雪だるま

空き缶文学

恋焦がれる暖

 ふんわりとした雪が降り積もる季節のこと。

 防寒着に身を包む一〇代にもいかない子供達は、三段の雪だるまを作った。

 鎖に繋がれた番犬はその様子を伏せながら見守っている。

 真っ直ぐにバランスよく作られた雪だるまは、目に三角の木と、人参の鼻をくっつけてもらった。

 キャッキャと笑いながら時に雪合戦をしたり、バケツに雪をいっぱい詰めたりと思い思いに遊んでいる。

 太陽が傾き、どんどん沈んでいくなか窓を開けた母親が、


「坊やたち! 晩御飯の時間よ!!」


 庭に向かって叫んだ。

 子供達は道具をそのままに暖かい家へ駆けだして行った。

 庭に放置された雪だるまはジッと、まるで動く太陽に向かって羨望の眼差しを送っている様。


 その翌日のこと、日が昇った頃に番犬は雪だるまに声をかけた。


「雪だるま、そんなに動きたいなら走り方を教えてやろうか?」

「?」


 雪だるまは言葉が理解できず、閉ざせない目はそのままに、番犬の声を聞く。


「あぁでも雪だるまには足がないから無理だったな。代わりに言葉を教えてやる」


 その日はずっと番犬が雪だるまに言葉を教えていた。

 夕方になると、番犬は突然身の上話を始める。


「俺がまだ小さかった頃、家の中でご主人に可愛がられたもんだ。それに地下室には暖かいストーブがあってな、そこで丸まって過ごしたこともあった。今じゃ外の犬小屋で鎖に繋がれたままだ。ほら、ここから見えるだろ、地下の奥にあるストーブが」

「……ストーブ?」


 幼い声を出した雪だるまはストーブに反応した。

 地下室の奥に見えるのは、真鍮でぴかぴかの黒いストーブ。

 雪だるまにはそれがとても魅力的な存在に見えていて、心臓があれば高鳴って、一目惚れでも起こしていたかもしれない。


「あそこに行きたい」


 雪だるまは思いを零した。

 番犬は耳を疑ってしまう。


「今なんて?」

「あそこに行かなきゃいけない、気がする」

「馬鹿言うな、たとえ行けたとしてもアンタの体じゃ溶けておしまいだ」

「……」




 次の日、外に出られないほどの大雪と厳しい寒さが襲う。

 雪だるまにとってはたいへん幸福な気象だが、地下室から覗けるはずのストーブが全く見えない。


「あぁ……」


 番犬は犬小屋で雪だるまの恋焦がれる横顔を、呆れながら眺めていた。

 厳しい冬が続いていたが、やがて、雪解け模様へ変わっていく。

 暖かさに水と化し、どんどん痩せ細っていき、雪だるまとは言えない体型となった。

 番犬は、雪だるまなど興味もなく遊んでいる子供達を見守りながらも、形を失っていく雪だるまを時々見上げる。

 三角の木やニンジンが下に傾いてしまい、地下室のストーブを見ることが叶わなくなった。


「……」


 ある日……とうとう雪だるまは完全に崩れてしまった。

 番犬は犬小屋から出て、雪だるまが立っていた場所に顔を向けると、目を丸くさせた。


「そういうことか」


 番犬は納得する。

 そこに突き刺さっていたのは、ストーブに使う火かき棒だった。

 

「無いと思ったらここにあったのか、やれやれ」


 家の主人は呆れながら突き刺さった火かき棒を掴んだ。

 番犬は主人に尻尾を振る。


「暖かくなったなぁ、あとで散歩に行こうな」


 番犬は顎を撫でられ、喉を鳴らす。

 火かき棒は真鍮でぴかぴかの黒いストーブの横にかけられた。

 番犬は主人の背中を眺めつつ、火かき棒が元の場所に戻ったのを見て、


「ストーブに行けて良かったじゃないか……なぁ」


 寂し気に呟いた。

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