第11話 対『美拳』、決着。そして、対『美拳』

 話は、一週間前にさかのぼる。


「は? 攻撃禁止!?」

「そう」


 使っている宿の、俺の部屋でのこと。

 俺が口にしたその課題に、プロミナは当然のごとく拒否反応を示した。


「それじゃあ、試合に勝てないよ、先生!」

「勝つ必要はない。そもそも、ルクリアさんとの試合の主題は勝利じゃない」

「……どういうこと?」


 かぶりを振る俺に、プロミナは眉根を寄せた。


「何か闘技場で観客集めてやるとか変な話になってるが、ルクリアさんとの試合は、俺からすればあくまで稽古だ。勝ち負け以外の部分に目的があるんだよ」

「その目的って、何なのよ?」


 勝つことより優先するものがある。

 そう言われてもプロミナは納得できかねるようだった。ま、説明するが。


「気功の根幹技術の一つである『備衣そなえ』の体得だよ」


 プロミナが最優先で覚えるべき技術、それが気功の二大基礎の一つ『備衣』だ。

 二大基礎のもう一つは『呼導こどう』という技術。


「『呼導』については、君はすでに使っている」

「え、私、もう使ってるの?」

「自分の武器に血気を纏わせるアレだよ」


 己の武器に血気を注ぎ、威力を爆発的に向上するのが『呼導』。

 体ではなく器物に血気を通すということもあり『備衣』よりも難易度が高い。

 でもこの子、それを難なく使っちゃったモンなぁ……。


「その『備衣』っていうのは、どんな技なの?」

「血気を全身に巡らせて、自己強化したり体に色んな効果を付与する技だ」

「……何か、地味ね」


 基礎だっつってんだろ。


「あのな、プロミナ。『備衣』を覚えないと、魔法使う相手には勝てないぞ」

「何よそれ、聞かせてよ」


 食いついてきた、食いついてきた。


「『破魔備衣はまぞなえ』っていってな、魔力を遮断する効果の『備衣』がある」

「……魔力を遮る『破魔備衣』」


「ガルンドルとラズロ達が戦ったときのことを思い出せ」

「あ、そういえば、魔法を受けても無傷だった!」


 そういうことだ。


「ガルンドルは血気を使えるワケじゃない、が、あいつは竜人だ。生命力が人よりはるかに強い。生命力は文字通り生きる力だ。己を脅かすものに抵抗効果を発揮する」


 それを極端に尖らせたものが『破魔備衣』。

 気功を使う剣士にとってはまさに生命線となりうる技だ。


「ここまで説明すれば、もうわかるだろ。俺の意図」

「『破魔備衣』で耐えきれっていうんでしょ、ギルド長の攻撃魔法を」


 ハイ、正解。

 今回のテーマは『できる限り長くルクリアの攻撃を耐える』なのだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――試合開始後、五分経過。


