第12話 コージン・キサラギは戦わないが勝利は手にする

 ルクリアのそれは、まさに狂態だった。


「ああああああああああああああああ! 冒険者なんかが、日銭を稼ぐしか能のない冒険者なんかが、この私をバカにするなァァァァァァ!」

「だから言ってるだろ、そっちが先にやったからやり返されただけだ、ってさ」


「黙りなさいよ、私を誰だと思ってるの! 私は、この街の『影の領主』なのよ!」

「そうかい。俺はコージン・キサラギ、趣味で冒険者のトレーナーをしてる者だ」


 唾を飛ばし、わめき散らすルクリアに、俺は軽く自己紹介をする。

 すると、空中に幾つもの魔法陣が展開する。


「またそれかい、芸がないねぇ」

「焼いてやる。凍らせて、痺れさせて、斬り裂いて、後悔させてやるわ!」


 対峙する俺とルクリア、激しさを増す魔法陣の光。

 観客達は何が起きているのかとどよめき、魔力の余波によって砂塵が舞う。


「一つ言っておくよ、ルクリアさん。俺は、戦わない」

「そう。コージン君もプロミナちゃんみたいにナメた真似してくれるってワケ」


「そうじゃないって。プロミナは攻めなかった。俺は戦わない。大きな違いだろ?」

「どっちにしろ、私をナメてることに変わりはないわッ!」

「バカを言うなって。俺はそもそもあんたを眼中に入れちゃいない。そんな相手をどうやってナメるんだ? 砂の一粒にも満たないクセにうぬぼれも大概にしとけよ」


 とりあえず、本音を述べてみた。

 すると、ルクリアは血走った目をひん剥いて、多数の魔法を一気に発動させる。


「どっちが砂粒か、思い知れェェェェェェェ――――ッ!」


 それは、プロミナに対して放った魔法の数倍にも及ぶ規模。

 多数の火球、多数の氷柱、多数の雷撃、多数の斬風。素直にくらえば、即死かな。


「ハハ、ハハハハハッ! 逃げ場はないわ、避ける隙間なんてどこもない。謝ってももう遅いわよ、私を、この私を虚仮にしたヤツはこうなるっていう見せしめに――」


 一発も、俺に当たらなかった。


「…………え?」


 勝ち誇った笑いを浮かべたまま、固まるルクリア。

 俺を過ぎた魔法の弾幕は試合場の壁に当たって、そこで盛大に爆ぜ散らかした。


「お~、すげぇ~。くらったらマジで逝けますねぇ、こりゃ」


 ちょっと振り返ってそう言って、ルクリアの方に顔を戻す。

 すると、すでに放たれた魔法の弾幕第二波が、俺の眼前まで迫っていた。


「おお」


 ちょっとびっくりしたものの、だがやはりどれも俺には当たりはしない。


「…………何でよ」


 愕然となりながらも、さらに魔法陣の数を増やして第三波を発射するルクリア。

 だが、当たらない。当たらない。当たらない。何も、当たらない。


 火球は俺の右へ逸れた。

 氷柱は俺の頭上を越えた。


 雷撃は俺の左側の地面を走った。

 竜巻は俺に届く前に消えた。


 当たらない。

 当たらない。

 第四波も第五波も、第六波、第七波、第八波、第九波――、何一つ当たらない。


「どうしたよ、ルクリアさん。俺はこの通り、一歩も動いちゃいないが?」

「何でよ、何で、何で、何で何で何で、何で当たらないのよォ!?」


 魔法の余波による強風が吹き荒れる中、ルクリアが自分の髪を両手で掻きむしる。

 まばたきもしないまま剥かれたままの目には、いよいよ淀みが濃くなっていた。


「もう魔法はいいだろ。自分の拳で来いって。『美拳』さんよ」

「――――ッ! やってやろうじゃないの!」


 俺の二度目の手招きに、ルクリアは噛み合わせた歯を剥き出しにする。

 そして感じられる、魔力の流動。

