第3話 変化(1)

 

「今日はここまでにしましょう。殿下は大変覚えがよろしいですからね」

「あ、ありがとうございました」


 家庭教師の先生は優しい。

 しかし、俺の覚えがいいのは日本の義務教育のおかげだ。

 俺、数学の平均得点二十点だけど……それでも8歳児が習う範囲としてはまだ生優しい。

 王族ってことで今後はそうも言ってられないだろうけど、今のところ前世の教育のおかげで乗り切れてる感。

 ただ文字はそうはいかない。

 こちらはイチから覚えないと。

 それに、8歳児の俺でも城の中がかなり空気悪いのはわかる。

 聖殿の力が強いのだ。

 王族はお飾りになりつつある。

 聖女が国を結晶化から守っている以上、仕方ないのだけれど。


「でんかー! ヒューバートでんか! こくおうへいかがお呼びです!」

「え、わかった。今行くよ」

「今日のお勉強、どこまで進みましたか?」

「聖女のじゅーよーせーのところまでだな」

「え、もうそこまでいったんですか」


 さて、今声をかけてきたのは俺の従者の一人、乳母兄弟のジェラルド・ミラー。

 子爵家の子息だが、多分こいつはマジで頭がいい。

 今の「もうそこまでいったんですか?」は、「もう追いついてきたんですか?」という意味だ。

 言葉選びで一見俺をバカにしてるとは思えないだろう?


「ジェラルド、今度数学とけいざいがくを教えてくれよ」

「え、い、いいですけど……でんかは、それでいいんですか?」

「先生に『覚えがいい』って褒められるの嬉しいからなー」

「……。へへへ。わかりましたぁ」


 王族のプライド?

 そんなもんないね。

 漫画の中でヒューバートの側近はランディって眼鏡のインテリ野郎だったけど、ジェラルドの方が生まれた時からずっと側にいたし。

 同じインテリならジェラルドの方がずーっと頭もいい。

 あとイケメンだ。

 健康的な白い肌と空のような青い髪、新緑を思わせる温かく明るい緑の瞳。

 笑うとこちらまでほっこりする整った顔。

 対するヒューバートは、やや黄色人種味が強い肌と泥みたいなのが涅色くりいろの髪、キツめの赤い瞳。

 なんかもう、同じファンタジー世界の住人とは思えない配色の差よ。

 それに性格もいいんだよな。

 ゆるいし、この歳で兄弟同然に育った俺に配慮ができるってすごくない?

 同じ兄弟なら血が繋がってなくても断然ジェラルドの方が好きだわ、俺。

 漫画みたいにランディを側近にしなくてもいいかな?

 ジェラルドに側近になってほしい。


「……そういえばレオナルドは?」

「レオナルド様はメリリア様とお勉強してると聞いてますよ。お会いになりますか?」

「いやー、もんぜんばらいだろ。……でも、弟は弟だもんな……いちおー、めんかいできるか聞いておいてくれよ」

「わかりました!」


 という感じでヒューバートには弟がいる。

 異母弟だけどな。

 漫画の中ではヒューバートがレナを追放したあと、それが発覚して聖殿と繋がりの強かった異母弟レオナルドがヒューバートの代わりに王太子の座を手に入れる。

 しかし、聖殿も王家を陥れようとする程度には腐っていたため共倒れ。

 国は滅びるのだ。

 はーーー、この国しょーもねぇー……。


「……っ!」


 いや、待て。

 国王とお妃——俺の両親が死んだら、この国はほぼ聖殿の関係者か聖殿に傾倒している者だけになる。

 なんなら物語の中のヒューバートも、まんまと聖殿に転がされた存在だ。

 え、このままだとヤバくない?

 この国、聖殿に乗っ取られない?

 お、おおおおおい!

 世界が結晶化に侵されて滅亡の危機に瀕しているのに、なんで人類はこんな状況でも権力争いに精を出しているのでしょうか、神よ!

 多分聖殿に国営を任せたら王族ってどうなるかわからんよな?

 最悪殺される、よな?

 実際漫画の中のヒューバートは聖女追放の罪で廃嫡ののちに、国民に拷問されて結晶化した大地クリステルエリアに放り出された。

 いやいや、唆したの聖殿じゃん!

 って、ツッコミは死人に口なし。

 いかん、城の中でも王家の味方を増やさないと別の方面からも詰む。

 やはりレオナルドとは仲良くしておくべきだ。死ぬ。


「では、行ってきますね」

「ああ、たのむ」


 ジェラルドをレオナルドのところへ遣いに出して、俺は父の執務室へとやってきた。

 扉をノックして「入れ」という返事を聞いたのちドアが開く。

 父の護衛が開けてくれたのだ。


「よく来たな、ヒューバート。勉強は捗っているか?」

「はい、ちちうえ」


 この髭面のおっさんこそ、俺の父で現国王ディルレッド。

 俺が十八になる頃にはこの世界特有の奇病、結晶病に罹り母共々体が結晶化して死に至ってしまう。

 結晶病は聖女であれば治癒ができると言われているが、『救国聖女は〜』の中では聖女レナの治癒が聖殿側の妨害で間に合わず亡くなる。

 聖殿、マジろくでもない。

 いや、そんなことよりなんの用で呼び出されたんだろう?

 近くに来るよう促され、執務机の側まで歩み寄るとフッ、と優しい微笑み。


「大きくなったな」

「え、あ……」

「ヒューバート、お前も八つだ。そろそろ婚約者が必要となる」

「! 婚約……っ」


 それってまさか——!


「聖殿にとても強い結晶耐性を持つ少女が現れた。レナ・ヘムズリーという。歳もお前と同じ8歳。将来聖女となるのは確実とのことだ」

「え、あ、あ、あの……」

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