第19話 コージン・キサラギは戦わないが心はへし折る

 俺はラズロの方を一瞥する。

 剣士、なし。拳士、なし。壁役、十。盗賊兼射手、十五。魔術師、二十。


 実に今の環境に沿ったわかりやすい編成だ。

 陣形も、前から奥へ壁役、射手、魔術師と、代わり映えこそしないが王道の形。


 どいつもチンピラ臭いクセに腕に覚えがありそうな雰囲気を漂わせてる。

 俺は、念のための確認としてルクリアに訊いてみた。


「ルクリアさん、ラズロの親父って?」

「商人ギルドの副ギルド長で、裏社会にも顔が利くフィクサー気取りだよ」


「つまり?」

「敵」


 OK、存分にやってよし、と。

 万が一にもルクリアの味方側だったらどうしようかと思ったわ。


 要するにあのゴロツキ連中は裏社会の住人なワケね。

 うんうん、大体わかったわ。

 大体わかったので、俺はまず手始めに、ルクリアの頭を撫でることにした。


「え、何、コージン君!?」

「いい子いい子」


 こう、丹念に、丁寧に、グリグリと。


「あ、お、ぇ、うにゃあ……ッ!」


 頬を朱に染め、二十代半ばとは思えない可愛らしい声を出すルクリア。

 そんなものを見せつけられて、当然の帰結としてラズロが顔を憤怒に歪ませる。


「こんな状況でイチャついてんじゃねぇ! やれ、おまえらァ!」


 ラズロの号令で、弓を構えていた盗賊連中が一斉に矢を放った。

 先端に使われている矢じりには赤い光が瞬いている。火属性の魔導炸裂矢だろう。


「コージン君!」


 ルクリアが空中に迎撃用の魔法陣を展開しようとするが、肩を掴んで止める。


「大丈夫だよ、ルクリアさん」


 空高く打ち上げられた矢が、次々に頭上から飛来してくる。

 まるで赤光の雨。一滴でも打たれれば、そこは吹き飛び、大きく抉られる。


 ま、何も心配しちゃいないが。

 だって当たらない。どうせ、俺達には何も当たらない


 これは油断ではない。

 相手を侮っているワケでもない。自信過剰でもない。高は括っていない。


 ただ、世界はそうできている。というだけの話。

 鳥が空を飛ぶように、吹く風に花が揺れるように、『厄』は俺達に届かない。

 今だって――、


「死ねェェェェェ――――ッ!」


 俺が吹き飛ぶ様を想像し、喜悦にまみれた声をあげるラズロ。

 だが、俺を撃ち抜くはずだった一矢は、頭上を越えて湖に落ちた。そして起爆。


 水柱が上がるが、その水滴も俺達には届かない。

 さらにそこから二本目、三本目と次々に矢が降ってくるが、結果は全て同じ。


 当たらない。

 当たらない。

 たかが人間二人、容易くミンチに変えうる暴力は、役割を全うできず過ぎ去った。


 俺も、ルクリアも、その場から一歩も動いちゃいない。

 防御のためのアクションも起こしてないし、何ならそれを考えてすらいない。


 俺はね。俺は。

 ルクリアは知らない。彼女はそこに突っ立ったまま、目をパチクリさせてる。


「コージン君、あたし少し気持ち悪いんだけど」

「え、何で?」

「ちょっとこの前のトラウマが鮮明に蘇ってきて……」


 ああ、闘技場のときの。状況としては似てたかもね。


「概ねあのときと一緒だよ。あと、一時的にルクリアさんにも加護分けたから」

「加護って、それ、神様が人に与えるものじゃ……?」

「実はちょっとした事情から、昔ほんの少しだけ神様かじってたことがありまして」


 などとやり取りをしている間にも、矢の雨の第二波が上から降ってくる。

 だが、結果は語るまでもない。


 ちょっと俺達の周りの地面が凸凹になった程度だ。

 そんな少しばっか派手に爆ぜるだけの矢じゃ、世界は壊せやしないんだぜ。


「何でだよ……」


