【完結】桜の木の下の首無し死体
ぺぱーみんと
第1話 桜の木の下の首無し死体
「さくらのき??」
読んでいた本。
そこに書かれていた文章に、五歳の女の子、ナターシャは首を傾げた。
【桜の木】というものが、うまく想像出来なかったのだ。
ただ、書かれている説明文を読む限り、とても美しい花をつける木なのだということは、理解出来た。
本には、挿絵も何も無い。
文字ばかりの本だった。
五歳の子が読むには、早すぎる本だった。
それは、とある冒険家の手記だった。
遠い遠い島国に行った時のことが書かれていた。
ここではないどこか。
冒険の旅。
夢の詰まった手記だ。
兄達が、祖父の積読の山脈から見つけてきたのだ。
そして夢中になって読んだ後、ナターシャへ、
「面白いから、ナターシャも読んでみな」
と言って渡してきた本だった。
そこには、海の向こうの様々な国のことが書かれていた。
ナターシャがその本を読み始めて、数日が経過していた。
よくわからない物、想像できないものが出てくる度に、ナターシャは家族に聞き回った。
皆、読書好きでナターシャよりも人生の先輩だったから、持てる知識を披露してくれた。
「お母様、お母様」
「なぁに、ナターシャ?」
「桜の木って、どんな木ですか?」
ナターシャは、編み物をしていた母のもとに行き、手にした本を見せながら言ってきた。
「え、え~??」
ナターシャの母も本が好きだったが、異国のことについては疎かったため、答えることが出来なかった。
念の為、愛娘の持ってきた本の中身を確認する。
そして、編み物の手を止めて、人差し指でこめかみをトントンと叩く仕草をした。
母親の癖の一つだった。
それから、笑顔になって愛娘へ向かって、
「んー、お母様はちょっとわからないな。
でも、すっごく綺麗なお花が咲く木みたいね。
お母様もちょっと見てみたいな」
なんて言った。
そして、
「ナターシャ、調べてみよっか?」
いい経験になるだろうと考えたのだ。
なにしろ、ナターシャにはまだ自分で調べる、ということを教えていなかったのだ。
「しらべる?」
ナターシャの母は、編み物を片付けると、ナターシャを抱っこした。
五歳になった娘は、大好きな母に抱き抱えられ、その顔を見つめる。
もうあと何年かすれば、生き写しとなる母の顔が楽しそうに微笑んでいる。
「そう!
おじい様の図書館に行きましょう!」
それは、男爵家の敷地内に特別に立てられた離のことだった。
図書館といって差し支えない建物で、街の者たちにも解放されている。
ナターシャの祖父は、引退したもののまだまだ元気で世界各地の本を取り寄せては、その図書館で読みふけっていた。
若い頃から少しずつ少しずつ、集められた本はそれはそれは膨大な量となっていた。
母屋を圧迫したため、ナターシャの祖母がガチギレして燃やすか捨てようとしたほどだ。
ナターシャの祖母も本が好きな人種だが、家の中がゴチャゴチャするのが嫌いな人なのである。
先日もそのことで、祖父と祖母は夫婦喧嘩していた。
家におけないなら、作った図書館におけばいいじゃない。
という言葉にブチ切れたのだ。
ちなみに、図書館の管理は祖父母を中心として、近所に住む老嬢、引退した元軍人や夫婦などからなる自治会が行っていた。
ちなみに、メインに管理しているのは祖母だった。
祖父も祖母も、もうすぐお迎えが来るのに、さらに増やしてどうする、となったのである。
母も暇を見ては、図書館の本を整理を手伝っていたりする。
さて、その図書館に行くとナターシャの母は、物の調べ方をレクチャーしてくれた。
そうして手にしたのは、図鑑だった。
世界各地の植物が載っている、図鑑。
本来ならこんな田舎の男爵領ではお目にかかれないものだ。
それこそ、王都の中央図書館にでも行かなければならないだろう。
さて、その図鑑が何故ここにあるのか、だが。
話すと長くなってしまうので、割愛する。
ただ、ナターシャの祖父がめっちゃ頑張って手に入れた図鑑である、ということだけわかればいい。
その図鑑を開く。
そこには、ナターシャの知りたい答えがたしかに載っていた。