 それは彼女の肉体を一気に活性化させ強化する。


「やっぱ強化魔法は効率が悪いな。強化の度合いが低すぎるわ」


 全身から力を発散するルクリアを観察し、俺は言った。

 強化倍率的には、身体能力五割り増しってところか。わー、低いなー。弱いなー。


 元来、肉体の外に働く魔力を無理やり内側に作用させたところでこんなモンだ。

 これが血気による強化なら、五割じゃなくて五倍はいくぞ、強化倍率。


「ふぅ、ふぅ~っ!」


 興奮した獣みたいな荒い吐息を繰り返し、ルクリアが構えを取る。

 左足を前に踏み出して体を左斜めに傾けて腰を落とす、左半身という構え方。


 それを見た瞬間に、俺の中にあった確信がますます深まった。

 ルクリアがこれまでずっと魔法での攻撃しかしてこなかった理由は、やはり――、


「どうしたのよ、あんたも構えなさいよ!」

「うぬぼれんなって言ったろ。せめて一発でも当ててから言えよ、そういう大言は」

「うああああああああああああああああああ――――ッ!」


 腕を組んで返すと、ルクリアがキレた。

 そのとき三つ編みがほどけて、長い金髪がパァっと広がる。

 そして強化魔法全開でこっちに突っ込んでくるが、あーあー、ひでぇ有様だ。


「殺す、殺す、殺す殺す! 殺してやるゥゥゥゥ――――ッ!」


 そして繰り出される、ルクリアの拳、蹴り、連続攻撃。

 だがそこに『美拳』と称される程の流麗さを見ることは叶わなかった。


 拳打は腕を振っているだけの大振りで、蹴りには腰が全然入っていない。

 まるで癇癪を起こした子供が乱暴に手足を振り回しているかの如き、無様な攻撃。


 もちろんそんなもの、一発とて俺には当たらない。

 俺は避けてない。動いてもいない。だが当たることもない。これまで通りに。

 いや、俺でなくとも避けるのは難しくないぞ、こんな動き。


「ル、ルクリアさん……?」

「嘘だろ、あ、あれば今の『美拳』、なのか……」


 これまでとは違う意味で観客達がまた騒ぎ始める。

 彼らも気づいたのだろう。

 かつて『美拳』とまで呼ばれた凛々しきSSランク冒険者はもう過去なのだと。


「左利きなのに右構え。庇ってるのは肘か? 左肘から左肩、首へと歪みが連鎖して、骨格全体と筋肉の大部分に悪影響が出てる。……古傷かい、ルクリアさん」

「うるさい、黙れ! 黙りなさいよ、黙れ、黙って! 黙って殴られて死になさいよ、蹴られて倒れなさいよ! 私の、私のこの拳と蹴りでッ!」


「そりゃ無理な相談だよ。今のあんたじゃ、ゴブリンだって倒せるか怪しい」

「うぅ……、る、さい! おまえも私をバカにするんだ、私にはもう冒険者はできないって、そう言ってヘラヘラ笑うんだ! 私を、終わった人間扱いするんだ!」


 体幹などあったものじゃない、ムチャクチャな動きでルクリアは空振りを続ける。

 そして次の瞬間、その口から迸った絶叫は、まさに彼女の核心だった。



「私は――、あたしは、まだやれるんだァ!」



 そう、それこそがロガートの街の『影の領主』ルクリア・ヴェスティの真実。

 冒険者ギルドの長でありながら、冒険者を軽視する数々の行動、言動。


 その根幹にあるのは、プロミナが見抜いた通りに、嫉妬。

 俺達を冒険者風情と蔑んだ彼女こそが、最も冒険者でありたい人間だった。


 ただ、それだけの話。

 そして、だからこそ――、俺は笑う。


「悪かったよ、ルクリアさん。あんたの根っこが、やっと見えた」


 俺は、この人は現状に満足しているのだと思った。

 だがそれは満足ではなく、諦めだった。


 未来に対する希望を持てず、その胸の内に分厚く積もらせた無念。絶望の残滓。

