、というような表情。

 あまりにも幸せそうに歌うから、グラフを全然見ていなかった。


『どうですか?』


 歌い終わった彼女が画面の奥に問う。

 小首を傾げて、めちゃくちゃ可愛いなこの人!

 あれ、でもこの人冒頭の自己紹介で「王女」っていうてなかった?

 お姫様ってこと?

 わあ、歌うお姫様とか実在するんだ?


『俺もそうだが、アベルトの同調率も上がっているな。これならギアを一気にサードまで上げるのは難しくないだろう。俺もこれなら序盤からギア3まで上げられる』

『ザードもギア4まで目前って感じ?』

『多分。お前はギア5に、マジで到達するかもな。ギア5まで上げることでなにが起こるんだかさっぱりわからんが』

『少なくともラウトは止められるよ』

「!」


 ラウト。

 会話の中に出てきた名前に思わず反応してしまった。

 ラウトを、止める。


『登録者とギア・フィーネの同調率をなぜ歌が上げるのかは、相変わらず全然わからないが……結果だけ見れば、日々の積み重ねで同調率は上がっている。ギア5——完全同調が起こると、登録者はどうなってしまうのか。頑張ってギア5まで上げてどうなるか見せろよ、アベルト』

『ひ、人を興味深いサンプルみたいに!』

『はあ? お前に他の価値あるとでも?』

『他にもあるよ! えーと、芋煮とか! 肉じゃがとか!』

『まあ、確かに料理の腕は認めてやらんこともないけど』

『わたしもアベルトの作るアイス大好きです』

『えへへへへ』


 ……日常雑談になってきてますよ……。

 画面の向こうから聞こえる二人の男の声に、画面に映る女の子も楽しそう。

 三号機の登録者が“ザード”なら、四号機の登録者が“アベルト”だろうか?

 三号機と四号機の登録者は仲が良かったんだな。

 ……ところで芋煮とか肉じゃがとか、このアベルトっていう登録者は和食作れるんですか?

 大和タイワの人なのかな?

 ちょっと久しぶりに和食の名前が出てきて食べたくなってきてしまったじゃないか……!


『じゃあ今からパフェ作ってこい』

『朝メロンパン食べただろ!』

『カスタードクリームケーキでもいい』

『クリームオンリー!! いつも思うけどザードはちょっと偏食が過ぎる! 野菜も食べて!』

『キャロットケーキなら食べる』

『ベジタブルケーキなら食べる?』

『ケーキなら食べる』

『くっ。じゃあ今日のお昼ご飯それ作るから……』


 ……ジェラルドのご先祖ヤバくない?

 なんかジェラルドの性質の根源を見た気がする。

 え? 待って?

 四号機の登録者がご飯作ってんの?

 え? せ、世界観が色々……いや、人間だもん、ご飯は食べるだろうけど……生活感が出過ぎてて、なんかこう、色々な情緒が!


『あ、録画しっぱだった。まあいいか』


 ぶち。

 画面が暗くなる。

 元の青い水槽に戻ると、謎の脱力感に襲われた。

 なにあれ、ホームビデオ?

 アットホームな職場?


「ええと……今のは……」

「意味がわからなかっただろう?」


 まさかのそういう意味合い。

 確かに重要な話はいくつかあった気がするけれど、他のわちゃわちゃにすべて持っていかれた感が……。

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