ミルクコーヒーが甘いのは
たい焼き。
前半
――カランコロン……。
カウベルを鳴らしながら、ゆっくりと入り口のドアをあける。
「こんにちはぁ〜…」
「やぁ、夏央ちゃん。いらっしゃい、注文はいつものミルクコーヒーでいいかな?」
「マスター、こんにちは。ミルクコーヒー、豆乳で作ってもらってもいいですか?」
「それに、はちみつちょっとかな?出来たら持っていくから、座って待っていてね」
「はい、ありがとうございます」
ここは、私が生まれる前からある喫茶店『ポメラ』。
こじんまりとした店内だけど、カウンター席もボックス席も手入れが行き届いている。
窓際の席に座るとカバンから小説をとりだす。
私、
もちろん、ここに来るのには理由がある。
「お待たせ。ソイミルクコーヒーと、おまけでチョコレート。ちょっとだけど、よかったら食べて」
ポメラのマスターである、
小金さんの淹れてくれるコーヒーの香りが鼻孔をくすぐり、緊張がやわらぐ。
「ありがとうございます。いただきます」
「ゆっくりしていってね」
今日は私の他にお客さんがおらず、小金さんはカウンターの中に戻るとサイフォンコーヒーの器具をキレイにし始めた。
喫茶店のマスターらしく、黒いエプロンと白いワイシャツ。
黒く短く整えられた髪は整髪料など使わずに、ラフにスタイリングされている。
銀縁メガネは少しクールな印象を小金さんに与えるけど、そのぶん笑ったときの目の優しさが引き立つのでドキドキする。
高校生の私が貴重なおこづかいで通うのは、小金さんに会いたいから。
いつも小説を読んでいるふりをして、小金さんを目で追ってばかり。
おかげで持ち歩いてる小説はなかなか読み終わらない。
胸が苦しくなったり、あったかい幸せな気持ちになったり、小金さんの態度で一喜一憂してしまう。
今日も素敵だなぁ。
ブラックコーヒーが苦手な私のためにミルクたっぷりのコーヒーを作ってくれるようになった。ミルクたっぷりでもコーヒー感が消えないように、随分とレシピを研究してくれたらしい。
今の黄金レシピが出来上がったときは、子供のように喜んでいた。
そんなコーヒーのことばかり考えている姿に、いつの間にか惹かれていた。
私のためにメニューを考えてくれる……そんな特別扱いをされると、淡い期待をして心臓の鼓動が早くなる。
「夏央ちゃん、秋の新メニューとしてホットケーキにモンブランソースをかけてみたんだけど……よかったら味見して感想を聞かせてくれないかな?」
「え、良いんですか?……これ、絶対美味しいやつじゃないですか〜いただきます」
小金さんが出してきた新メニューは、ふっくらと厚めに焼かれた2枚のホットケーキの上に栗ペーストを生クリームでのばしたソースがたっぷりとかかっている。
脇にはバニラアイスにマロンダイスを混ぜたものが添えられている。
ふわふわの温かいホットケーキに冷たいアイスの甘さとダイス状にカットされた栗で、さまざまな食感が混ざって飽きがこない。
「安定の美味しさですー。でも栗って意外と甘くないんですね!モンブランソースをもう少し甘くするか、別にホイップクリームが添えられてると嬉しいかもです」
「焼いたりすれば甘みが増すんだけど、ペーストだと意外と甘くならないんだよね。夏央ちゃんの意見は本当に参考になるなぁ。ありがとう」
「逆にいつも生意気に意見してすみません」
すでに試行錯誤済みであろう新メニューにも意見してしまうのに、小金さんは嫌な顔ひとつせず聞いてくれる。
私のことを子供だから、と一蹴せず一人の人間として対等に接してくれる。
そんなところも小金さんの魅力だ。
小金さんの素敵なところを考えていたら、常連さんがやってきた。
「マスター、こんにちはー!ホットコーヒーとホットサンドちょうだいっ!」
「
「キリマン一択!」
「了解、座ってちょっとまっててね」
この常連さんの声を聞いて、私の大きく膨らんでいた幸せな気持ちはしぼんでいく。
燈子さんと呼ばれた常連さんはカウンターにどかっと座ると小金さんと親しそうに話しながら、コーヒーが出来上がるのを待っている。
私の想いは叶わない。
伝える勇気がないとか色々理由はあるけど、大きな理由はこれだ。
燈子さんの来店で、小金さんの表情が愛おしい人を見る目に変わる。
あの小金さんを見たらどんなに人の
燈子さんは小金さんの想い人だ。
燈子さんは明るくて、よくしゃべり、よく笑い、その場にいるだけで空気を明るくする雰囲気をもっている。
一方、私は地味で、口数も少なく、影も薄い。
2人のことをじっと見ていたら小金さんと目が合ってしまい、慌てて小説に視線を戻す。
ジロジロ見てたの気づかれちゃったかな……。変に思われないと良いな……。
好きな人にも簡単に話しかけられずに、遠くから見ているのがやっと。
自分から行動できないのに、相手に気づいてほしい、振り向いてほしい、なんて無理な話だよね……。
そもそも小金さんからしたら高校生の私なんて、まるでお子さまで相手にしてもらえないだろう。
親しげに話す2人を気にしないように、小説の世界へ没頭しようとする。
それでも耳から2人の楽しそうな声がはいってくる。
ダメだ。もう、今日はこのスイーツを食べて帰ろう。
そんなことを考えて目の前のホットケーキにかぶりついていると、ふっとテーブルに影が落ちる。
顔をあげると燈子さんが立っていた。
「こんにちは、よかったら少しお話しない?」
私は頬張っていたホットケーキをごくりと飲み込むのだった。
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