第29話

 女性の新人探索者ミレイは全力で走っていた。


 (急がなくちゃ)


 めでたく探索者デビューとなったこの日、ミレイはパーティーを組む仲間と一緒に獣の楽園に足を踏み入れた。

 すると、同じく新人探索者のパーティー同士が揉めている場面に出くわした。


 (あれって、ベネットさんじゃ)


 ミレイは第三探索者養成学校の一組に所属していた。つまり、訓練の時間はベネット達二組と一緒に訓練を行っていたので面識があったのだ。

 

 (あわわ、止めないと!)


 ミレイは迷宮探索局の建屋に向かって走り出した。

 ミレイはベネットのファンだった。長身ですらりとした肢体はかっこよく、凛としていておまけに模擬戦では男性にも勝利するほど強い。

 一発で虜になったミレイは、それ以来話しかけるきっかけを窺っている。

 そんなベネットは剣を抜いていた。

 もちろん、ベネットが負けるなんてことは考えていない。

 しかし、こんな人目の付く場所で、殺傷沙汰になったらベネットが処罰を受けてしまう。

 そんな思いがミレイを一心に走らせていた。


 「大変なんです!」


 



 迷宮探索局の職員がこんなにも素早く止めに入れたのは一人の探索者のおかげである。

 職員の脇で息を切らせている探索者は、揉め事の気配を感じるやすぐに探索局の詰め所へと向かい、迷宮に入ってすぐの所で喧嘩が起きそうなので止めるよう要請したのだ。

 彼らは感謝するべきだろう。その探索者のおかげで大事にならずに済んだのだから。


 「話を聞く限りゴンソだったか、お前が悪いな」


 「は? こいつらが道を塞いでたのが悪いんだろうが」


 双方から事情を聴いた迷宮探索局の職員の判断にゴンソが噛みつく。

 一方的な罵倒や侮辱。話を聞いていた者全てがそれはベネットが怒るのも無理はないとゴンソに冷たい目を向けていた。


 「いや、こちらが悪い。申し訳なかった」


 ヨークは事情を聴いて初めて事の次第を知り、これはまずいと慌てて頭を下げた。

 確かにゴンソ達は最近性格が荒んできていたが、ヨークは誰彼構わず喧嘩を売るほどとは思っていなかったのだ。


 「ヨークさん、こんな奴らに謝る必要ないって」


 「黙ってろ!」


 ヨークはゴンソを殴り飛ばす。性格が荒んできていたのはゴンソ達だけではない。

 ヨークもレオに一方的に負けた後から相応に荒っぽくなっていた。


 「お前たちは今日はもう帰れ。明日からは迷宮への入場は一時間遅らせること。それが罰だ」


 職員は人目の多い場所で騒動を起こしたヨーク達をこのまま迷宮探索に行かせるわけにはいかず、反省する時間を与えることも含めて帰還させることに加えて、今後同様のトラブルを起こさないように探索者達が狩場にばらけた時間から探索するよう活動時間をずらすことを求めた。

 これはヨーク達にとってかなり痛いペナルティーだ。探索者初日にして出鼻を挫かれただけでなく、活動時間を遅らせることで、狩場を見つけるまでの時間が長くなることが予想され帰還が大幅に遅れることになるだろう。

 睡眠時間の確保は探索者にとって大事なことだ。それが削られる可能性が高くなることは今後の探索者生活にも必ず影響する。

 かと言って、他の二つのビギナーダンジョンに行くことも出来ない。スライムの森はヨークだけなら問題ないが、他の者達は足手纏いでしかないし、ゴブリンの洞窟では十分なお金を稼ぐことが出来ない。

 なので獣の楽園に来るしかないから厳しい条件でも職員の決定に従わざるを得ない。


 「わかりました」


 ヨークは歯を食いしばって同意する。

 いきなりケチがついてしまった。ヨーク達は肩を落としながら迷宮を去っていった。


 「ありがとうございました」


 ベネットは職員にお礼を述べる。

 もちろん、ヨーク達を許すつもりはない。それでもここで刃物を振り回さずに済んだのは今後のことを考えれば助かったことも事実なので素直に礼を言ったのだ


 「いや、お礼はそこの娘に言ってくれ。その娘が知らせに来てくれなかったら止めることは出来なかったからな」


 ベネットは職員が示した女性探索者に目を向ける。


 「ベネットさん、良かったです!」


 「君は…確かミレイさんだったかな。助かったよ、ありがとう」


 ミレイは潤んだ目でベネットを見上げていた。

 ベネットも、養成学校での訓練で顔を合わせたことのある薄っすらと名前を憶えていた程度の相手に熱い視線を投げかけられて困惑してた。


 「そ、それでは私達もそろそろ狩りに行かねばならないので失礼させてもらう」


 「はい、またお会いしましょう」


 ベネットはなんだか怖くなったので足早に去ることにした。

 ミレイはにこにこしながらベネットに手を振っている。


 「相変わらず女の子にもてるね」


 「あれは落ちてる」


 「いや、そんなのじゃないだろう。 ないよな?」


 エリスとマロンに揶揄われながらベネットは魔物を狩りに向かった。

  

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