嘘つきは誰?

嘘つきは誰?


―――


「で?」

「で?って……これは大問題だよ!あの淳平君が、う、浮気してるんだってば!!」

 親友の川本琴美が両手をグーにして力説する。私はため息をついた。


 私、本多結衣はこの鈴森高校の生徒会副会長。琴美は書記担当である。幼稚園の頃からの幼馴染で仲良しだけど、思い込みの激しいところとか大袈裟なところがある彼女に時々辟易させられていた。あとしょうもない嘘をつく時もある。


「ふんっ!あの淳平が堂々と浮気なんてしないって。ここ学校だよ?」

 鼻で笑いながら言うも、まだ興奮冷めやらぬ様子の琴美は顔を真っ赤にさせた。


「だって私見たんだもん!淳平君が女の子と抱き合ってるとこ!」

「…………」

 思わず座っていた椅子からずり落ちる。

 だけどそんな内心の動揺を隠すように一つ咳払いをして言った。


「あのねぇ、琴美。今日はエイプリルフールじゃないよ。それにいつも言ってるでしょ。しょうもない嘘はつくなって。」

「嘘じゃないよ!ホントに見たんだから。」

「あー、ハイハイ。わかったから早く部活に行けば?もうすぐテニス部の試合があるんでしょ?先生に怒られるよ。」

「でも……」

「……琴美。」

「はい……」

 私が眼力鋭く見つめると、琴美はしゅんと肩をすぼめて教室から出ていった。


「淳平が浮気ねぇ~」

 もちろん琴美の嘘に決まっている。でもさっきの血相を変えた様子を見たら、ちょっとは気になってきたかも。


「仕方ないなぁ……」

 私はまたため息をついて教室を出た。




―――


 淳平こと中島淳平はこの高校の生徒会長。優しくて穏やかでいつもキラキラの笑顔を絶やさず、頭が良くて運動も出来る完璧な人間と全校生徒に思われているが、実のところ本当の奴はまったくの正反対な性格をしている。


 腹黒いし口は悪いし、学校から一歩出れば口から出るのは愚痴ばかり。俺様で自己中、素直じゃないし可愛いげの欠片もない。そんな奴だ。


 地味で眼鏡、真面目だけが取り柄っていうイメージの私とは犬猿の仲として知られていて、そんな二人が実は付き合っているだなんてお互いにデメリットが大きすぎるので基本内緒にしているのだ。


