第23話 魔を討ち滅ぼす『勇者』の条件

 目覚めたリリーチェが、ルクリアから受け取ったエリクサーを飲む。


「ん……」


 まだ幾分悪かった顔色が、それで一気によくなった。

 空になった小瓶を受けとったルクリアが、心配げな顔で彼女の方を覗き込む。


「……いかがです、リリーチェ様?」

「うん。とてもよいです。滋養が全身に染み渡り、活力が漲るのを感じます。長らくわたくしを冒し続けた倦怠感や虚脱感が消えて、代わりに力が溢れてくるようです」


 寝間着姿のリリーチェが、うんと力強くうなずく。

 それを見て、ルクリアがほぅと安堵のため息。近くにいたプロミナも、ため息。


「うんうん、よかったじゃねぇか」

「よかったじゃねぇか、じゃないからね?」


 俺も続こうとしたら、プロミナにすごい目つきで睨まれた。


「何で叱られてんの、俺……」


 そして何で、地面の上に正座させられてんの?


「何で、じゃないでしょ、先生。本当はわかってるクセにさー」

「いやいや、マジでわからんのですけど。本気で。何で俺は座らされてんの?」


 ワケもわからず尋ねると、プロミナとルクリアが顔を見合わせ、同時に嘆息。

 何だよ、そのリアクションは。何で俺がこんな扱いを受けなきゃいけないんだよ!


「じゃあ教えてあげるけど、先生」

「はい」


「リリーチェちゃんみたいなちっちゃい子にローションプレイとか何考えてるの!」

「そこォ――――ッ!!?」


 まさかまさかの。


「それ以外に何があるっていうのさ、このバカ! 変態! どバカ!」

「いや、待って! その語彙力の薄い直球すぎる罵倒をやめろ! 地味に傷つく!」


「部屋に入ったらリリーチェちゃん全身ネチョっててビックリしたんだから!」

「た、確かにローションは使ったけど、それには深い事情があって……」


「そんなの使えるなら、どうして私のときに使ってくれないのよォ――――ッ!」

「君のお叱りをまともに受け止めようとした俺がバカだったわ」


 すんっ、て感じで自分の顔から表情が消え去るのを実感したぞ。


「いや、でも重要なことだよ、コージン君。だってローション、ローションだよ?」

「ルクリアさんも至極緊迫した顔で知能投げ捨てた言動をするのはやめろ」


 呆れ!

 今、俺の胸に去来するこの空寒い感情は間違いなく、呆れ!


「リリーチェちゃん!」


 いきなり、プロミナがリリーチェへと駆け寄って、その細い肩をガシッと掴む。

 その勢いに圧倒され、目をしばたたかせるリリーチェ。


「は、はい、何でしょうか。プロミナ様」

「どうだったの?」


「何が、でしょうか?」

「だから、コージン先生のローションプレイ、どうだったの!?」


 鬼気迫る表情でクソどうでもいいことを確かめようとしないでほしいな、俺。


「リリーチェ様、これは非常に重要なことです。是非、お答えいただければ、と」

「ルクリアさんも辣腕風な物言いで、内容に色欲しかないのどうなのさ?」


「だってしょうがないでしょ! 絶対気持ちイイってわかるんだもの!」

「そーだ、そーだ! リリーチェちゃんばっかりズルいよ! 私もしてほしい!」


 この色ボケ共がよぉ……!


「……あの、プロミナ様? ルクリア様?」


 ほら見ろよ。リリーチェだって困ってるじゃねぇか。全く……。


「コージン様のローションプレイ。……最高でしたわ」


 言うリリーチェは、うっとりと目を細め、頬を桜色に染めていた。

 何だその恍惚とした表情は、リリーチェェェェェェェェェェ――――!!?


「「あああああああああん、やっぱりィィィィィィィィィ――――!?」」

「ハンカチ噛むな! 地団駄を踏むな! プロミナは全身から血気を放出しない!」


 一分もたずに死ぬって前に言ったでしょうがよォ――――ッ!


「私なんか、先生のマッサージで三回も心臓止まったんだからァァァ――――ッ!」


 天をも衝かんばかりの、プロミナの絶叫。

 だがその自慢に一体何の意味があるってのさ!!?


