第132話 生きてほしい

 

 時間が止まる、とは、まるでこのこと。

 なにを言われているのか、わからなかった。

 デュラハンが、死ぬ?

 この時代の人間じゃないから?

 死ぬ……死ぬ方法を。


「デュラハン……」


『救国聖女は浮気王子に捨てられる〜私を拾ったのは呪われてデュラハンになっていた魔王様でした〜』でも、本当はそんなストーリーだったのだろうか?

 もうストーリーがほとんど思い出せない。

 自分が死にたくないから、そうならないようにってそればかり。

 物語の中のレナとデュラハンがどうやって仲を深めていったのかとか、全然思い出せない。

 ああ、ほとほと俺は、自分のことだけ考えて生きてきたんだな。

 カッコわりぃ。


「研究塔は自殺に力は貸せないという。まあ至極もっともな話だ。俺でも同じことを言う」

「じゃ、じゃあ! 生きればいいじゃないか!」


 俺は死にたくないから、死の運命を変えるためになんでもやろうと思っている。

 デュラハンだって、生きたいなら生きればいいじゃないか。


「……デュラハンの話を聞いてると、生きたくても生きられなかった人がたくさんいたんだろうなって、思う」

「……それは……」

「それなのに、生きられるやつが“この時代の人間じゃないから”なんて意味わかんない理由で死を望むのは、ずるい! 今まで生きてきて、今も生きてるのならデュラハンはこの時代の人間だよ!」

「そ、そうですよ! そんなの理由になりません! デュラハンさんはたくさんの人に必要とされているじゃないですか! それなのにそんなことを言ったら、トニスさんや村の人たちが怒りますよ! わたしも怒ります!」


 ぷん、とレナが両手をグーにして怒る。

 なにこの怒り方かわよ。


「…………。そういうものだろうか?」

「デュラハン自身が生きたくないなら、仕方ないと思うよ。生きるのがつらくてつらくて耐えられない、とかなら……。でも、そうじゃないなら死ぬ必要なんかないよ。デュラハンの生まれた時代は、死と隣り合わせだったかもしれないけど……いや、現代いまだって、突然結晶病になって急速に症状が進めば聖女も間に合わず亡くなる人もいる。結晶病に限らず、病気や事故はありふれている」


 たとえば俺の前世だって。

 ……死にたくは、なかった。

 もっと色々、やりたいことはあった。

『救国聖女は浮気王子に捨てられる〜私を拾ったのは呪われてデュラハンになっていた魔王様でした〜』だけでなく、もっといろんな漫画読みたかったしさ〜。


「それに、そんな理由でデュラハンに死なれたら、俺らも悲しいし寂しいし、正直納得いかないというか……部外者が口出すことじゃないかもしれないけど、俺はデュラハンにもっと色々教わりたいし」

「ヒューバート……」


 俺にとっては先生みたいな人。

『救国聖女〜』のレナが惹かれるのも無理のないイケメンぶり。

 っていうか、人間ができすぎてる。

 こんな男になりたい。

 顔面と声帯が遺伝子レベルで敗北しているけれども。


「そうか。では時代が俺を必要としなくなるまでは、生きてみようか」

「!」

「ならば改めてラウトとは正面から戦わなければならないな。……どちらにしても、ヒューバートたちにはこれを預けておこう」

「え?」


 くるりと背を向けて、デュラハンが壁のモニターを操作する。

 水槽が動き始め、まるでシアターのように薄暗くなり、水槽が大きな一つのスクリーンのようになっていく。

 なにこれ、すげぇ。


「レナは“歌い手”について知りたがっていたな」

「は、はい」

「……と言っても“歌い手”はギア・フィーネ並みに謎が多いというか、どうしてそうなるのかメカニズムも解明されていないというか……ただ単に俺の得意な分野ではないというか……明確に説明するのが難しいのだが」


 めちゃくちゃ自信がないということはとてもよくわかりました。


「なので、ナルミがザードの研究結果を記録媒体にして残しておいたから見るといい。俺は見てもわからなかった」

「ええ……?」


 デュラハンの頭でわからないものが、俺たちにわかると?

 ……一気に雲行きが怪しくなってきたぞ?


「ザードって、ぼくのご先祖様?」

「に、当たる人物だな。かつてはギア・フィーネを完璧に修理できる唯一無二のフリーメカニック『ジークフリート』と呼ばれるほど凄腕メカニックだった。もっとも、それも王苑寺ギアンの人格データを移植された結果、その傾向に落ち着いたためだったが」

「人格を、移植……」


 何度聞いてもオェってなるな。

 人格データを、移植されるってどういうことだよ。

 怖すぎない?


「ちなみに三号機の登録者だった。元の人格はとても穏やかで幼い性格だったよ。……確かにあれほど幼く臆病な性格だと、コピア・ウェルズのようにギア・フィーネと登録者の研究実験体にされていただろうな……」

「不穏」

「ザードの元の人格は幼少期に登録者になった。一号機の最初の登録者と同じ状況だな。その上、彼もアスメジスア人だった」

「生き延びるため、ですか」

「そう聞いている。ザード本人は自分が王苑寺ギアンの人格データを元にした擬似人格であることを知ったあと、きちんと受け入れて元の人格に体を返すべく色々準備していた。口と態度と生活習慣は非常に悪かったが、長時間“一人の人間”として生きていたから誠実な人間だったと思うよ」


 ……あれ? 割と褒めていないような……?

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