海月

rouF Love(らふらぶ)

海月

 ねぇ、覚えてるかい?君の好きなあの海のこと。澄んだ夜空に浮かぶ真白ましろな月が、澄んだ海の表面に溶け込んで、まるで海月くらげのように見えるあの海のことを。

 僕たちはよく二人で自転車を漕いで、この海にきた。アパートから自転車で十五分ほどで着く海。住宅街を過ぎると街灯は少なく、所々割れてでこぼこした道路を通って、バイパスの下をくぐって抜けると、そこはもう一面海だ。

 君は着いた途端、忙しない様子で自転車を停めて、海と砂浜の境目まで走り抜けていった。僕は自分の自転車と、君の自転車の鍵を両方かけて、僕の自転車のかごに入っていたビニール袋を持って遅れて君の元へ行く。

「真面目だね。こんな田舎の、誰もいない海で律儀に鍵なんてかけちゃってさ。」僕の方へ目線だけ向けて笑いながら言う。風が吹いた。君の髪が揺れた。潮の匂いに乗せられ、君の髪の匂いが僕の鼻に突っ込んできた。頬がじんわり温かくなる。

 よく見ると、君は既に裸足になっていた。履いてきたクロックスは丁寧に揃えて置かれていた。そのまま渚をかけていき、「冷たい」とはしゃいで走り回る。

「それよりさ!やろうよ、花火!」君が月の光にも負けない笑顔を光らせて叫ぶ。僕は持ってきたビニール袋から花火のパッケージを取り出す。君がパッケージを開けて、こどものような目で花火を選ぶ。

「あっ!これ、線香花火、やろうよ!」

「えぇ、一発目から線香花火?」

「こういうのはノリと勢いが大事なの!ほら、君も持って。」

 そう言って袋の中から線香花火を二本取り出し、一本を僕に渡してくる。

「先に落ちた方が負けだからね!んー、負けた方は、アイス!帰りに奢りねー。」

 君は持っている線香花火に火をつけ、真剣な眼差しでただ一点を見つめていた。僕はその横顔がとても美しいと、思った。線香花火の火がいつの間にか落ちていた。

「えー、もう?!早いよぉ。張り合いがない!ヘタクソ!」

 一通りの悪口を僕に浴びせ、その手には今か今かと落ちそうな火を、その弱々しく燃える命を優しく紡ぐように、指先には緊張を残していた。

「あぁ!落ちちゃった。まぁ、でも勝ちは勝ちだからね!アイスね!」

「はいはい。そろそろ戻らない?ちょっと寒いよ。」

「軟弱者め!そんなガリガリな体してるからだよ!肉を食え、肉を。」

 そんな君を軽く無視して花火の抜け殻とライターをビニール袋に入れ直し、海に背を向けて歩く。

「あっ、待ってよぉ。えー?ホントに行くのー?えー?もちょっとやろうよぉ!ちょい!無視するな!アイス追加だからね!?」




 今日もこの海にきた。自転車を漕いで、所々割れてでこぼこした道路を走り、バイパスの下を潜って抜けたところにある、眼前に広がる海。

 自転車を停めて鍵をかけて、かごに乗せたビニール袋を持って海の方へ目を向けると、もう君は海と砂浜の境目のところに立っていた。「早いよ。」と呟いて、君の元へ向かう。

「相変わらず真面目だね。こんな田舎の誰もいない海で律儀に鍵なんてかけちゃってさ。そんなに真面目だと、つまんない大人になるぞ。」僕の方へ目線だけ向けて笑いながら言う。風が吹いた。君の髪が揺れた。潮の匂いが僕の鼻に突っ込んできた。

 よく見ると、君は既に裸足になっていた。そのまま渚をかけていき、「冷たい」とはしゃいで走り回る。

「それよりさ!やろうよ、花火!」君が月の光にも負けない笑顔を光らせて叫ぶ。僕はそれを無視して、持ってきたビニール袋から一束の花を取り出す。それを君の足跡に添える。

「遅くなって、ごめん。」


 今日この海にきたのは、バイトを遅刻したからとか、出さなきゃいけなかったレポートを忘れてたからとか、悩み事は積もる一方だが、そんなことが原因じゃない。「またそんな真面目な顔して。つまんない大人になるぞ。」と君が笑う。そんな君を無視して、少しだけ真面目なことを考える。

「君がいなくなってから、おばさん、たまにラインをくれるんだ。おばさんだって辛いだろうに、僕のことなんか気にかけてくれてさ。ほんと、お節介なところは君そっくりだね。」

「憎まれ口言いにきたわけ?」

「正直、受け入れられなかった。なんで死ぬかな?君に話したいこと、たくさんあった。君に聴いてほしい、歌ってほしい歌も、あった。君に、会いたいよ。」

 言葉が泡となってプカプカとあふれてくる。

「君のことが、好きだったんだ。」

「知ってた。遅いよ、言うのが。」

「君に直接、好きって言いたかった。」

 僕はその場に座り込み、泣いた。ここなら人の目を気にせず泣ける、そう思ってここに来た。だからものすごく泣いた。誰かに聞かれてたら恥ずかしいくらい泣いた。

「ちょいちょい、えー?泣きすぎだよ。誰かに聞かれたら恥ずかしいよ?!」と言ってくる君を無視して泣き続ける。「無視するなって!んもぉ。」

 突然、綺麗な歌声が聴こえた。心が震えて、溶けるような綺麗な声。君の声だ。聴こえるはずのない、君の声。その声のする方へ顔を向ける。僕が君のために書いた、君の好きな海月をモチーフにした歌を、君が歌っている。

「どうかな?君の思った通りに歌えてる?」

「…上手だよ。思った通り、君に似合わないな。」

「えー?そんなことないでしょ?!私の声のおかげで素敵な歌になってるでしょー?」

「うん、素敵だよ。」


 ねぇ、覚えてるかい?君の好きな、あの海のこと。澄んだ夜空に浮かぶ月が、澄んだ海の表面に溶け込んで、まるで海月くらげのように見えるあの海のことを。

 僕は今でも悲しいことがあると、海を見にくるんだ。君と一緒にいた海に。

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