第25話 プロミナ・エヴァンスvsコージン・キサラギ
もしかしたら、プロミナが『勇者』になれるかもしれない。
ということで確かめてみることにした。
「じゃ、プロミナ、俺に攻撃当ててみな。当てられたら即『勇者』認定ね」
「そんな大雑把な……」
リリーチェとの会話から三日後、俺達はロガート近郊の平原にいた。
この辺りは誰も来ないし広いので、いっぱい体を動かせるぞー、程度の選択理由。
目的は、たった今プロミナに述べた通りだ。
彼女が『勇者』になれる器なら、俺に攻撃を当てる程度、ワケはないはず。
「でも、先生ってどんな攻撃も当たらないんだよね?」
「世界がそうできてるからな」
「それがわかんないって言ってるのに……」
抜き身の剣を肩に担ぎ、プロミナは軽く息をつく。
それについて解説したのは俺ではなく、我がパーティーの新メンバー。
「まさか、
驚きを露わにしたのは、自分の背よりも大きな錫杖を手にしたリリーチェだ。
エリクサーですっかり元気を取り戻した彼女は、俺達に合流していた。
なお、この場にはルクリアだけいない。
あの人には、魔王の封印の現状確認をお願いしてあった。ま、大事な仕事だよね。
「リリーチェちゃん、しんいきにつーじるって何?」
まるっきりわかってない発音のしかたで、プロミナが尋ねる。
「簡単に言うと、コージン様は半ば神様のような存在ということです」
「ひょえ~、先生が神様かじってるって言ってったの、あれマジだったんだ……」
マジだよ、マジ。何で嘘つかにゃならんのさ。
「
「うわぁ、改めて第三者の口から聞くと、本当にムチャクチャだ。頭悪い」
何故最後にディスりが入った? 最後の一言必要だった?
「でも、先生がそんなすごい人なら、何でマッサージはあんなに時間かけてるの? 神様の力でパパ~っとできたりするんじゃないの?」
プロミナが覚えた疑問は、当たり前のものだった。
確かに俺は神に通じる力を持っている、が、実はそれは順序が逆なのだ。
「プロミナ。俺はな、こうして『神域』に通じる力を得たからこそ、おまえらを『直す』マッサージができるようになったんだぞ。俺が最後に体得したのがマッサージ術だ」
「ええええええ、そうなのォ!!?」
そうなの。実はそうなの。
「いいか、プロミナ。これだけは覚えておいてほしい。『壊す』のはな、簡単なんだ」
「壊すのは、簡単……」
「そう。『壊す』ことに比べれば『直す』のはすごく難しいんだ」
神域に通じた俺ですら、長い時間と極度の集中が必要なくらいに、な。
「以上、説明終わり。結論、俺、神様。じゃ、張り切って俺に攻撃当ててどーぞ!」
「デタラメだよ、この先生! もー!」
プロミナが、頬をプクッと膨らませつつ、俺から離れていく。
抜いた剣を両手に持ち直し、丁度いい距離に来たところでこっちに向き直った。
「お……」
振り返ったその表情に、すでにゆるみはなかった。
剣を構え、こちらを睨む目つきには、獲物の喉笛を狙う獣の獰猛さが見て取れる。
これは早速、スイッチが入ってますねぇ。
俺と相対し、プロミナは腰を落として左足を前に出し、体を右に傾けた。
両手に掴んだ剣は顔の横で水平に構え、切っ先は一直線に俺へと向けられている。
大陸東部で『霞の構え』と呼ばれている構えに近い形だ。
「俺は避けないし、防がない。その上できくが、どう攻めてくるつもりだ?」
「このまま真っすぐ行って、真っすぐ突く」
プロミナの返答は俺が予想した通りのものだった。
「どうせ先生に小細工なんて通じないんだから、なら一撃必殺を狙うしかないよ」
「――いいね。最高だ」
迷いなんて一切見られない。やると決めたらやる。
その判断力、決断の早さはちょっと惚れ惚れしてしまう。この子はいい戦士になる。
「さ、いつでもいいぜ。プロミナ」
「…………」
しばし、俺とプロミナは対峙を続ける。
真っすぐ行くと言いながら、彼女はまだ来ない。その表情が、やや厳しさを増す。
プロミナの戦士としての勘は、すでに一級品だ。
だからこそ察したのだろう。今のままでは、俺に攻撃を当てられない、と。
今、プロミナの全身には血気が巡り、充実している。
漏れ出たりはしていないが、高まった体温が彼女の周りに軽く陽炎を作っている。
血気を巡らし、己の身体能力を限界まで強化し、最高の一撃を放つ。
正解だ。その方法こそ、彼女ができる範囲での唯一の『厄除けの加護』の破り方だ。