 目の前の結果に、ラズロはその身を激しくわななかせていた。


「何で当たらないんだよ、おかしいだろ!」

「イテッ!」


 顔を怒りに染めながら、ついにはキレて近くの手下のケツを蹴り飛ばす。


「案ずることはありませんわ、ラズロ。これは大したことのないトリックですわ」


 おおっと、ここで女魔術師リシルが地震に満ちた笑みと共に登場だ。


「あァ? 何だよシリル、どういうことだ?」

「考えてみてください。あちらには魔法の名手であるギルド長がいるのですよ」


「……そうかっ、矢を弾く魔法を使ってやがったのか、あいつら!」

「きっと、空間を歪曲させるなどの防御魔法を使ったのでしょう。さすがですね」


 二人はそんな話をするが――、


「ルクリアさん、何か魔法使った?」

「使おうとしたら止めたの、コージン君でしょ」


 そういえばそうでしたねぇ。


「タネさえ割れれば、あとは簡単ですわ。集中砲火で終わらせましょう、ラズロ」

「そうだな。例えギルド長でも、この人数なら間違いなく圧し潰せる!」


 さらに二人はそんな風に続けるが――、


「ルクリアさん、ああ言ってるけど?」

「う~ん? 百人くらいまでなら多分対処できるかな~、多分だけど」


 この人もこの人で、普通の基準に照らし合わせれば十分バケモノよね。


「コージン君、何ならあたしがやる?」

「いや、いいよ。それより、ちょっと面白いもの見せてやる」

「面白いもの?」


 ちょっとしたイタズラを思いついたので、それを実行することにする。

 俺は、ラズロに向かって大きく声を張り上げた。


「おい、ラズロ! 俺達は、これから昼寝をする!」

「はぁ~ッ!?」


 目ん玉ひん剥き、大口を空けてこっちを見るラズロ。

 隣ではルクリアが「本気?」と尋ねてきているが、俺はいたって本気です。


「邪魔はしていいぞ。幾らでもな。じゃ、おやすみ」


 俺は右足の爪先でトンと軽く地面を踏み鳴らしたあと、本当にその場に寝転んだ。


「ルクリアさんも、寝転がりなよ。ポカポカしてて気持ちいいぜ」

「え~い、もうどうにでもな~れ!」


 ルクリアもそう言って、俺の腹を枕代わりにして地面に四肢を投げ出した。


「ふ、ふ、ふざけんな! 何をしてるんだ、お、おまえらは! 昼寝、ひ、昼寝だとッ!? これから俺達に魔法で焼き尽くされるんだぞ、おまえらはッ!」


 ラズロが俺を指さしてがなり立てるが、昼寝の邪魔だなー。としか思わない。

 周りの手下共も、さすがに全員が舌を打ったり、歯を剥き出しにしたり。


「ナメやがって……!」

「野郎ォ、ブチ殺してやろうか!」


 と、口々に凄んでくる。


「ふわぁ……、ぁ」


 それに対して、俺はあくびで返事をした。あ~、陽射しが心地いいわぁ。


「殺せッ、あの『草むしり』を、ブッ殺せェェェェェェェェ――――ッ!」

「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」


 ラズロがまたキレて、怖いにーちゃん方もブチギレる。

 そしてこちらに魔法を撃ち放つべく、次々に短縮詠唱を重ねていく。が――、


 ポン。ポンッ。

 ポポポンッ。バフッ。


 聞こえたのは、そんな絶妙に気の抜けた音。


「……あ、あれ?」


 想定外の事態に、ラズロが漏らした声も、また抜けたものだった。

 連中は何度も魔法を使おうとするが、結果は同じ。ほんの小さく音がするだけ。


「今度は何したの、コージン君」


 俺の腹を枕にしたまま、ルクリアが短く尋ねてくる。


「ルクリアさん、魔法の発動原理って知ってる?」

「『天地人の法』のこと?」