 結局、カオスと化したこの場が落ち着くまで、五分以上かかった。

 いきなり疲れたんじゃ……。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 やっと訪れた、質疑応答タイム。

 リリーチェには、確認したいことが多い。


「とりあえずさ、何で若返ってんの?」

「あくまで推測ですが、おそらく『不老化』と呪いの相互作用によるものかと……」


「呪い、ね。おまえの魂にその呪いをかけたのは『第七天魔』だな?」

「その通りです」


 俺の問いを、彼女はあっさり肯定する。

 今さら、その事実に驚きはしない。元々、可能性は一つだけだったからだ。


 リリーチェの存在自体、知る者は限られている。

 しかも彼女は、かつて『十二天魔』を相手に戦った猛者の一人でもある。

 そんな相手に呪いを施せるヤツの心当たりなど、一つしかいない。


「『第七天魔』――、骸魔王ディスロス」


 十二人の魔王の中で最高の死霊使いにして『骸』の号を冠する、死者の王。

 その肉体は俺が徹底的に破壊し、魂は完全に封印されている。はずなんだが、


「あいつ、まだ封印されてるはずだよな?」


 魔王の魂の封印は、当時の魔法技術の結晶。

 絶対に破れず、千年維持することも可能だという、とんでもないシロモノだ。


「あの封印に綻びが? 一体、何があって……」

「経年劣化です」


 俺の疑問への返答は、実に簡潔だった。


「封印の成立から千年以上経ってますので、さすがに……」

「え、嘘」


 千年、経ってたの? 俺が山にこもってから?


「えー! じゃあ先生とリリーチェちゃんって千歳越えてるんだー!?」

「うっ」

「ぐっ」


 何気ないプロミナの一言が、リリーチェと俺にダメージを与えた。


「し、守護者は不老化によって、寿命を克服していますので……」

「俺も。俺も気功で不老長寿のすべを体得してるから、寿命はないも同然だぞ」


「でも千歳越えてるんでしょ?」

「ううっ」

「ぐぐっ」


 反論を試みるも、何も考えてないプロミナにぶった切られて返り討ち。

 い、痛い! 心が、無駄に痛い!


「はいはい、脱線しないの」


 ルクリアがパンパンと手を打って話の筋を戻す。


「リリーチェ様、つまり魔王は復活するかもしれないということですか?」

「いえ、劣化はしていても未だ封印は強固です。守護者として術式の一部を担っているわたくしを狙うことはできても、内側から封印を破ることはできないでしょう」


 内側から、ね。

 つまり逆からなら、破れないワケじゃない、ってことか。


「封印のある場所は守護者しか知らない。それを考えれば、外側から破られることも考えにくい、か。……大至急、封印を更新しなきゃいけないとだな、リリーチェ」

「そういうことです、コージン様。せめて『勇者』が見つかるまでは……」


 表情を引き締めるリリーチェ。

 それを見て、プロミナがコテンと首をかしげる。


「……ゆーしゃ?」

「魔王の魂を滅ぼせる人間のことだよ。理論上、存在する可能性はあるらしい」


 詳しいことは、俺も知らんのだけどね。

 前回の戦いでは『勇者』がいなかったため、魔王の魂を封印するしかなかった。

 もし『勇者』がいればリリーチェが守護者をすることもなかっただろう。


「元々『守護者の集い』は封印を維持することの他、『勇者』を見つけることも結成目的の一つだったのです。今となっては、それを知る者は極々限られていますが」

「そうだったんか……」

「はい、公的に『勇者』と認めるための条件や規約なども存在しておりました」


「その『勇者』って、どんな人がなれるの?」

「魔王の封印後の研究で『勇者』になりうる人間の条件は判明しています」


 疑問を重ねるプロミナに、リリーチェが説明を始める。

 その辺はしっかりと調べたんだな。興味深いので俺も拝聴しよう。


「まず前提として、魔族はこの世界の生物とは命の構造が異なります」

「ああ、魔族は精神に特化した種族で、肉体を失っても生きてられるんだったよな」


 肉体は器で、精神こそが本体。だからこそ物理的な手段では殺しにくい。

 魔王などその最たるもので、他の生物を支配して乗っ取れるためタチが悪い。


「そして魔族の魂は強靭な魔力の塊である、という点もまた前提に入ります」

「そうだったな。人と違って、魔族は魔力そのものが命の根源だった」


 生命力から魔力を生成する人間とは、全くの真逆なワケだ。


「魔王の魂が不滅である理由はこれです。人間程度の魔力では、魔王の魂を形成する広大無辺に等しい魔力を消し尽くせない。だから、魔王を滅ぼせなかったのです」

「じゃあ『勇者』はどうやって魔王の魂を倒すの?」


 プロミナの問いに返された答えは、俺達にとって馴染み深いものだった。


「血気です」


 なるほどな。

 リリーチェのいう『勇者』の条件が、何となく見えてきたぞ。


「肉体に縛られた人の身では、魔力の面で精神に特化した魔族を凌駕することはできません。しかし肉体が生み出す血気ならば、一握りながら可能性が生まれます」

「つまり『勇者』の条件ってのは……」

「『魔王の魂を超越しうる強さの血気を生み出せる人間』ということになります」


 リリーチェの説明を聞いて、俺とルクリアは揃ってプロミナを見た。


「え、先生、ギルド長、何?」

「プロミナさ」

「うん?」


「「『勇者』、やれるんじゃない?」」

「えええええええええ!!?」


 地下の森の中に、プロミナの驚きの声が響き渡った。

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