 だが、そのさらに奥底に、この人はこんなにも強い情念を燻らせていた。


 それを見抜けずにいた俺の、何と未熟なことか。本当に笑えてくる。

 そう思いながら伸ばした指先が、右拳を振り上げたルクリアののど元に触れた。


「これは準備と、ちょっとしたお仕置きだ。少しの間、地獄を味わってろ」


 告げると、ルクリアは脱力その場にくにゃりと崩れ落ちた。

 その口から、吐瀉物が力なくこぼれ出る。


「う、ぇ、あ……、き、気持ち悪い。な、何を、し……?」

「準備だよ、準備。大丈夫だ、死にやしねぇよ」


 俺がしたのは、プロミナにしたのと同じ、老廃物排出のための肉体の活性化だ。

 ま、プロミナほどはかからんだろ。


 ぐったりしているルクリアを右肩に担ぎ上げ、俺は東の入場口から出ていった。

 観客については知らん。俺達が関わる話じゃないので放置だ。


「先生!」


 通路を歩くと、プロミナが駆け寄ってくる。


「おう、プロミナ。お疲れさん。『破魔備衣』、見事だったぜ」

「ありがとう、嬉しい! それと……」


 俺に笑って答えつつも、彼女の視線は俺が担いでいる荷物の方へと注がれる。


「あ、ぁ、ぁぁ、ぅ、あ……」

「先生、ギルド長の顔色が真っ白だよ。これ、死なない? 大丈夫?」


「君のときより格段にマシだから死なないぞ」

「えぇ……、私のとき、そんなに酷かったんだ……?」


 ああ、それはもう酷かったぞ。老廃物の量が量だったからなぁ。


「これからどうするの?」

「街外れの無人の小屋でも行って揉もうかなー、と。……揉んでいいんだよね?」


 俺は一応、念のため、プロミナにお伺いを立てた。

 宿でプロミナを最優先にすると言った手前、確認はしておくべきかと思った。


「もちろんだよ。お願いしていいかなって、言ったでしょ」

「うん、うん。そうね。じゃあ、揉むか―」


「ギルド長本人の了解は取らないの?」

「本当は冒険者続けたいのに続けられないから、他の冒険者が羨ま妬ましくて意地悪するような拗らせ子ちゃんが『直り』たくないワケないと思うんですよ、俺」

「……そーね」


 プロミナからも全面的な同意を得られたので、揉もう!


「あ、ところで先生~」

「はい?」


「あの、魔法もパンチもキックも当たらないヤツ、何あれ」

「厄除けの加護」


 俺は答えた。


「加護? ってことはスキル技能なの? へぇ、先生、洗礼受けてたんだ……」

「いや、そんなモンは受けてないし、そもそもスキルでもない」


 歩きながら、俺は首を横に振る。

 加護って聞いたら、普通はスキルを連想するのはわかるが。違うんだなぁ。


「じゃあ、厄除けの加護って何なの?」

ルール権能だよ」


 と、説明しても、プロミナは「どう違うの?」という感じに首をかしげている。


「人ってさ、息を吸って生きてるでしょ。モノってさ、宙に放ると落ちるでしょ」

「うん、当たり前ね」


「それと一緒で、俺ってさ、攻撃されても当たらないんだ」

「…………何言ってるの、大丈夫?」


 ガチトーンでの心配はやめろ。

 何か「あれ、俺が間違ってる?」って気になってくるだろ!


「この世界には『俺への攻撃は当たらない』っていう法則があるってことだよ!」

「そんなムチャクチャな……。って、コージン先生だからムチャクチャか」


 ガチトーンでの納得もやめろ。

 何か「生きててごめんなさい!」って気になってしまうだろうが!


 ――次回、ギルド長ルクリアを、揉む!

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