第31話 どんなときでも後始末は欠かさずに
日が暮れ始めていた。
景色の果てに見える連なる山の稜線へと、太陽が少しずつ傾きつつあった。
空も含めて、景色の色合いが変わる。
それはプロミナも同じだった。夕陽を背にした彼女の輪郭は、輝ける山吹色。
そんな、絵画にも劣らない美しさを誇る景色を、俺は目の当たりにする。
「……プロミナ」
気がつけば、彼女の名を呼んでいた。
「先生、ごめんなさァァァァ――――いッ!」
そしたら、深々と頭を下げられた。
一瞬面食らったが、それが何に対する謝罪であるかはすぐにわかった。
「俺言ったよねー? 君は世界を救わなくていいって」
「ぅぅぅ、本当にごめんなさい……」
心底申し訳なさげに、プロミナは重ねて詫びてくる。
ディスロスがラズロに命乞いをさせたとき、彼女はいらぬ色気を出してしまった。
相手がラズロであることは、きっと頭から抜けていた。
ただ、人が苦しむ姿を目の前にして、反射的に情けをかけようとしたのだ。
「俺、こうも言ったよねぇ~、まずは君が君を救え、ってさ~」
「ぁぅぅぅぅ~……」
「言ったよ――、ねぇぇぇぇぇぇぇ~~~~」
「ぅにぃ~……」
何も言い返せないでいるプロミナに、俺は殊更チクチクとつつきまくる。
もちろん、彼女の反応が面白いからしている、というワケではない。それは四割だ。
「君が今、こうして生きてるのは奇跡だ。それは、わかってるな?」
「……うん」
俺がはっきり言葉にすると、プロミナは顔を伏せたまま、うなずく。
「ディスロスは確かに一度、君の生殺与奪を握った。つまり、君は負けたんだ」
「…………うん。わかってる」
俺が告げると、プロミナはますます深くこうべを垂れた。
魔王に勝てたからと、ここで天狗にならないのがプロミナのいいところだ。
顔をうなだれさせているプロミナは、唇をきつく噛み締めていた。
今、彼女の中では勝利の喜びより、負けかけた悔恨の方が優っているのだろう。
まぁ、そうでなければ俺も困る。
だけど、今回はこのくらいでいいだろう。俺はプロミナの頭を撫でた。
「でも、よくやったな、プロミナ」
「先生……」
プロミナが、ビックリした様子で顔をあげる。
「経緯はどうあれ、君は見事に『十二天魔』に勝ったんだ。頑張ったな、えらいぞ」
俺はプロミナに笑いかけ、頭を撫で続けた。
ミスこそしたが、この子は見事に俺が出した最大の課題をクリアした。
この一戦は、間違いなく彼女にとって、大きな糧となるだろう。
俺が見込んだ戦士が結果を示した。教える者として、これ以上嬉しいことはない。
「先生……ッ」
俺のことをキョトンとした顔で見上げていたプロミナの瞳が、急に潤み始める。
「プロミナ?」
「怖がっだよぉぉぉぉぉ~~~~!」
泣き出し、俺に抱き着いてくるプロミナ。
ああ、そうか。そうだよな。こんな大一番、怖くないわけがないよな。
いくら図抜けた強心臓の持ち主とはいえ、怖いという感情を抑えられるワケじゃない。
でも、恐怖を乗り越えてよくやった。本当によくやったよ、プロミナは。
「よしよし」
俺の胸で子供みたいになくプロミナの背を、ポンポンと軽く叩く。
すると、そこにいきなりとんでもねぇ雄叫びが聞こえてくる。
「やったあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~ッッ!」
「うぉっ!?」
何事かと見てみれば、満面の笑みを浮かべたルクリアが駆け寄ってきた。
「見て見て、コージン君! これ! これ!」
「何だァ……?」
ルクリアが見せてきたのは、ちょっとした大きさの黒い石だった。
いや、石をよく見てみるとただ黒いのではなく、半ば透き通っているようだ。
石の内部に、何やら黒いものが渦を巻いて蠢いている。
「ルクリアさん、これは?」
「魔石だよ、魔石! 伝説の『十二天魔』のまーせーき!」
魔石。
強い魔力を持った存在が死に至るとき、その魔力が凝縮され結晶化することがある。
そういう経緯を経て生まれるのが、魔石。強い魔力を宿したアイテムだ。
「ディスロスの魔石か……。そりゃまた、レアだな」
「でしょ~? だよね~? ウフフフフフ、とびっきりの戦利品だぁ~!」
手にした黒い魔石にスリスリと頬ずりして、ルクリアがだらしなく笑う。
ドロップアイテムに一喜一憂するのも冒険者のサガではあるが、嬉しそうだなぁ。
「――って、ちょっとプロミナちゃん! 何でコージン君に抱きついてるの!?」
今、気づいたんかい。
「ズルい、ズルいよ! あたしも抱いてよ! 何なら揉んでもいいからね!」
「揉むのは帰ってからに、って無理に抱きついてくんなぁ!?」
「ちょっと、ギルド長! 割り込んでこないでよぉ!」
「黙りな、バカクソガキ! コージン君を独り占めするなんて許されないんだから!」
左右から俺の体に抱きついて、プロミナとルクリアが喧々囂々騒ぎ始める。
そういうのは俺から離れた場所でやってくれませんかねぇ……。
「フフ……」
やり合ってる二人を見て、リリーチェがクスクス笑っている。
「何だよ、リリーチェ」
