第20話 第七の守護者リリーチェとの再会

 大いびき。


「フガァ~~~~! ZZZZ~、ンガァ~~~~! ZZZZ~! フゴッ!」


 もう、驚くほどに大口空けての大いびきですよ。


「女子力がマイナスに振り切れてるヤツゥ……」


 と、その姿を目の当たりにしたルクリアも、肩を落としてそう評しておられる。


「ンゴ~~~~!」


 蒼い花の平原のど真ん中で、気持ちよさげに寝てるのは、もちろんプロミナだ。

 見るに、探し始めて一時間以内にはもうここで大の字だよ、この子。


「一時間以内? もしかして、探すの諦めたとか?」


 怪訝そうな顔でルクリアが尋ねてくる。

 まぁ、普通はそういう反応だよな。

 この花畑にあるかもわからない探し物を、一時間で見つけられるはずない。って。


「ルクリアさん、プロミナの右手、見てみ」

「『蒼月花』持ってるね。一輪だけ。根っこの部分をご丁寧に掘り返して」


「『翠月花』」

「え?」


「それ『翠月花』」

「ええええええええええええええええええええええええええ!!?」


 ルクリアが飛び上がらんばかりに驚くが、俺も同じくらいのテンションだよ。

 まさか、たった一時間で見つけてしまうとは。


 毎度、プロミナには驚かされてばっかりだ。

 彼女の血気に対するセンス。気功の使い手としての才は俺から見ても怪物だ。

 もはや天才などという言葉ですら言い表しきれない、あまりに突出した才能。


 今、こうして大いびきをかいている彼女の姿を見てるだけで、震えが走る。

 この子は、どこまでいく? どれほどの輝きを俺に見せてくれる?


 まだ本格的に磨き始めてもいない。

 基礎の基礎を教えている段階で、すでにこれだ。


 ……うはっ、こいつはたまんねぇな。


「あー、コージン君、すっごい楽しそうな顔してる」

「え、そすか? ああ、確かに今の俺、笑ってらぁ……、クヒヒ」

「む……」


 俺が押し殺しきれない笑いを漏らすと、ルクリアが突然空中に魔法陣を展開する。

 プロミナの顔の直上に現れたそれは、一握り程度の水を発生させた。


「ンガッ、……ゴヴォ!」


 ああ、ひでぇ!

 息を吸おうとしてたプロミナの大口に、ダイレクトに水が!


「ッッ! ェホッ! ゲッホゲホ! アバァ!?」


 プロミナが手足を激しくバタバタさせて、右手の『翠月花』が放り投げられる。

 それは俺がキャッチしたが、彼女はなお咳き込みつつ、跳ね起きた。


「な、なにゃあ!!?」

「よぉ。おはようさん、プロミナ。見事に『翠月花』を見つけたようで、何よりだ」

「あ、せ、先生、つな、津波! お、おぼ、私、溺れ……!」


 こっちを見ながらも、陸を泳ぐかのように腕をブン回すプロミナ。

 それを見て、ルクリアが「バカクソガキが溺れてら」と指をさして笑っている。


「一体何なの、あんたらは……」


 俺達の一連のやり取りを見ていた女盗賊ミーシャが、そんな呟きを漏らす。


「何だっていいでしょ。ミーシャちゃんは帰って証言してもらうまでの仲だし?」

「それであたしを守ってくれるなら、幾らでもしてやるよ」


 打って変わって、ルクリアとミーシャのギブ&テイクな会話。

 だがやっと落ち着いたっぽいプロミナが、ミーシャの姿を見るなり、一言。


「何、次はミーシャを揉むの、先生」

「はぁッ!? 何であたしが『草むしり』に! やだ、近づかないでよ、変態!」

「無意味に風評被害を拡大するのはやめろォ!?」


 蒼い花の平原に、俺の悲痛な訴えがこだました。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ロガートの街に帰ってから、色々とあった。