「そうそう。人の魔力は大したことないから、魔法を使っても効果は微細で、だからそれを増幅させるために、天を走る霊脈と地を巡る龍脈の力を借りるってやつね」


 霊脈と龍脈は、共に強大な星の生命力を循環させている経路のことだ。


「うんうん、それはあたしも知ってる。で、何やったの?」

「ちょっとこの辺りの龍脈の流れをね、軽く乱してね、魔力の増幅をできなくした」


 今から大体三十分くらい、付近一帯で魔法を使っても本来の効力は発揮されない。

 どんな魔法でも、今のようにカスみたいな感じでしか発動しないぞ。


「そんな軽々しく魔術師の存在意義を破壊しないでよ……」

「いや、ほら、今は緊急事態ってことで」

「昼寝しながら凌げる緊急事態に直面したのは、さすがに生れてはじめてだわ」


 はい、俺もです。


「で、おい、ラズロ」

「ひっ、ひ、ぁ、ぁひ……ッ」


 仰向けに寝ていた俺は目線をあげて天地逆になってる状態でラズロを見る。

 ラズロの顔色は蒼白で、漏らした声も明らかに引きつっていた。

 リシルやゴロツキ達も言葉を発さないのは、俺がしたことに気づいているからか。


「こっから、どうする?」


 その上で、俺は簡潔に問いを投げた。

 連中は剣やナイフなどで武装しているが、一人も襲いかかってこようとはしない。


 魔法重視の風潮に染まり切った結果、白兵戦の経験が皆無なのだろう。

 連中にとって、手にした武器はあくまでも脅しの道具でしかないってことだ。


「どうするんだよ、なぁ?」

「わ、私は反対したんだよ! こんなのやめようって! 本当だよ!?」


 俺が二度目の問いを発すると、女盗賊のミーシャが上ずった声で叫び出した。


「ミーシャ、おまえ、いきなり何だ!」

「うるさいよ、ラズロ! あんなバケモノの相手、もうやってられないよ!」


「お、おまえ、俺を裏切るのか……? リーダーは俺なんだぞ!」

「ハッ、何がリーダーだい! 依頼は手下にやらせて、手柄だけ奪ってくクズが!」


 あ~、なるほど。そうやってラズロはAランクになったのね。ふ~ん。


「ミーシャちゃん、そのお話、お姉さん興味あるわ~。もっと聞かせてくれない?」

「いいよ、幾らでも証言してやるさ! こいつのことも、こいつの親父のことだって!」


 立ち上がったルクリアに、ミーシャが駆け寄ろうとする。


「ミーシャァァァァッ、おまえェェェェェェェ!」


 だがラズロが怒りを爆発させながら、その背中に自分の剣を投げつけようとする。

 そんなあいつに、俺は身を起こして告げる。


「殺すぞ、ラズロ」

「ひぁっ!」


 ビクリを激しく身を竦ませ、ラズロはその手から剣を取り落とした。

 俺が立ち上がると、リシル達も同様の反応を見せ、溜め込んだ恐怖を爆ぜさせた。


「ぃ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「やってられるか、こんなの、やってられるかよぉ――――ッ!」

「死にたくねえ、死にたくねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 全員が一斉に逃げ出し、場にはへたり込んだラズロだけが残った。


「ぁ、ぁ、あ……、ぁ、こ、殺さないで……」


 震えているラズロの股間は、ビショビショに濡れていた。


「行こうぜ、ルクリアさん」

「は~い。ミーシャちゃんもお姉さんについてらっしゃ~い」

「は、はぁ……」


 そして、俺達は来た道をまた戻っていった。


「殺さないで、こ、殺さないでください、お願いします、殺さないで……」


 と、涙と鼻水を垂れ流し、そう呟き続けるラズロだけをその場に残して。

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