第16話 ラズロ君への一言は『今そういうのいいから』です

 翌日、冒険者ギルドの二階にて。


「はぁ~い、それじゃ『あたし達』のパーティー結成初依頼の打ち合わせ、しよ!」


 さほど広くない個室にて、やたら声を弾ませるのは、ルクリアだ。

 この部屋は、表に出せない情報を抱えた依頼に関する話をするためのものだ。


 あるのはテーブルと椅子だけで、機密を守るため防音の魔法が壁に施されている。

 ただ、どこぞの竜人のせいで四つある部屋のうち三つが現在使用不可だとか。


「え~、ルクリアさん? ……パーティーって?」


 俺は単刀直入に聞いた。


「組んで?」


 そしたら、あっちも単刀直入に来た。


「……何でそうなるんすか?」


 え、聞いてないんですけど。俺もプロミナも、そんな話聞いてないんですけど。


「もうソロはイヤ。結局、引退に追い込まれた理由がそれだしさ」

「むぅ、それはまぁ……」


 冒険者に復帰しても、ソロでやり続ければ必ずどこかで無理をする羽目になる。

 それを思えば、パーティーを組むというのもわかる話ではあるんだが――、


「何で俺ら?」

「酷いよコージン君! あたしを組み敷いてあんなに激しく鳴かしておいて!」


 おい、人聞きの悪いことを言うんじゃないよ!?

 外に音漏れしてたら、また変な噂立つやつでしょうが、その言い方は!


「う~ん、プロミナはどう思う?」

「へ? 何で私?」


 何か、我関せずって感じでお茶啜ってるけど、君も当事者の一人だろ。


「う~ん、ギルド長がいるとできることの幅は思いっきり広がるよね~」

「のん気に言ってるけどな、プロミナ。パーティーを組むならリーダーは君だぞ」


 ぶぴっ。

 プロミナがお茶を噴いた。


「わ、私が!?」

「当たり前だろ。俺は君のトレーナー。裏方、後方支援、がんばれって言う側」


 俺からすれば、何を今さらって話ではあるんですけど?

 ルクリアの方はというと、眉間いっぱいにしわを作り表情にもしょっぱみが増す。


「は? このクソバカガキがリーダー? 何それ、あり得ないんだけど」


 ルクリア、思いっきり地が出てるよ、地が!


「あり得ないぃ~? ……へぇ、そんなこと言っちゃうんだ、ギルド長ったら」


 あれ、何でプロミナも反応してんの? 何でそんな目くじら立ててんの?


「…………」

「…………」


 そして、何で互いに無言で身を乗り出して、殺気を撒き散らして睨み合ってんの?

 無意味に部屋の気温を下げるのやめなさいよ、君達……。


「……って、そういえばギルドの職務はどうすんのさ、ルクリアさん」

「それは下に任せるわ~。お姉さん、副ギルド長のウォールトさんを信じてるから」


 途端に普段のお姉さんモードに入るルクリア。

 ウォールト・レンギットは頭髪がかわいそうな事態になってる四十路のおっさん。

 このギルドの副ギルド長で、実質的に業務全般を取り仕切っている。


「お姉さんはお飾りに徹してればいいから、楽よねぇ~」

「自分がいなくても回る組織作りをしたといえば聞こえはいいが、あんた最低だな」


 俺は率直な意見を述べた。


「いいのいいの、それよりもほら、依頼の打ち合わせ! やろうよ、ね!」

「うわぁ、このギルド長、ウッキウキだよ、先生」

「よっぽど冒険が楽しみなんだろうねぇ……。ま、じゃあ打ち合わせしますかね」


 言って、俺がギルドから借りた地図をテーブルに広げる。

 この辺一帯を大雑把に記したもので、真ん中辺りにロガートの街を示す印がある。


「で、今回は薬草採取。ただし、難しめのやつね」

「『湖岸の翠月花』、だっけ? それってどんな薬草なの、コージン先生」


「エリクサーの原材料。っつったらわかる?」

「死んでさえいなければ体を完全に治すっていう、あれ!?」


 小さく驚くプロミナ。うん、そう、そのあれ。


「そうそう、原材料が貴重すぎてそもそも市場に出回らないから値段もつかないあれ。出てきさえすればお金で解決できるんだけどねー、全然出てこなくてさ……」


 依頼人でもあるルクリアも、腕を組んで顔に渋面を浮かべる。


「だから、エリクサーを作るために必要ってこと?」

「そうよ~ん、プロミナちゃん。錬金術師の手配は終わってるし、原材料もあとはこの『湖岸の翠月花』だけなんだけど、これの採取難易度がバカ高くてね~」


 プロミナが『そうなの?』という感じで俺を見てくる。


「そうだねぇ、名前の通りこいつは湖の岸辺に咲く花なんだが、実はこれ自体はありふれた薬草なんだ。ただし、ありふれてる方は『湖岸の蒼月花』というんだが」

「あれ、ちょっとだけ名前が違う」


「よく見るのは『蒼月花』の方。『翠月花』はこれの突然変異種なんだよ。だから、滅多に見つからない。それと色合いもほとんど変わらないから、見分けるのも大変」

「うわぁ、めんどくさ……!」


 ま、だからこそルクリアは俺にこの依頼を持ってきたのだろう。

 俺なら、数ある『蒼月花』の中から『翠月花』を見分けることもできなくはない。

 ただ、他に気になることが一つある。


「ルクリアさんさ、これ、一応の確認なんだけど」

「何かな? あたしの今夜の予定? 夜は空いてるよ! 家の住所も教えるね!」


 いらんわ、別に!