「いえ、仮にも魔王と戦ったのに、お二人ともお元気なご様子ですので」
「おまえは、どうなんだ?」
「体の方は何ともありません。ただ、さすがに少し、気疲れが……」
まぁ、そりゃあそうか。
千年もの間、封印を見守り続けてきた因縁の相手だ。色々と思うこともあるだろう。
「でも、決着をつけることができて、何よりです」
「そうだな。千年前にはできなかったことが、ついに実現できたんだ」
不滅であるはずの魔王の魂。
それを、ついに滅ぼすことができた。これは間違いなく歴史的な躍進だ。
ふとそんなことを思って、俺はしばし懐古に浸ろうとする。
「ふんぬりゃああああああああああああああああああああああああああああああ!」
だが突然、そんな声と共に地面から突き出てくる手。
地表を突き破って出てきたのは、全身を血と泥にまみれさせたガルンドルだった。
「ただ今戻りましたわい、大先生!」
「何つーところから出てきてるんだ、おまえ……」
「実は敵の策略に陥れられましてのう!」
「策略?」
「最後のナイトリッチを叩き潰したところに、いきなり地面が砕けまして、そこにできた地割れに飲み込まれてしもうたのです! 魔王の姦計の違いありませんわい!」
「あ、ふ~ん……」
ごめん、それ多分、俺の世軋りのときに起きた地割れだわ。
「しかしそこは『真武』の二番弟子にして『勇者』一党切り込み隊長のワシ! そのような卑怯な騙し討ちに遭おうとも、こうして戻ってやりましたわ! グハハハハ!」
「おまえもおまえでタフだよな~……」
胸を張って笑うガルンドルだが、よく見れば全身傷だらけだ。
さすがに相手がナイトリッチの群れとあっては、無傷ではいられなかったか。
だからって、おまえを弟子にしたつもり、ないけどな!
「だけどまぁ、これで全員無事だったのもわかったし、一件落――」
「ま、待てよ!」
言いかけた俺を遮ったのは、未だ立ち上がれずにいるラズロだった。
「俺も、魔王討伐の功労者の一人、だよなぁ!?」
いきなり何言ってんだ、こいつ?
「だって、俺が封印を解かなきゃ魔王は倒せなかった。そうだろ? だよな?」
「ムチャクチャ言ってくれるわね、この元ボンボン」
ルクリアが俺から離れて、腰に手を当て息をついた。
「ヘヘ~ン、ギルド長が先に離れた。私の勝ちだね~」
「いや、君もいい加減に離れなさいよ、プロミナ」
この子は本当に何を争ってるのやら……。
と、思っていると、またラズロが何事かをわめき始める。
「俺がいなけりゃ魔王は倒せなかった。それは本当のことだろ!」
「で、仮にそうだったとして、あんたはどうしたいのよ?」
「お、俺を捕まえるな。無罪扱いにして、見逃せ。ロガートからは去ってやるから!」
ラズロの要求は、己の自由の確保。
財貨や名声よりまずは身の安全。状況的に見れば、それが優先されるか。
だが、ラズロはわかっていない。
自分がしでかしたことの意味。その罪の重さも、大きさも。
「それはできかねます」
リリーチェが、ハッキリとした物言いでラズロの要求を突っぱねた。
「な、何だおまえ。ギルド長でもないクセに、口を出すな!」
「その方もギルド長よ~ん。それも、初代のね」
怒鳴るラズロに、ルクリアがそう口を挟む。するとラズロはギョッと目を剥いた。
「初代、ギルド長……? ま、まさか『第七の守護者』のッ!?」
お、そこは知ってたんだ。
案外有名な話なのかね、初代ギルド長についての話。
「そうです。冒険者ギルドの長としても、『守護者』としても、あんたを無罪放免にすることはできません。あなたには、わたくし達と共にロガートに来ていただきます」
「待てよ、何だよそれ。ロガートに戻って、俺はどうなるんだよ……」
顔から血の気を引かせて、ラズロが声を震わせる。
問われたリリーチェは、厳しい顔つきのまま、ラズロから顔をそむけた。
「あんたがやったことはね、人類そのものに対する裏切りなんだよ」
代わりに、ルクリアが答えた。
「な、そんなことした覚えはないぞ! そんな、大それたこと……!」
「やったでしょ。魔王と共謀してプロミナちゃんを騙したクセに、何言ってんの?」
魔王が人類の敵である以上、ラズロの行ないは明確に人類全体への裏切り行為だ。
「今後、他の『十二天魔』の封印も解ける可能性が高いのです。その際、魔王や魔族に与する人間が現れないとも限りません。わたくしは『守護者』として、その可能性を極限まで小さくすることに努めなければなりません。妥協は許されないのです」
「じ、じゃあ、俺は、お、俺は、街に戻ったら……」
毅然と言うリリーチェに、ラズロの顔からますます色が失せる。
「終わりだよ、ラズロ」
ルクリアが投げつけたその冷たい一言が、トドメとなった。
「あ、ぁ、ああ……、ぁ、ああ、あああああああああああああああああああああ!」
両手で頭を抱えながら、ラズロは地面にうずくまり、絶望の声を響かせた。
骸魔王との戦いの後始末は、こうして全て終わったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます