第165回天皇賞(春)

傍野路石

ディープボンド

 ディープボンド。昨年は前哨戦の阪神大賞典を五馬身差で圧勝したのち本番に臨み一番人気となるが、結果は惜しくも日経賞から臨戦の菊花賞馬ワールドプレミアの二着。その後は凱旋門賞を見据えてフランスへと渡る。そうして前哨戦の仏GⅡフォワ賞で見事に仏GⅠサンクルー大賞勝ち馬のブルームを下して勝利し、いよいよ凱旋門賞へ挑むが結果は最下位。流石は世界最高峰のレース、矢張り日本馬の前には高い壁が立ちはだかった。帰国後は有馬記念に参戦。五番人気であったが、エフフォーリアには一歩及ばなかったもののグランプリ四連覇を懸けたクロノジェネシスに先着し二着と強さを示した。

 年は明け、今年初戦は阪神大賞典。勿論、昨年と同じく天皇賞・春を見据えてのことである。昨年の圧勝劇もあってか、一番人気に推され、連覇が期待された。そうしてその期待は裏切られることなく、昨年ほどの派手な勝ちっぷりではないが、みごと連覇を果した。満を持して本番に臨む。惜しくも逃した春の盾、今年こそは。

 しかし矢張りGⅠ、一筋縄ではゆかない。昨年敗北を喫したワールドプレミアと同じ、「菊花賞馬」の存在である。昨年の菊花賞で五馬身差の逃げ切りを見事に決めたタイトルホルダーもまた、この春の天皇賞に出走するのだ。その前走は年明け初戦、前哨戦の日経賞を走り、辛勝ながらも逃げ粘った。

 近年では菊花賞馬が連勝中。タイトルホルダーがディープボンドの最大のライバルとなるのは言うまでもなかった。

 そうして迎えた天皇賞・春当日。昨年と同じく行われる阪神競馬場の芝は稍重ややおもの発表。ディープボンドは大外八枠一八番、単勝二倍台で昨年に続き一番人気となった。一方のタイトルホルダーは同じ八枠の一六番、単勝は最終的には五倍を切る二番人気であった。

 ディープボンドの雪辱果されるか、今年も菊花賞馬が勝つのか、はたまた……。

 三場(東京、阪神、福島)の中で唯一晴れていた阪神の空にGⅠファンファーレが鳴り響く。第一六五回天皇賞・春、芝三二〇〇m。

 ゲートが開いた。直後、タイトルホルダーとディープボンドの間の一七番シルヴァーソニックが落馬、カラ馬となる。無論、彼は競走中止となるが、この馬、鞍上が居ないながらも滅茶苦茶良い位置取りで律儀にもゴールまで走り切るのである……。それはさておき、ディープボンド、タイトルホルダーは共に好スタートを切り、矢張りタイトルホルダーがハナに立った。ディープボンドは四、五番手辺りにつける。ここから長丁場のレースとなる訳だが、仔細な内容については他に上手く述べられているものが幾らでもあろうし、レース映像を見れば一目瞭然であろうと思われるのでそちらに委ねる。

 二周目内回りの三コーナーに入り、ディープボンドはいよいよ追撃にかかる。先頭は依然タイトルホルダー。そうして四コーナー、ディープボンドは三番手、二番手にテーオーロイヤル、タイトルホルダー逃げる。

 迎えた最後の直線。決死の攻防が繰り広げられるか、と思いきや、展開は全く別の意味でトンデモナイことになった。

 タイトルホルダーがグングン、グングンと後続を引き離しはじめたのである。それはまるで、菊花賞の再演かのように……。(その後ろを追ってゆく芦毛あしげのカラ馬……)

 二番手のテーオーロイヤルが懸命に追うも、差は一向に縮まらない。ディープボンドも二着争いまでが精一杯であった。

 圧倒的な逃げを魅せ、タイトルホルダーが一着でゴール。(カラ馬のシルヴァーソニックですら追いつけず……)。ディープボンドは長く脚を使ってテーオーロイヤルを一馬身躱し、二着。今年も。(ゴール後、シルヴァーソニックは外ラチへと突っ込んで行き、飛越に失敗して素ッ転ぶ)。

 暫くして掲示板に表示される着順、着差。上から16、18……そうしてその間の右側には7。菊花賞の再演どころではない、それを凌駕していた。ディープボンドにとっては、まさにタタキつけるような数字であった。

 斯くしてタイトルホルダーが二つ目のGⅠ勝利を手にし、今年の春の天皇賞は幕を閉じた。

 ディープボンドのGⅠタイトルは、まだない。


 一方その頃……落馬により競走中止となるも最後まで走り切ったシルヴァーソニックは、ラチの外側で、真ッ白に燃え尽きていた……。


 二〇二二年五月朔日

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