***
【数年後】
「桜の木の話?」
何度目になるかわからない、ミズキの紙芝居の練習。
その練習に付き合った後。
ナターシャは、ミズキへとリクエストをしてみた。
桜の木を題材にしたお話を、ミズキなら知ってると考えたのだ。
「たくさんありますよ」
「たくさん?」
「はい、たくさん」
ミズキの故郷が、桜の木のある遠い島国だと知っての質問だった。
その答えが、これであった。
たくさんあるらしい。
ミズキが指折り数えつつ、紙芝居になっている話を上げていく。
簡単にストーリーの説明もしてくれた。
しかし、
「んー、私好みの話ではないですね」
桜の木に関する、怖い話はまだ紙芝居にしていないようだった。
桜の木の妖精と、人間の恋物語だったり。
悲恋だったりハッピーエンドだったり、話は確かに豊富だった。
しかし、怖い話は無かったのだ。
「ナターシャ様好みの話……」
言われて、ミズキは思案顔になる。
やがて、何かを思い出したのかミズキはナターシャを見ると、
「ナターシャ様は、謎解きの話も好きでしたよね?」
そう訊いてきた。
ミズキの言葉を受けて、ナターシャは頷いた。
「紙芝居ではないですが、それでも良ければありますよ」
ぱあっと、ナターシャの表情が明るくなる。
「翻訳しなければならないので、少し時間を頂きますが。
それでもいいですか?」
ナターシャはすかさず首肯したのだった。
それからさらに数日後。
数枚の紙を持って、ミズキは男爵邸へ訪れていた。
ナターシャに約束していた、桜の木に関する物語の翻訳が終わったのだ。
彼女が持ってきた紙には、ナターシャ好みだと思われる物語が綴られていた。
通された、ナターシャの自室。
そこには、ミズキをもてなす為にお茶とお菓子が用意されている。
「それでは、ナターシャ様。
こちらになります」
恭しく、ミズキがナターシャへ紙を渡す。
ナターシャはそれを受け取り、
「あ、どうぞ、こちらでも食べて待っててください!」
ドキドキとワクワクを隠しきれず、挙動不審になりながら用意していたお茶と菓子を勧めた。
ミズキは微笑んで、ありがたくそれに手を伸ばした。
ちらりとミズキがナターシャを見る。
ナターシャはすでに物語の世界へ没頭していた。
ナターシャが目を通している物語。
タイトルは【桜の木の下の首無し死体】という、物騒この上ないものだ。
所謂ミステリであった。
ミズキの友人が、彼女に勧められるがまま書いた作品だ。
とある有名すぎる小説をベースにしている作品だった。
書かれている作者名は、友人のペンネームのようなものだ。
友人の本名をもじったものだった。
***
題 【桜の木の下の首無し死体】
作 ひつき
悲鳴が上がった。
そう、悲鳴だ。
まるで、化け物でも見たかのようなそんな悲鳴が、街道に轟いたのである。
街道といっても、所謂裏街道で人の通りは少ない。
しかし、その声を聞きつけた者がいた。
それは、旅の商人だった。
尋常ではない声。
それが聞こえた場所へ走る。
裏街道でもとくに目立つ場所。
立派な桜の木が、花弁を舞わせているその場所へ、商人は急いだ。
そこで、商人が見たのは、腰を抜かした旅装束の男であった。
商人と同じく、どこぞへと向かう途中だったのだろうと思われる。
旅装束の男は商人に気づくと、震えながら桜の木を指さした。
「あ、あああ、あれ!!あれ!!」
商人は、指さされた先を見た。
そこには、桜の木を背もたれにして、首のない死体が立てかかっていた。
大騒ぎになった。
すぐに、今朝方出てきた宿へ旅装束の男とともに戻ると、宿の主人に事情を話し、役人へと通報してもらった。
明らかに、獣の仕業ではなかったからだ。
首が無いのもそうだが、死体の胸部には短剣が突き刺さっていたのだ。
役人がすぐにやってきて、現場を調べた。
そして、この死体を発見した旅装束の男と、商人を含めた、事件の関係者へ聞き取りを行うこととなったのだった。
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