第37話 side ランディ
「先に戻ってるな」
「はい! ではまた放課後!」
と、主人であるヒューバートがレナとパティを伴い、教室に戻る前の散策デートに向かう。
それを見送るランディ・アダムスは、とても誇らしい気持ちでその背中を見送った。
彼の方、ヒューバート・ルオートニスは素晴らしい主君だ。
幼い頃から次期国王としての覚悟と自覚を持ち、親兄弟との確執に悩んでいたランディを導いてくれた人。
ランディが心から尊敬し、敬愛している王太子。
いずれこの国の王となる方。
「ジェラルド、本日の殿下はどのようにお過ごしだったのだ?」
「んーとねぇ」
そして、子爵家の出だと馬鹿にしていた——いや、正確には、ただ単に文武両道に優れ、ヒューバートと親しいために嫉妬していたジェラルドとはすっかり話し込む仲になっている。
嫉妬は今でもするが、ここ数年その嫉妬を負けん気に変えて勉強も剣も魔法も努力してきた。
ジェラルドには負けたくない。
いや、すべてにおいて天才的なこの男に勝つのは不可能だと、本能的に理解はしているけれど。
それでも、少なくともジェラルドに足りない部分はランディにしか補えないように努力は欠かさない。
そして悔しいといえば、年齢。
学年がどうしても一つずれてしまう。
大好きなヒューバートの過ごす日々を、一番近くで見られないのは悲しいが、こうしてジェラルドにどのように過ごしていたのかを聞くことはできる。
すると、本日の王太子殿下は貴族たちを華麗に袖にして、平民たちへ慈悲を施していたらしい。
「す、素晴らしい……! 平民どもの人心を掌握し、聖殿派の貴族どもへの牽制、王家派と中立派へ王家の意向を示すところまでをそんな短時間にやってのけるとは……!」
「しかも天然でやってるんだよねぇ、あれ」
「す、素晴らしいぃ……!! さすがはヒューバート殿下……! まさに王となられるためにお生まれになったと言っても過言ではないな!」
「ないねぇ」
平民はそのほとんどが聖殿を支持している。
王家からは心が離れ、忠誠心も尊敬もなくなっている状態だ。
しかも学院に入学してくる平民は、聖殿が希望者を募り甘い言葉と条件で半強制的にやって来る者たち。
平民からすれば無償で衣食住の保障と、勉学に励む機会を与えてもらえることから聖殿は「素晴らしい行い」と褒め称えられる。
が、その実、入学後は放置。
制服や部屋は与えられるし、食堂は無料で利用できるが、こと剣と魔法において平民は苦労を強いられる。
特に杖に関しては高額で、自作しなければ授業にも出られない。
実際、平民受け入れが始まったばかりの頃は死者が相当数出ていた。
無論、聖殿はその事実をもみ消しているが。
今回ヒューバートが平民に魔法の基礎を実技試験前に教えたことは、異例だ。
その上、杖のために
そうして平民への深い慈悲を見せたところを、王家派や中立派はどう思うか。
王家派は元々忠誠心の高い古い家が多い。
平民への慈悲を悪く思わないわけがない。
そして中立派も、聖殿の行いに嫌気が差している家ばかりだ。
王太子の民への慈悲を見れば、見限る時期を悟るだろう。
反対に聖殿派は焦りを覚えるはずだ。
特にヒューバートに媚を売り、胡麻を擦り、四年前のランディのように取り入って懐柔を命じられた者たちにとっては明確な牽制として映る。
なにしろ聖殿の意向で入学した平民たちを、王太子が抱え込むのを目の前で見せつけられたのだから。
「今年の平民どもは運がいいな。ヒューバート殿下に直接お会いして、その素晴らしさを体験することができるのだ。崇め奉れ」
「そうだねぇ」
「はあぁぁ、ヒューバート殿下、本当に素晴らしい……! 無意識にすべてを同時に行うなんて、本当に素晴らしい! さすがは我が王! さすがは我が君! このランディ、身震いが止まりません!」
「不審者通報されない程度にしてね〜」
はう、とビクンビクン震えながら、自分の体を両手で抱き締め身悶える。
やはり彼こそがこの国の王となるに相応しい。
叔母のメリリアの息子、レオナルドは相応しくない。
なにより、暗殺者を仕向けてばかり。
「…………あぁ、いっそのこと叔母上と甥御殿を始末できたなら、将来の憂いを取り払えるというのに……殿下はなぜに許可を下さらないのか……はぁ……」
「ランディがそういうこと言うからだよ〜。ヒューバートはレオナルド様とも仲良くしたいんだよね」
「なんという慈悲深さ……!」
ガクゥ!
膝から崩れ落ちて顔面を両手で覆ってしまう。
ヒューバートの底なしの優しさに涙を禁じ得ない。
「でも、例の計画が聖殿側にバレたらさすがに本気になるよねぇ。ランディもこれからは危なくなるんじゃない? 大丈夫? 無理しないでね? ランディになにかあったら、ヒューバートが悲しむよ」
「お前に言われずともわかっている。引き際は心得ているつもりだ! 元々俺はそれほど勇敢ではない。臆病者だ」
「そう……かなぁ?」
「ああ。それでも勇気を持って立ち向かえるのは——あの方のおかげ。すべて殿下のおかげなのだ」
嫌っていたジェラルドは、ヒューバートの心の拠り所の一つとなるのが納得なほどにお人好しだ。
これですべてにおいて天才的なのだから、嫉妬も霞む。
ヒューバートがジェラルドを信頼し、そしてその身を案じるのもわかる。
なにより、ヒューバートの理想を叶えるのにこの男と、そして彼女——レナは必要不可欠。
(むしろ、俺が一番……)
その先は考えるのをやめる。
ジェラルドに言われた通り、あの慈悲深い王太子はきっとランディのことも見捨てようとしない。
いつか王として、残酷な決断を迫られることもあるだろう。
彼自身、次期王としての覚悟が足りていないという自覚もある。
それでも——どうかその時までは側に仕えたいと思う。
心の底から。
「では、自分も授業に戻る。お茶会の準備もせねばならんしな!」
「うん、また放課後ね」
「ああ!」
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