「この、いつまでも石像みたいに……!」


 試合が始まってから一切動いていないプロミナに、ルクリアがいきり立つ。

 構図としては、動かないプロミナを中心に色々と動き回るルクリア、という感じ。


「これで――、どう!」


 空中に展開する、多数の魔法陣。

 それは次々に火弾や光線を発射して、プロミナを襲った。


 直撃。

 直撃。

 また直撃。


 起きた爆発に土砂が吹き上がる中、さらに火球、光線、冷気、雷撃。

 ルクリアが見せる攻撃魔法は、実に多彩だった。


 この世界の生き物は、それぞれが固有の属性を有している。

 例えば、プロミナなら火と光の二属性。

 ルクリアは、多分だが地水火風の四大属性全てを有しているのではなかろうか。


 彼女の見せる魔法のバリエーションを見るに、そんな気がする。

 もちろん、保有属性の数もまた才の一角。彼女の天才ぶりがうかがえる。

 だが、それでは今のプロミナは、仕留めきれない。


「……何でよ! どうして無事なのよ!?」


 ルクリアが不快げに吼える。

 余波が収まったのち、そこに平然と立っているプロミナを見たからだ。


「それで終わりですか、ギルド長?」


 言って、余裕そうに笑うプロミナ。ルクリアの眉間に深いしわが生じる。

 プロミナは、見事に『破魔備衣』を使って見せていた。


 いやぁ、末恐ろしい。

 やっぱプロミナは天才だ。ペース配分まで完璧じゃねぇか。


 実は、プロミナにはもう一つ課題を出してあった。

 それは『この試合を十分間耐え凌ぐこと』だ。

 今までのように配分を考えず血気を使っていると絶対に達成できない課題だ。


 が、すでに試合が始まって六分が過ぎようとしている。

 だが未だプロミナは倒れず、剣を構え続けていた。


 汗の量が増えているのがわかった。

 さすがに体力の消耗が激しいのだろうが、このままいけば十分は越えられる。


「何だあのプロミナとかいう相手、全然攻めてないぞ……?」

「それ以前にルクリアさんの魔法が効いてないっぽくないか? 何かの魔法か?」

「いや、あの女剣士、魔法は使えないらしいぞ……」


 観客達が、徐々にザワつき始める。試合場で起きている異常にやっと気づいたか。

 声援のほとんどは未だルクリアに向けてのものだが、それも少し弱まった。


「…………くっ!」


 空中に魔法陣を生みつつも、ルクリアは魔法を発動させずに移動を続ける。

 魔法攻撃に意味はないと思い知ったのだろうが、プロミナも動く。

 足は踏み込まず、体の向きだけを変える。


 切っ先の延長線上にルクリアを捉え続け、決してそれを変えさせない。

 ルクリアのフェイントにも反応もせず、ただ、それだけを徹底し続けていた。


 そこからの三分間は、観客達にとっても見応えがなかったろう。

 魔法も使わず走り回るルクリアと、それに合わせて向きを変えるだけのプロミナ。

 見ていて何ら面白みのない展開が延々続くだけなのだから。


「――あのねぇ」


 ルクリアが、いきなり走ることをやめて盛大にため息をついた。


「ちゃんとやってくれないかしら、プロミナちゃん。今この場に、どれだけの人がつめかけてるかわかってる? これじゃあ興行にならないのよね~、ねぇ、みんな!」


 そんなことを言い出し、ルクリアは観客に向き直って煽るように両腕を広げた。


「そうだー! ちゃんと試合やれー!」

「こっちは金払ってんだぞ、ちゃんと楽しませろォ!」


 観客席から次々に起きるの非難声。

 闘技場全体に波及したそれは、試合場をも揺るがす大ブーイングの嵐と化した。


「わかったかしら? お客様もこう言ってるんだし、ちゃんとした勝負をね――」


 体は観客席を向いたまま、肩越しにプロミナを見ようとするルクリア。

 どうせビビッてるプロミナでも想像してたんだろうが、的外れもイイトコだ。


「どうでもいいですよ、お客さんなんて」


 今のプロミナに、この程度の罵倒、そよ風にもなりゃしない。


「……あんた」


 肩越しに見ていたルクリアの顔から、戻りつつあった余裕が消し飛ぶ。


「ところで、いいんですか」

「え……」

「今、ギルド長は私に背中を向けてますけど、本当に私が攻撃していいんですか?」


 プロミナが淡々と告げた致命的事実に、ルクリアの表情が引きつった。

 彼女は慌てて体の向きを直そうとするが、一歩早く、プロミナが突撃した。


 ルクリアが構えを取ろうとした瞬間には、すでにプロミナが懐に入っていた。

 そして、しっかり両手に握られ振り上げられる長剣。

 観客の間で悲鳴じみた声があがり、ルクリアは絶望に染まった顔で刃を見上げる。


「――参りました」


 間もなく告げられた、決着の声。

 それを言ったのは、膝を屈したルクリアではなく、刃を止めたプロミナだ。

 試合開始から十分が経過した瞬間のことだった。


「……へ?」


 突然の降参に、ルクリアは眼前の刃を見上げたまま声を漏らす。

 俺はスッと右手を挙げて、宣言した。


「勝負あり。勝者、ルクリア・ヴェスティ」

「ありがとうございました。勉強になりました」


 自ら敗北を認めたプロミナが、そう言ってお辞儀し、場をあとにしようとする。


「ま、待って。待ちなさいよ! どういうつもりよ!?」


 ルクリアが声を荒げてプロミナを呼び止めようとする。

 しかし、完全に白けた顔つきのプロミナは振り返りもせず、一言だけ告げた。


「私は稽古をしに来ただけですから。成果は十分だし、これ以上見世物になるつもりはないです。っていうか、ギルド長のくだらない嫉妬に付き合う気もないです」

「く、くだらない嫉妬……」


 呆然となりながら、ルクリアがその部分だけを繰り返す。

 去りゆくプロミナが、すれ違いざまに俺に言った。


「『破魔備衣』、すごいね。全然、痛くなかったよ」

「だろ? 気功は奥が深いぜぇ~」


 と、笑いながら俺は「お疲れ」とプロミナの肩を叩いた。

 その労いに彼女は笑って、だがすぐに表情を引き締め、こう続けた。


「あと、ギルド長のこと、お願いしていいかな、先生」

「任せろ」


 そしてプロミナは東側の入場口へと消えていった。

 あとに残ったのは、俺と、呆けたままのルクリアと、満員のままの大観衆。


「ナメた真似をしたから、やり返された。それだけの話だ、ルクリアさん」

「コージン君……」


「俺は別に、こんなオオゴトにしてくれなんて頼んじゃいねぇ。客まで入れて、あの子を見世物にしようとしたのはあんただ。やり返されて当然だと思わねぇか?」

「……そう、かもね」


 俯いていたルクリアが、ゆらりと顔をあげる。

 そこには、尋常ならざる色を帯びた、歪んだ彼女の笑顔があった。


「でもねコージン君。お姉さんとあの子じゃ、格が違うの。私はロガートの街の『影の領主』よ。その一方で、あの子は一介の冒険者風情。ね、全然違うでしょ?」

「そうだな、全然違うな」


「さすがはコージン君、理解が早いわ。うん、そうよね。冒険者如きが私をナメるなんて許されないわ。だから悪いけど、プロミナちゃんはギルド追放かしらね」

「回りくどいな、ルクリアさん。素直にあの子が羨ましいって言えばいいのにな」


 俺が軽く笑うと、ルクリアがギロリと睨んできた。


「……何が言いたいのかしら、コージン君?」

「いや、別に。っていうか言葉はもういいだろ。俺もあんたも、弁士じゃない」


 そして俺は軽く両足を広げる。


「来いよ、ルクリアさん。俺があんたを揉んでやる」


 軽く手招きした先で、ルクリアが憤怒の雄叫びをあげた。

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