第5話
嬉しいことになかなか順調な日々を送っている。その一つがこの武器屋である。
「これだ」
カウンター裏の工房から出てきたのは、子供ぐらいの背丈と顔面のほとんどを髭で覆われた男。ただし、子供ぐらいの背丈といっても肩幅、胸板など体全体に厚みがあり目力と相まって圧力が凄い。
その見た目のまんまファンタジー物でお馴染みのドワーフである。見た目だけでなくこちらのドワーフも創作物に語られるドワーフ同様に鍛冶などの物作りを生業としているようで、帯剣していた剣がきっかけで武器の手入れや相談などに乗ってもらっている。
そんなドワーフの男、ダンドンが持ってきたのは鋼製の穂先に木製の柄という普通の槍だ。穂先部分も柄の部分も普通の素材だが柄の部分を長目にして、握りやすくするために少し削って細くしてもらった。
「お前は力があるからな。次は柄も鋼製にして、槍頭は側面を刃にしても面白いかもしれん」
「確かに頑丈にはなるし、攻撃手段も増えるけど重すぎて扱いきれない気がするんだが」
「……さっさとレベルを上げろ」
「そういえば、この前レベルが上がったな」
「ほう……」
「聞いてはいたけどレベルが上がる感じはすぐに分かったよ。ただ、能力が上昇した実感はないけどな」
説明するのは難しいのだが、体の内側から熱が沸き上がる感じがしてレベルが上がったのは即座に分かった。ただ、レベルアップ前と後で実際に力が増したり、早く動けるようになったとは感じなかった。ただ、冒険者組合のカードがレベル1からレベル2に変更されていたので勘違いではないだろう。
「まぁ、何事も一足飛びに変化したりはしないものだ……例外もあるがな」
ダンドンが少し遠い目をする。その目を見ていると何故か背筋がむず痒くなる。
「その槍は剣と違って『状態保持』の魔法はかかってないから使い終わったら汚れを落として油を薄く塗っとくぐらいはしとくんだぞ。あとは一カ月に一回。違和感があったらすぐに持ってこい」
「ありがとう。助かるよ」
ダンドンの店を出て中央の広場に向かう。宿に戻るにはまだ早い。個人の出している品物を見ていると見知った姿を見つける。
小柄な体躯にところどころつぎはぎされたシャツにズボン。明るい茶色の髪は肩を通り越し背中半分を覆うほど伸びていて、軽いくせ毛のため髪先が跳ねている。
そんな見覚えのある人物は売り物として並べられている武器を真剣な目で見ている。
「レン。何か探してるのか?」
「ユウジ!!」
こちらに気づかないくらい集中していたようで、声をかけると驚いてこちらに振り向く。声をかけた人物が俺であることを認識すると武器と自分に交互に視線を向ける。
「……ユウジ。話したいことがある」
「周りに人がいない方がいいか?」
いつもはこの広場で屋台の物を食べながら話をしていたが、真剣な表情と武器を見ていたことに感じるものがあり、訪ねる。
小さく頷くレンを見て推測が当たったことを確認し、
「俺の泊ってる宿の一階が食事できる場所になっている。そこでいいか?」
「うん」
いつもとは打って変わってレンは無言のまま隣ではなく、一歩後ろをついてくる。普段の彼女なら食事をたかろうとするぐらいの遠慮のなさがあるはずだ。
彼女の分かりやすい態度に話の内容はある程度想像がついている。話の着地地点がどうなるかは分からないがこちらにもあちらにも得るものがあればいいなとは思う。
宿屋の主人はこちらに気を使ってくれたようで注文した飲み物を出すと厨房の奥へと引っ込んでいった。昼飯には遅く、夕食には早い。そんな中途半端な時間帯のため客は俺とレンの二人だけである。
そんな静かな場所で向かい合って座った緊張のためレンは話を切り出せないでいる。だが、俺はレンの目を見て話しだすの黙って待つ。
「あー、ユウジあのな……俺がウサギ狩りする方法なんだけど……そのな……仲間と一緒だったら狩れると思うんだ」
「いい考えだ」
古代より囲って棒で殴る以上の戦術は発見されていないとか何とか。囲むほどの人数が用意できなくても単純に戦力が二人に増えれば一人が回避に専念してもう一人が攻撃に回ればそうそう大怪我を負うことはないだろう。……いろいろと問題点もあるとは思うが。
「……ユウジの仲間にして欲しい」
まぁ、そうなるよな。
ここ10日前後、組合に紹介されて戦闘パーティーを組んだり、荷物持ちを雇ったりしたが断トツでレンが優れていた。荷物持ちに関しては子供が多かったので仕方がない部分もあるとは思うがパーティーメンバーに関しては事前に戦闘能力より人格面を重視する旨を組合に伝えていたのだが協力して魔物と戦うという意識が欠如していた。
レンもそこの中からパーティを組むのは躊躇したのだろう。なのでこの提案は渡りに船ではあるが……それでも即決するわけにはいかない。
「俺と仲間になったらレンは得すると思うが俺の得はあるのか?」
「……ユウジが冒険者が出来なくなったら俺が養ってやる」
「……は?」
こいつは何を言ってるんだ。
普戦闘はあまり出来ないが荷物持ちとして頑張るとかでいいと思っていたのだが予想外過ぎる返答が来た。
というか、俺を養う?
言葉の意味が脳に染み込むにしたがって何か変な笑いがこみあげてくる。
「くっ……くふぅ」
「何笑ってんだよ!!」
レンが顔を真っ赤にして怒鳴る。目尻にちょっと涙まで浮かんでいる。
「すまん。ちょっと、待ってくれ」
笑い声が上がるのを我慢してどうにかそれだけを伝える。
苦々しい顔でそれでもこちらの笑いが治まるのを待ってくれる。勝ち気で成人男性相手にも軽口を叩くのだが変な所で素直というか優しい。
「凄い考えたのに……」
「いや、本当にすまん。かなり予想外だったからな。というか、そこまで言ってくれたのには感謝する」
失礼すぎたので頭を下げる。
レンは仏頂面のままだがある程度は許してくれたようだ。
「……で、どうなんだ」
恐る恐るとういう感じにレンが返答を促してくる。彼女の良さを知ったのだ返事は決まった。
「こちらからも頼みたい。これから仲間としてよろしく頼む」
「ユウジ。よろしくな!」
差し出した右手を素早く掴み、強く握ってくる。前回と同じ満面の笑み。
本当に順調な日々である。
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