世界を形作る法則を打ち破るのに、ただ強いだけの力では全く不足。
大きな力を正しく扱い、一点に集束させて貫き通せる確かな技量が必要不可欠だ。
――ただし、扱う力がその域に達していればの話。
プロミナの体に宿る血気は、凄まじいほどの量に至っている。
初めて出会ったときと比べれば、今やその実力は数十倍にもなるかもしれない。
だが、まだ足りない。世界を壊すには、まだ全然足りない。
それを自分で理解しているから、プロミナは未だ踏み込まずにいる。
「リリーチェ」
「はい、コージン様」
「いいんだぜ、見せてくれても。あるんだろ、新技の一つや二つ」
プロミナを見据えたまま言ってみると、リリーチェが微笑むのがわかった。
「コージン様に隠し事はできませんわね」
そう言って、彼女は長い錫杖をシャランと鳴らす。
千年を経て俺は『神域』に通じたように、彼女もまた何らかの力を得ている。
その予想は、どうやら当たっていたらしい。何でも言ってみるモンだ。
「これは、わたくしが『勇者』を支援することを想定して会得したものです。プロミナ様、どうか恐れることなく、その身を委ねてくださいませ」
錫杖の先端が光を放ち、魔法が発動する。
リリーチェは、俺が知る中では最高のヒーラーにして最良のバッファーだ。
その彼女が使う魔法となれば、バフのたぐいなのだろうと想像がつく。
だが、何を強化した?
魔法によるバフは、気功による肉体強化と比べて強化倍率がはるかに低い。
今さら、筋力や俊敏さを強化したところで、大火に薪を一本くべるのにも劣るぞ。
……そう、思っていたんだが、
「ハハッ、なるほどなぁ!」
思わず声をあげてしまう。込み上げてくる笑いを、押し殺しきれなかった。
プロミナの全身を駆け巡る血気量が、一気に十倍以上に増大している。
血気量を増やすバフ――、ではない。
これは、生命力だ。
魔力と血気の源となる生命力そのものを強化するバフだ。
普通、バフといえば筋力・俊敏性・知覚力など、対象の特定部位を強化するものだ。
生命それ自体を強化するバフなんて、俺はついぞ見たことがない。
生命の強化は、即ち全身の機能増強にも繋がる。
ただでさえ極めて高いプロミナの心臓の力が、もっともっと強くなる。
つまり、血気の生成効率がグンと跳ね上がるってことだ。
見ろ、今やプロミナの全身から金色の血気が炎の如く噴き上がっている。
いつしかのように、無意識のうちに血気を垂れ流してるんじゃない。
体に収まりきらない余剰分が、外に漏れ出ているだけだ。それほどの血気量なのだ。
「行くよ、先生!」
「来い、プロミナ!」
短く言葉を交わし、ついにプロミナが踏み込んだ。
起きたのは、金色の爆発。そして、光を纏ったプロミナが俺に突っ込んでくる。
「やあああああああああァァァァァァァァァァ――――ッ!」
突き出される、金色を帯びた切っ先。
その威力が俺の敷いたルールを超える域に達していれば、彼女の剣先はこの身を抉る。
リリーチェも固唾を飲んで見守る中で――、
「よっ、と」
俺は緊張感のない声でそう言って、プロミナの姿がフッと消える。
「あ、あれ……?」
見守っていたリリーチェが、不思議そうに辺りを見回すが、プロミナの姿はない。
「リリーチェ、上」
「上?」
俺が上を指さし、リリーチェがそれに従って視線を見上げる。
「あ」
という、リリーチェの声がした。
一緒になって見上げれば、上空、多分雲より高い場所に、ポツンと小さな点が一つ。
プロミナです。
「うぉ~、あんなトコまで行ったか~、さすがの一撃だな」
「コージン様、何をしたんですの? ……転移?」
いや、そんなことはしてませんとも。
「切っ先を指でつまんで力の進む方向を上に変えただけ」
つまり、プロミナは自力であそこまで吹っ飛んでったってことだァ。
「あの、コージン様、確か避けないし防がないと言っていらしたような……」
「捌かないとは言ってないから。それに当たったら絶対痛いし」
「そんな無体な……、って、当たったら!?」
「リリーチェ、あの子は『勇者』やれるわ」
ちゃんと着地したら、ご褒美にいっぱい揉んでやらないとな。
腕を組み、未だ点のままのプロミナを見上げて、俺はそんなことを考えていた。
俺が魔王復活の報を聞いたのは、それから数分後のことだった。
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