第8話 身分と味方(3)

 

「チッ、ホンット嫌な顔ね。姉さんそっくり!」

「うっ!」


 というか育ちのいいご令嬢とは思えない言動の数々!

 ランディを長いドレスの裾の隙間から、ヒールの靴で蹴り飛ばしたぞ!

 助けに入るべきか。

 でも、俺が出て行ったらランディの立場が悪くなる。

 今の話、聞いてたってバレるよな?

 そうしたらランディはどうなる?

 お払い箱?

 そんなのダメだ、なんとかしなきゃ——。


「そうよ……本当ならわたくしがアダムス侯爵家の——お前の父親と結ばれるはずだったのよ」

「……っ」

「でも姉さんが、あの女が! 自分が正式な婚約者だからって、わたくしを落ち目の王家に嫁がせて! 自分が王家に嫁ぎたくないからって! ホンット性悪女なんだから! アダムス侯爵家から王を出すって言ったって、こんな弱った王家になんの価値があるっていうのよ。さっさと聖殿の傘下に降ればいいんだわ。……そうよ、レオナルドが王になったら、聖殿を王家の上に置けばいいんだわ。わたくしはその功績で、姉さんからあの人を取り返せる。うふふふふ……」


 つまり、メリリア妃はランディの父親とデキてたってこと?

 え、でもランディの父親はメリリア妃の姉の婚約者で?

 は? もう意味わからないんだが?


「……わかったわね。わたくしはそのようになるよう動く。お前はわたくしの駒として、そのつもりで働くのよ! ヒューバートを手駒にして、レオナルドを王にするの」

「……わかりました」

「わたくしの計画を姉さんに告げ口しても同じことよ。お前は姉さんにも期待されてない。知ってるんだから」

「…………」

「居場所のないお前を拾ってやったのはこのわたくし! わかったらきびきび働きなさい。おいき!」

「っはい」


 やばい、と柱の裏側に回ってランディが立ち去るのを待つ。

 ランディがふらふらしながら後宮の出入り口の方へ向かうのを見送ると、メリリア妃は「ふん、グズね」と言い残して西の棟へと戻っていった。

 俺が会った時はしずしずとした、いかにもな淑女然としていた人だったのに。

 猫被ってたのか。

 猫皮分厚すぎだろ、別人じゃん……!!


「……戻ろ」


 予想外にランディの置かれた状況を理解してしまった。

 どうしよう、しんどい。

 なんとか助けてやりたい。

 同い年くらいの子どもが殴られて、嫌なことやらされてるのとか見てるだけでつらい。

 しかもメリリア妃の言い分、めちゃくちゃすぎる。

 どうしよう、どうしたら助けられる?

 父上に相談するか?

 いや、これ以上父上の心労増やしたくない。

 ジェラルドに相談を——いやいや、味方を増やすのは俺の担当だ。

 俺が自分で助ける方法を考えて、その上で必要なら頼ろう。

 なら、まずはランディのことをもっと知るべきだな。

 その上で、どうしてそうなっててどうやったら助けられるかを考えよう。


 夕飯のあと、文官に頼んで貴族の家系図などを持ってきてもらった。

 元々学ぶべきものなので、夕飯後に俺が事前に勉強しておきたいといえば感心されて快く引き受けてもらえる。


「ヒューバート様はお勉強熱心だな。剣や魔法の稽古も、もう始めておられるそうだぞ」

「やはり次期王太子は違う」

「レオナルド様も少しは見習えばいいのにな」


 去り際に文官と護衛と部屋の前に立つ兵が、そんなやりとりをしていたのが少し気になる。

 え、レオナルドって、メリリア妃のところで勉強してるんじゃないの……?

 いつも俺が面会を申し入れると「勉強で忙しいから」と断られるんだが、まさかな?


「えーと、アダムス侯爵家は……ここか」


 でもまあ、今はランディが最優先かな。

 侯爵家の名簿を見ると、なるほど、アダムス侯爵家は長年王家を支えてきた一族だ。

 どの当主も王家に近く、重要な役職に就いている。

 今の宰相、ルディエル・アダムス。

 セオドル伯爵家の次男で、アダムス侯爵家には婿入り。

 アダムス侯爵家には子女が三人おり、ルディエル氏は長女エミリアと結婚。

 息子が六人いる。すげー。

 つまり、レオナルドとランディって従兄弟同士だったんだなぁ。へー。

 で、ランディは末っ子の六男。

 兄貴たちは皆優秀だな……騎士団に三人、文官と法官が一人ずつ。

 資料の上だと、夫婦仲は良好そうに見える。

 だって息子が六人って、相当仲良しじゃないか?

 メリリア妃の横恋慕の可能性も出てきたなこりゃ……。

 って違う違う、違うぞ俺!

 確かに野次馬根性に響くネタだが、目的はランディを助けることだ!

 侯爵家の野望は、まあ、あり得そうだけど……。


「……ううーん」


 腕を組んで天井を見上げていると、部屋がノックされる。

 返事をすると、父の側近の一人、ハヴェルが現れた。


「お休み前に申し訳ございません」

「いや、構わない。まだベンキョーチューだったから」

「……! 貴族名簿ですね。もう学ばれ始めたのですか」

「家庭教師に褒められるのが好きなんだ」


 嘘は言ってないぞぅ!


「それは素晴らしい」

「それよりもなにか“きゅうよー”か?」


 寝る前であることに変わりはない。

 こんな時間に父の側近が来るのは、正直よほどか急の要件か、ろくでもない緊急事態かのどちらかだろう。

 案の定、ハヴェルは眉を寄せて目を閉じた。

 わあ、ヤバそう。


「聖殿側から、明日、レナ・ヘムズリーとの顔合わせを、と要請が参りました。明日の午後の予定を変更し、彼女との面会をお願いいたします」

「……!? わ、わかった」


 午後っつーか、それだと午前の予定も変わらない?

 あ、それ込み込みの連絡か。

 おおう、マジかよ。

 結構急だなあ。


「このような夜分に突然聖殿側からの申し入れでして……殿下の寛大なお返事には感謝いたします。すぐにお返事をとのことでしたので……」

「そうなのか。ではもう行って構わない。おれもすぐ寝ることにしよう」

「はっ、お休みなさいませ」


 バタン、と閉まる扉。

 聖殿がかなりむちゃくちゃ言ってきたのだとわかる、ハヴェルの態度。

 まあ、そんだけ王家を舐め腐ってるっつーことだろう。

 そして、王家側はその舐めた態度を許さざるを得ない。

 婚約も断れないし、形なしだなぁ。


「……うーん」


 でもこうして聖殿の無茶振りで無理矢理婚約者になったなら、漫画のヒューバートがレナを疎ましく思っていたのも仕方ないのかもしれない。

 俺はそんなふうに思わないけど、初対面の前日がこんなに馬鹿にされたものだとしたら、事前の好感度は最悪だろう。

 ヒューバートもレナもなんか可哀想。


「寝よ」


 なんにしても予定が変わったなら今日はもう寝よう。

 明日はいよいよ、レナとの初顔合わせ。

 ……嫌われないようにしなければ……死にたくないので!


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