 まずは『湖岸の翠月花』は無事に錬金術師に届けられ、エリクサーが完成した。

 本当に『翠月花』だけが足りてなかった状態だったんだな。


 ただ、ルクリアにはまだリリーチェに使わないでほしいと俺から頼んである。

 俺には、ちょっとした懸念があった。

 それについては、俺が直にリリーチェに会って確認しなければならないだろう。


 次に、ロガート上層部に大きな地殻変動があった。

 商人ギルドのギルド長と副ギルド長が、揃って任期を待たずに更迭と相成った。


 それを主導したのはもちろんルクリア。

 ミーシャの証言をきっかけに、ロガートの街の浄化作戦を決行したのだ。


 これにより前副ギルド長と繋がっていた反社会勢力はほぼ一掃。

 その際に押収した山のような証拠から、前副ギルド長は逃げ切れず御用となった。

 どさくさにまぎれてギルド長まで捕まったが、そりゃただの自業自得だ。


 新たに商人ギルドの頭に据えられたのは、ルクリアの息がかかった商人達。

 かくして、ルクリアはこれで商人ギルドを完全に掌握した形になる。


 ロガートは、冒険者ギルド、職人ギルド、商人ギルドの三つに支えられている。

 ルクリアは、そのうちの二つを牛耳っている状態、ってことだ。

 うん、これは『影の領主』呼ばわりされても仕方がないな。マジで街の支配者だ。


「違うの。あたしは政治も暗躍もしたくないし財産もいらないの。冒険がしたいの」

「じゃあ政治なんてしなきゃいいのに……」


 リフィル湖から戻ってから二週間後、俺とプロミナはルクリアに呼ばれた。

 場所は、領主屋敷がある、ロガートの街でも特に地価が高い高級住宅街。


 そこに冒険者ギルドのギルド長が代々使ってきた屋敷がある。

 俺のかつての仲間である『第七の守護者』リリーチェは、そこにいるのだという。


「あのねプロミナちゃん。立場を持ったまま好きに生きるには権力が必要なの。そして権力を維持するには、どうしても政治とお金が必要になってくるのよ。わかる?」

「わかんない!」

「このクソバカガキがァ……!」


 そろそろ俺も慣れてきたな、この二人の会話。

 屋敷は、領主屋敷ほどじゃないが、それでもかなりの広さがあった。

 さすがに古めかしいが、造りは確かで、住む上で特に不便はなさそうだ。


 俺達が案内されたのは屋敷の中庭。

 その傍らに、そこそこの大きさを持った石碑があるのが見えた。


「石碑の前に立って、二人とも」

「こうか?」


 ルクリアに促され、俺とプロミナは石碑の前へと歩く。

 そこにルクリアもやってきて、何事かを呟いた。

 直後、体が一瞬だけ浮遊感に晒され、次の瞬間には俺達は闇の中にいた。


「な、何? 何、今の!?」

「転移魔法か。あの石碑が、そういう効果を持った魔法装置ってことか」

「コージン君、御明察。冒険者ギルドのギルド長しか使えない秘密の転移装置よ」


 魔力の明かりを灯す燭台を手にして、ルクリアがその場に光をもたらす。

 闇が押しのけられ、浮かび上がったのは石造りの狭い部屋。

 俺達が立っている足元には、転移用と思しき魔法陣が描かれている。


「あそこの扉を通ったら、すぐよ」


 ルクリアが燭台で前の方を示す。

 そこには、閉ざされたままの両開きの扉。彼女が近づくと、それは勝手に開いた。

 声や音があまり響かないことから、ここは地下なのだろうと推測した。


「ギルド長の屋敷の地下だな?」

「コージン君に隠し立てはできないね。正解。転移以外で来れる方法はないけどね」


 短い通路を過ぎて、かつての仲間がいる部屋へ。

 そこは、地下とは思えないほど明るく、そして広々とした空間だった。


「何、ここ。地下なのに、木が生えてる。草が伸びてる。明るくて、あったかい」


 プロミナが言う通り、そこはまるで森の中だった。

 天井全体が光を放っていて、空間内が昼間の外のように明るい。


 のみならず、そこには木々が茂り、草が敷き詰められて緑の絨毯を作っていた。

 そこに漂う空気には、植物の青臭さと清涼感が濃い。

 石造りの壁さえなければ、まるっきり真昼の森のような雰囲気だ。


「ここが初代ギルド長リリーチェ様の御部屋よ。……そして、あれが」


 ルクリアが目を向けた先、地下の森の真ん中に天涯付きのベッドがある。

 そこに、銀色の髪をした彼女が、白い寝間着を来て眠っていた。


「……この子が、リリーチェ」


 プロミナがベッドを覗き込み、寝ているリリーチェを観察する。

 リリーチェは、プロミナよりもさらに幼い外見をしていた。


 見た目だけならば年齢は十代前半。

 背も低く、顔立ちも子供そのもので、体も全然未成熟で子供っぽさが強い。

 エルフであるため耳は長く、先端は尖っている。


 ふんわりとウェーブを描く銀髪は背丈よりも長く、ベッド全体に広がっていた。

 リリーチェ本人は目を閉じたまま、俺達の声にも一切反応を返さない。


「ねぇ、もしかして死んでるの?」

「失礼なことを言わないように。生きてるわよ。……一応、ね」


 二人がそんな風に話すのも無理はない。

 俺達の前に横たわっているリリーチェは、見れば見るほどただの死体だ。


 顔色が悪いとか、呼吸が薄いとか、そういう次元の話じゃない。

 生物であれば普通に感じられる生の息遣いが、ほんの微塵も感じとれないのだ。


 俺がリリーチェの気配を感じとれないのも無理はない。

 これならば、ゴ車に使われていた馬のゴーレムの方がまだ生物めいていた。


「これは……」


 俺は自分の指先で彼女の肌に直接触れてみた。

 潤いを欠いた、カサついた質感。撫でれば、岩に触れているような冷たさで。


「ルクリアさん、エリクサーだけど」

「うん。ここに持ってきてるけど」


 ルクリアが、懐からポーションに使われる小瓶を取り出す。

 中には、かすかな光を放つ黄緑色の液体が詰め込まれている。エリクサーだ。


「リリーチェ様に使うの? じゃあ、すぐに」

「逆だ。絶対に使わないでくれ」


「え……」

「今のリリーチェにそれを使ったら、トドメになる」


 小瓶の札を開けようとするルクリアを止めて、俺は息をつく。

 ここに来る前から抱いていた懸念。それが、ものの見事に的中してしまった。


「そんな、エリクサーを使わなかったら、リリーチェ様が……」

「あくまで今は、だ。施術のあとで飲ませてくれ」


 困惑するルクリアに言って、俺は右手の指をコキリと鳴らした。


「これから俺が、リリーチェを――、揉む」

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