青い鳥とんだ

O(h)

第1話

 離着陸する巨大な航空機たちが強化ガラスの向こう側でその機体を容赦なく降り注ぐ陽光に輝かせている。

陽光は透明なガラスにも突き刺さって到着ロビィ内の温度を上昇させてゆく。地球温暖化、もはや「温暖」などという生易しい表現ではなく「灼熱地獄」とでもしたらいいんじゃないか。と心の中で毒づく。


The sun may rise in the East

At least it settles in the final location


 八月。多くの学生達にとっては丸々休暇というなんとも不毛な月。イギリスという国で六年という永い時間を大学生として過ごし、留年はなんとか最小限に抑えて無事卒業をし、俺は母国日本に一時的に帰国した。滞在は約1週間を予定していた。

来月からはイングランド・ポーツマスに本社のある船舶会社で働き始める事になっている。

 SONY製のワイヤレスイヤホンからは、相変わらずレッドホットチリペッパーズが流れている。フライトの間、飽きもせずにずっと聴いていた。数多のプロギタリストに影響を与えたこのモンスターバンドのギタリストが奏でるオリジナリティの塊のような音色にすっかり魅せられた俺は、大学のキャンパスにほど近い汚くて狭い安下宿で中古のベッドに腰かけてその軋んだ音をBGMに、安物のギターで好きなフレーズを何度も何度も練習した。

 

 

「成田到着は何時の予定?たぶん時間作れそうだから迎えに行くわ。感謝してよね!その後なにか食べに行こ。」

到着の前日、サリオからいつもと同じ感じでメールが届いた。

 彼女は少し変わっている娘だった。なんでも来世では黒いレスポールに生まれ変わってヘヴィメタルを奏でるつもりらしいのだ。

 そんな事を真顔で俺に語るサリオの持つ不思議な雰囲気は俺が彼女を好きになった3つの理由の中の筆頭だった。サリオは新宿にある音楽の専門学校に通っていた。大規模なコンサート会場のPAをレギュレイトする仕事をしたい・・・そんな将来の夢も語ってくれた。その時のサリオの瞳。俺は多分忘れることはないだろうと思う。



「落としましたよ。」不意に背後から肩をトントンと叩かれる。ふり向くと小柄な品の良い老婦人が柔らかな微笑みを浮かべながら立っていた。

婦人の左手には俺のネイビーブルーのタオルハンカチが握られている。

そして彼女の薬指のシルバーリングのデザインを俺はどこかで見たことがあった。

「あっ」

慌ててジーンズの左後ろのポケットを弄ると、汗を拭いた後、確かに押し込んだはずのその青いハンカチがない。

「私にはね、あなたの後ろのポケットからこのハンカチがひらりと落ちた瞬間、青い鳥が飛んだように見えたの・・・」

そう言って婦人は、少し丸まったタオルハンカチを俺に手渡す。

「ありがとうございます。全く気付きませんでした。」

青い鳥か・・・幸せの・・・青い・・・

「どういたしまして。あなたにとっての幸福の鳥。決して無くさないようにね。いつまでも大切にね。」

「あ、あの、俺、、、、」

俺の言葉を待つことなく婦人は軽くウインクをしてから雑踏の中に消えて行った。


婦人の後ろ姿がだんだん小さくなって雑踏の中に消えてゆく。

〜旅立つ人。帰ってきた人。見送る人。見送られる人。迎える人。迎えられる人〜


老婦人が去ったその方向を俺はしばらくの間ぼんやりと眺めていた。

ふと我に返ると、雑踏の間から小柄なサリオが、ネイビーブルーのフレアスカートを揺らせて、こちらに歩いてくるのが見えた。

「結構探しちゃったよ。んん? ちょっと痩せた?」


Marry me girl be my fairy to the world Be my very own constellation


 あれからもう5年が経とうとしている。

また夏が訪れて、早朝にも拘らず寝室の窓からは眩しい陽光が室内に降り注ぐ。

まだ夢の中にいるサリオを起こさないように、俺はそっとベッドから抜け出す。ベッドはもう軋んだ音はしなかった。

手早く身支度をしてから、いつものようにネイビーブルーのタオルをバックパックに入れる。

それから不意に、夢の中で黒のレスポールとなった彼女を想像してみる。


And earthquakes are to a girl’s guitar

They’re just another good vibration


 ギターとして生まれ変わったサリオはどんなグレイトプレイヤにその漆黒の身を委ねているのだろう。どんなエキサイティングな音を奏でるのだろう・・・考えてみると少し楽しくなる。

 まだ寝ているサリオの微かに上下する胸の上に置かれた左手の薬指にふと視線が止まる。

小さな細身のシルバーリングが初夏の陽の光を受けてキラリと輝いた・・・そんな気がした。


Lyric from Californication

/Red Hot Chili Peppers






 

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青い鳥とんだ O(h) @Oh-8

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