第61話 結界の中への帰還

 

 あの結晶の中に包まれているからだろうか?

 だから検知しづらくなっているのかも。


「もしかしたら結晶の影響かもしれない。俺たちにとっても未知の奇病なんだ、結晶病は」

『ケッショウビョウ——該当データなし』


 そんな気はしてたー。

 千年前には、やはりなかったのか。

 つまり、千年前の戦争終結後に結晶病は突如現れたって感じか?

 前世でも新ウイルスって突然現れてあっという間に広がったから、そんな感じなのかも。


『下方部にいるショウマジュウは、どうするのが正解か』

「あ、えーと。倒すと結晶魔石クリステルストーンっていう資源が取れるので、倒せ、る?」


 猛烈な愚問だなぁ、と思いつつ、聞いてみる。

 すると思いがけない答え。


『どのように』


 ど、どーのよーにーーー!?

 ど、どのように?

 どのようにだ?

 プチっと潰して、ほしくはない。

 視界的に。こんなに開けた状態で。

 レナも見てるし、結晶魔石クリステルストーンまで潰れるかもしれない。

 頭だけ潰す?

 え、絵面が惨すぎて夢に見る。

 というかあんまり殺し方をぐるぐる考えるのが、俺の精神にくる!


「捕まえてください!」

「レナ!?」

「生捕りにして結界の中に持って行きましょう。ヒューバート様を攫ったところを見ていましたが、普通ではありませんでした。調べる必要があると思います!」

「な、なるほど! 確かに首に変なの着けてたな」


 見下ろして確認すると、すでに結晶化して晶魔獣の首に透明な石の首輪がついているみたいになっている。

 考えられるとすれば、晶魔獣を操る魔道具!

 ぐぅ、なんかとても使い方によっては有用そうなものなのに、なんて恐ろしい使い方をするんだ!


『了解』


 と、俺よりレナの言うことをすんなり聞くのかサルヴェイション。

 左手で捕まえ、右手で壁を崩していく。

 そして結晶の中にいる人間を結晶ごと掴むと、根本から折る。

 ……思いも寄らない救助方法だぜぇ。

 そのままその二つを胸に抱くようにして、サルヴェイションは立ち上がった。

 俺の手足が操縦桿にもあぶみにも届かなくて、なんの問題もないのはどことなく哀愁を感じるな……。


「…………」


 でも、俺は多分、その時の光景は一生忘れないんだろうな、と思う。

 太陽が真上に輝く正午0時。

 見渡す限り、半透明な結晶の大地を——平然と歩く。

 結界の中に倒された晶魔獣、そして陸竜を解体する騎士たちの姿。

 結界ギリギリで俺とレナの名前を叫んでいたであろう、ジェラルドとランディが驚愕の表情で固まっている。

 俺は操縦していないのに、サルヴェイションが勝手にその方向へと歩いていく。


『あれは敵性存在か?』

「いや、仲間だよ。人類と敵対してるのなら晶魔獣の方かな。でも晶魔獣は生きるのに必要な素材でもある」

『なるほど。いつの時代も人類はたくましい』


 それは確かに。

 だってこの滅びかけた世界を見れば、それでも生きている人間はたくましい以外の言葉がない。

 よく諦めずに、日々の生活を送っていると思う。


「……俺も守れるかな」

「ヒューバート様?」

「父上みたいな立派な王になって、今生きている民を、最期まで守れるだろうか」


 巨大なロボットが歩く振動が伝わってくる。

 こんな大地にも人は生きているのだ。

 俺は次期王として、この国の民を守れるのだろうか。

 自信ないけどやらなきゃいけないんだよ。

 だってやるって決めてるし。


「はい、大丈夫です。わたしも、ジェラルドさんも、ランディさんも、パティさんも……他にもたくさんの人がヒューバート様をお支えしますから」

「……そうか」


 肩に手を置いて、微笑んでくれるレナ。

 そうだよな。

 俺みたいな凡人、周りの助けがなけりゃとっくに死んでるしな。


「今日もレナが助けてくれたしな」

「あ、い、いいえ、あれはその、必死で」

「いや、冗談抜きで。レナがいなかったら死んでいた。本当にありがとう、レナ」

「……っ! お、お力になれて、よかったです!」


 なにかお礼をしなきゃいけないよなぁ。

 命を助けてもらったんだもん。

 普通、こういうのってなにをあげたらいいんだ?


「レナ、お礼はなにがほしい?」

「え! あ、お、お礼だなんて!」

「でもこういう時って褒美をあげるべきだろう? 今の王家に大金は用意できないから、俺が用意できる範囲のものになるけど……なにもなしだとまた舐められるしさ」

「あ! ……そういう意味ですか」


 どういう意味だと思われましたか?


「では、その」

「うん」

「…………。…………。…………」


 百面相?

 なに、そ、そんな難しいの?

 あまりにもいろんな顔をするから、だんだん俺まで不安になってきた。

 それとも結構ほしいものがたくさんあるのに、我慢していたのだろうか?

 どれにしようかな的な!?


「あ、あの、レナ? 生活面でなにか困ったことがあるなら言ってくれよ? 母上に頼んで揃えるから」

「え!? ち、違います! ……ああああ、そ、そうではなくて……その、も、もし、ゆ、許されるのてましたら」

「うん」

「……お……」


 お?


「……お出かけ……ふ、ふたりで……」

「おでかけ」

「は、はい。その、町へ……うっ。……し、視察! そう、視察はいかがですか!」

「視察」

「はい!」


 視察か!

 そういえば勉強と魔法や剣の稽古漬けで、庶民の暮らしというものをちゃんと見たことがないな!

 前世に比べると不便だけど、それでも王族に生まれたおかげで別な意味で不便じゃなかった。

 多分弱々王家なので一般的な女性向け作品王子の中では、かなり自由に遊び歩いてる方だと思うし!

 それでも努力しなければ凡人は天才には敵わない。

 チート能力のない俺は、頑張るしかないのだ。

 そう思って己の能力をせめて一定以上に、と努力してきたけれど、そのせいで治めるべき国民の日々の生活を知る機会を尽く逃していたのも事実!

 レナはそれを俺に気づかせようとしてくれたのか!


「さすが未来の王妃だな! ありがとう、レナ! でも、それだと俺が得してないか?」

「い、いいいいぃいえ!」


 そんな全力で否定する?

 まあいいか。


「わかった、町の視察だな。予定を組んでおくよ」

「は、はひっ」

「でもしばらくはバタバタしそうだから……それはごめんな」

「いいいいえ! ……いえ、はい。そうですよね」


 ズン、と地響きを鳴らしながら、ついに結界の中へと俺たちは戻ってきた。

 新たな仲間と言えばいいのか。

 サルヴェイションという未知のロボットを携えて——。

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