 知っているのは琴美ともう一人の親友、そして淳平の友達の……


「あ、智君。良かった、まだ帰ってなかったんだね。」

「本多さん、どうしたの?珍しいね。うちのクラスに来るなんて。」

 隣のクラスを覗くと、思った通りの人物がいてホッとする。


 彼は新垣智君。淳平の友達で、私達の関係を知る数少ない人間の一人である。

 大人っぽい雰囲気と柔らかい物腰で(淳平と違ってこっちは素である)、男女関係なく人気がある。ちなみに生徒会会計担当だ。


 私と淳平が付き合っている事は内緒だから淳平と智君のクラスに顔を出すなんて滅多にしないんだけど、一度気になっちゃったものだからつい来てしまったのだ。

 今日は生徒会の用事はないし彼は帰宅部だからいないかもって思ってたけど、いてくれて良かった。


「あ、あのね……」

「ん?」

「え~と……」

 何故か言い淀む私を怪訝な顔で見つめる智君。

 しばらく迷っていたが深呼吸をすると口を開いた。


「あいつ、知らない?」

「あいつ?あぁ、淳平ね。そういえばさっき……」

「?」

 突然言葉を途切らせる智君。不思議に思って首を傾げると『ま、いっか。』と一言呟いてこっちを見てきた。


「淳平なら生徒会室にいたよ。」

「なんだ。じゃあちょっと行ってくるよ。ありがと。」

「あ、本多さん!」

「え?」

 教室から出ていこうとする私を引き止める智君に、思わず面倒くさそうに振り向いた。


「……何?」

「今は行かない方がいいかもよ。」

「は?何で?」

「いや、何でっていうか……これは言った方がいいのかな……ううん、でも………」


 いつもハッキリとものを言う智君が何かを躊躇っている。

 さっきの琴美の言葉を不意に思い出して不安が過った。


 何?このいや~な感じ……


「いいや!ハッキリ言っちゃおう!!淳平ならね、生徒会室の前の廊下に女の子と二人でいるよ。あれ、たぶん一年生だね。」

「………」

 嫌な予感が当たった気がした。


「そ、そう。取り敢えず行ってくる。情報提供ありがとう。」

「……僕は悪くないからね。見たままを言っただけだから。」


 背中に智君の呟きを聞きながら、私はドアを閉めた………




―――


「たくっ!何なのよ……智君まで似合わない冗談なんて言って……」

 ぶつぶつ呟きながら廊下を進む。

 すると前から見知った姿が近づいてきて足を止めた。


「遥!」

「あ、結衣ちゃん。ヤッホー!」

 もう一人の親友で私と淳平の仲を知る最後の一人の下村遥だった。

 のほほんとした彼女らしい挨拶に力が抜ける。

 だけど今の不安定な私にはいい薬になったみたいだ。

 私は笑顔で片手を上げて頷いた。


「あ、そうそう。さっき中島君がね、あっちの廊下で女の子と二人っきりで何か話してたよ。」

「………」

「でね?私見ちゃったんだけど、中島君がその子の事……」

「だぁ~~~!!」


 その時、突然後ろから大きい声が聞こえたかと思ったら、私のすぐ脇を物凄い勢いで風が通り過ぎていった。


「な、何?」

 目をパチクリさせながら前を見ると、琴美と智君と思われるシルエットが遥と思われるシルエットを両側から支えながら走って行く光景があった。


「…………」

 何だったの?今の……

 っていうか何で琴美や智君がここに?


「はぁ~……」

 一人残された私は長い長いため息を吐く。


 そしてまた沸き上がってきた不安を振り払うように頭を振って回れ右をする。


「遥まで笑えない冗談を……一体全体どうなってんの、もう!」

 そこまで言ったところでハッと顔を上げる。


 いつからいたのか目の前には淳平がいた……




―――


「じゅ、淳平!」

「おう。」

 何も悪い事などしていないはずなのに何故かどもる私。


 一方やましい事をしている(疑惑のある)淳平は平然とした態度。

 そんな奴の態度にムッとしながら言った。


「あんた、さっきまでどこにいたの?」

「生徒会室。」

「一人で?」

「うん。」

「……へぇ。」

 あくまで惚ける気だろうか。

 それならそれでこっちにも策が……


「あ、中島せんぱ~い!」

 ピリピリし出したこの場の空気におよそ似つかわしくない声が前方から聞こえる。

 私はイライラしながらその声の主を睨んだ。


「あ、本多先輩もいたんですね。打ち合わせですか?」

「まぁ、そんなとこ。」

 その女の子は律儀に頭を下げると、ニコッと笑顔を見せた。


 八重歯が可愛くて目がパッチリして小顔のその子をしばらく見つめていた私は、さっきから話題に上っていた淳平の浮気相手だと直感した。


「良かった、追いついて。あの、ありがとうございました!さっきは慌てててちゃんとお礼言えなかったから。」

「あぁ、いいよ別に。わざわざ走ってきてくれたんだね。」

 無駄にキラキラの笑顔を撒き散らす淳平がまるで長年の敵みたいに憎らしく思えてくる。

 私の前でイチャイチャするなっ!!


「私、そそっかしいっていつも皆に言われるんです。何もないとこで転んだり、知らない内に腕とかに傷作ってたり。だからさっきも中島先輩がいなかったら思いっきり壁に頭ぶつけてましたよ。二回も助けて下さってありがとうございました!」


 ん……?


「たまたまだって。っていうか、早く行かないと部活に遅れるよ。怒られるんじゃない?」


 ……な、何だか話が違う方にいってる…気が……


「あ!ヤバ~イ!!じゃあ、本当にありがとうございました!すみません、本多先輩。お話し中に。では失礼します!」


 彼女は姿勢を正すと、お辞儀をしながら物凄いスピードで去って行った。


「で?」

「……でって?」

「お前、何か俺に用事あったんじゃねぇの?」

 淳平の鋭い視線が突き刺さる。

 私は穴があったら今すぐ入りたい気持ちで肩を竦めた。


「まぁ、どうせ変な噂話に振り回されてたんだろうが。」

「え?」

「さっきそこで智達に会った。話聞いてたらバカらしくなってきっつ~いお仕置きしてやったけどな。」

 カッカッカっと笑う淳平に、私は思わず震えた。


「結衣のバーカ。お前なんか大嫌いだ。」

 淳平の言葉に一瞬唖然となる。

 だけど次の瞬間見た彼の優しい顔に、不覚にもドキッとした。


 この顔……生徒会長として取り繕っている顔でも普段の小憎らしい顔でもない。

 私と二人っきりの時にたまにだけど見せる顔だ……


 私は気を取り直すとスタスタと歩き出した淳平の背中に、ありったけの大声で叫んでやった。


「私だってあんたの事なんか大嫌いだよーだ!!」

 淳平が足を止めてゆっくり振り返る。

 そしてベェっと舌を出して笑った。




―――


 私が浮気だと疑った場面は、ただ単におっちょこちょいな女の子を体を張って(?)守った男気溢れる彼氏の姿。


 琴美のはただの勘違い、智君は見たままを言っただけ。


 遥は……あの子に嘘はつけない。真っ直ぐで素直な子だから。


 という事は………




 さて、嘘つきは誰?



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