まだそのときではなく


 黒い砂鉄の混じった砂を、黒い波なみがさらってゆきます。

 これはまだ途中ですか。それともこれで終わりですか。


 波が生まれる場所があるのなら、そこへ帰ってゆくことが終わりでしょうか。

 それともいつか地球がほんとうに凪いでしまって

 気象や地殻変動やあらゆる生命のいとなみがすべて止まってしまって

 海を騒がすものがなにひとつなくなってしまったら

 そうして海がどこまでも平らかになってしまったら

 そのときがようやく終わりでしょうか。


 いまだ道なかばをゆく波たちは

 くらげのかさを、くじらのしっぽを、あなたの足の甲を撫でながら

 ささやいています。まだ

 まだ、まだ、生きているね。

 おまえが死んだら任せておくれ。

 おまえだった肉を、タンパク質を、アミノ酸を洗い流して、

 塩あじのスープに撹拌し、元いた場所へ帰してあげる。

 そうして白い骨だけが、水底の砂にうもれるだろう。

 それすらもゆっくり溶けて、やっぱりスープになるだろう。


 なにもかもすべてが静止したのちにしか、波の安寧がないのだとしたら

 波はきっと待っているのです。

 生き物たちがみな海に溶け、地球が静まり返る日を。


 寄せては返す波なみが

 私に あなたに 問いかけます。

 これはまだ途中ですか。それともこれで終わりですか。

 私は波に答えます。

 まだまだ私は途中です。まだもう少し、生きていきます。

 一度は引いた波なみは、再び寄せて問いかけます。

 私は波に答えます。

 まだまだ私は途中です。まだもう少し。

 もう少しだけ。



テーマ:③道中、⑤まだ

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