「そうじゃなくて、エリクサーが必要な人間が身近にいるのか?」

「それは……」


 俺が尋ねると、ルクリアは答えを言いかけようとして口ごもった。


「いや、言いたくないならいいよ。人の事情はそれぞれだし」

「ううん、これはコージン君には言っておくべき。無関係じゃないし」


 俺が、無関係じゃない……?


「ルクリアさん、そりゃ一体――」

「ここか! お邪魔させてもらうよ、ギルド長!」


 突然、ドアが開かれて三人の人物が部屋に入ってきた。

 現れたのは鎧を着た金髪の男に、女魔術師と女盗賊。俺達は揃ってそっちを見て、


「「「何だ、ラズロか」」」


 見事にハモってしまった。


「はぁ!? 何だとは何だ! 『草むしり』に雑魚剣士が! 俺はAランクだぞ!」

「そうですわ、ラズロに対して無礼です。謝ってくださいませ!」

「そうだよ、そうだよ! 『草むしり』と剣士のクセに生意気だぞー!」


 ラズロが気色ばみ、女魔術師リシルが謝罪を要求し、女盗賊ミーシャも騒ぐ。

 うるせぇなぁ、いきなり部屋に入ってきて何だこいつ。


「ラズロ君、自分のランクを自慢する前に言うこと何かないかしら?」


 ものすごく億劫そうにしながらも、ルクリアが一応言葉を返す。


「ああ、ギルド長、ご機嫌麗しゅう。実はギルド長が冒険者に復帰するとの話を聞きまして、ギルド長を我がパーティーにお迎えすべく、参上した次第です!」


 やけに芝居がかった身振り手振りで、ラズロが露骨な自己アピールをする。

 だが、ルクリアは露骨に顔をしかめてただ一言。


「くねくねしないで、キモい」


 玉砕ッ! ラズロ、ルクリアに一言で切り捨てられる! これは無残!

 この結果にラズロは目をひん剥き、リシルは「なんて無礼な……!」と憤慨する。


「ギルド長、そのお言葉は撤回してください。ラズロ様はAランク冒険者で、商人ギルド大幹部のご子息なのですよ!」

「うんうん、そっか。なるほどなるほど。じゃあ――」


 ルクリアの顔に、にこやかな笑みが浮かぶ。が、それは一瞬のこと。


「先にそっちに前言撤回してもらおっかな。『草むしり』に、雑魚剣士、だっけ?」

「なっ、それとこれとは話が……」


 言い返そうとするリシルだが、先に表情を消したルクリアが言葉をかぶせる。


「一緒だよ。あたしの仲間をナメたんだ。――覚悟、できてるよね?」


 いつの間にか、空中に二十を越える魔法陣が展開していた。

 その全てが、ラズロ達三人へと向けられていて、完全に包囲網を形成している。


「な、あ、あんた……、ここはギルドだぞ、わかってるのか!?」

「黙りなよ、ボンボンが。どうせ三つ壊れてるんだ、残り一つが壊れたって同じさ」


 とんでもないことを平然と言うルクリアに、ラズロ達は一様に顔を青くする。

 そんな中、唯一、プロミナだけは――、


「ねぇねぇ先生、聞いた? ギルド長、私達のこと仲間だって。ねぇ」

「案外嬉しそうね、君……」

「え? あ……。べ、別にぃ~、そんなの全然、嬉しくないし」


 せめて赤くなってる頬を誤魔化してから言うといいよ、プロミナ。

 一方、ルクリア、


「で、『冒険者ギルド破り』に情けなくもブッ飛ばされたAランクさんが、『冒険者ギルド破り』をブッ飛ばした雑魚剣士とその先生の『草むしり』を、何だって?」

「う、ぐ、あ、あんただってその雑魚剣士に負けただろうが! も、もうみんな知ってんだぞ! 元SSランクの『美拳』が雑魚以下のクソ雑魚になったって!」


 ここで言い返せるラズロも、見込みがないでもないが、相手が悪すぎる。


「――それで?」

「そ、それで、だと……?」


 テーブルの上に肘をつき、ルクリアは軽く鼻で笑う。


「知ってる、ボンボン? 看板についた泥は、実績っていう布で拭き取れるんだよ」

「あ、あんたの評判は地の底だぞ! これからどうにかなると思ってるのか!?」

「上等。そういうのを覆すのも、冒険の醍醐味でしょ」


 ほら、もう全然格が違う。勝負として成り立たないレベルだよ。


「さっさと出ていきな、坊や。他人の依頼に首を突っ込んでくるような道理もわきまえないガキが、一人前の顔をするものじゃないよ?」


 そしてルクリアはクスッと小さく嘲り笑い、ラズロが顔を怒りに紅潮させた。


「お、覚えてろ! この屈辱は絶対に返してやる、俺を敵に回したらどうなるかすぐに思い知らせてやるからな! 行くぞ、二人とも!」


 お手本のような捨て台詞をその場に残し、ラズロ達は部屋を去っていった。

 そして――、


「で、先生。その薬草はどこで採れるの?」

「あのね、お姉さんは当日はお弁当を作っていこうと思いまーす!」


 二人とも、即座にラズロのことは記憶から消去したようだった。俺も忘れよう。


「ああ、『蒼月花』は湖に咲く。だから、向かうのはここだ」


 俺は地図上の一点を指で示す。

 それはロガートの街のずっと西方にある大きな湖。名前はリフィル湖。


 ――出発は、三日後と決まった。

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