爺ちゃんの怖い話

らる鳥

0


 あぁ、なんだい。

 怖い話を聞きたいって?

 我が孫ながら物好きだなぁ

 夜中にトイレに行けなくなってもしらんぞ。


 もうそんな子供じゃないって?

 そうかい、それはすまなんだ。

 なら爺ちゃんが経験した、一番怖かった話をしてやるから、それで許しておくれ。


 昔々、……といっても爺ちゃんがまだ若者だったくらいのちょっと昔、住んでた村には米太って名前のワルがおった。

 まぁいうても田舎のワルだから、暴れて物を壊したり、村の娘を手籠めにしたり、酔って納屋に火をつけたりするくらいだったんじゃがな。


 ん? むしろ滅茶苦茶悪いけど、何で警察に捕まらなかったかって?

 あぁ、そうさなぁ。

 今になって考えると、滅茶苦茶に悪いなぁ。

 ただ、その米太はな、村の殆どを差配する大地主の子で、大人達もどうともしにくかったんじゃよ。

 もしそうでなかったら、ドタマ割られて林の木の下だったろうなぁ。


 あー、地主ってわからんか?

 まぁなら、ちょっと違うが村長の子くらいに思って聞いてくれ。

 それでその米太の悪さには、母親が随分と心を痛めててな。

 村の家々を回って謝罪をしたり、米太が暴れて壊した物の弁償をちょっと多めにしたりして、だから村の大人達も我慢しとったってのもあったんじゃ。


 しかし米太の悪さはエスカレートする一方でな、いつかは村の大人達も、我慢しきれん日が来るだろうと、そんな風にも思っとった。

 でな、その米太なんだが、悪さ以外にも一つ悪癖があったんじゃ。

 それは肉は何でも生で喰うという、あの頃にすると信じられんもんじゃった。

 鶏も豚も牛も、鹿も猪も蛇も、村の娘さんも生で喰われた。


 ……んん、わからんか。

 そうだなぁ、子供にする話じゃないなしなぁ。

 まぁ、昔は今と違って生肉を食べるのは本当に危なかったって話じゃよ。

 変にあたると死にかねないし、寄生虫も多かったからな。


 それでな、我が子の行動に本当に参った米太の母親は、近くで一番大きな神社に百度参りを始めたんじゃ。

 息子の悪さと、生で肉を食う奇行が治りますように、とな。


 あぁ、わかる、わかるよ。

 そんな暇があるなら子を叱れ、諫めろ、もっと具体的な手を打てと、思うのは当然じゃ。

 だがこういう言い方はしたくないが、爺ちゃんの若い頃は、少なくとも住んでた辺りは、まだ色々と古い考え方が強くてな。

 米太の母親にできたんは、そういった行いをする自分の姿を、我が子に見せる事くらいだったんじゃろう。


 でもその百度参りを始って暫くすると、少しずつだが米太の悪さと生で肉を食う奇行が、少しずつ収まっていったんじゃ。

 不思議だろう?

 儂らも驚いて、あの神社の氏神様は、本当に願いを叶えてくださるのかと噂したもんだ。

 或いは、毎日毎日神社に向かう母親を見て痛める心が、あの米太にもあったんだとな。


 そして百度参りが終わる頃にはな、米太はすっかり大人しい性格になって、今度は逆に肉だけでなく野菜も、よく焼かないと喰わんようになった。

 村の皆も、流石に変わり過ぎで奇妙に感じたが、米太の行動にはずっと迷惑しとったから、今の方がいいと気にせん事にしたんじゃ。


 それから、二十年くらいだったな。

 米太が突然亡くなったんじゃ。

 割と若くに死んだんだが、ずっと米太を心配しとった母親よりは後だったのが、まぁ救いといえなくはないか。


 それでな、昔は嫌な奴だった米太も、人が変わってからは友人も増えてな。

 もちろん以前の行いを許せずに、付き合いをしなかった者も皆無じゃないが、米太はずっと謝り続けたからな。

 儂は米太の友人の一人だった。


 まぁ人が死ぬと葬式をやるんじゃが、その前の夜には通夜っていって、生前親しかった人が亡くなった人を囲んで一晩過ごすんじゃよ。

 寂しくないように、皆で別れをする時間を作るんじゃな。

 そして儂ら、米太の友人達と、奴の嫁さんと子供が同じ部屋で、思い出話をしてたんじゃが……。


 おぉ、皆ぁ、遊びに来てくれたんかぁ。

 って声がしたんじゃ。

 この話の流れだと、米太の声だと思うだろう?

 だけどな、違うんじゃ。

 聞こえてきたのは、聞いた事もない、キィキィとした虫が鳴くような音で、なのに言葉はハッキリとわかる、気持ち悪い声だったんじゃ。


 動けない。動けない。

 暗い。暗い。


 そんな声が聞こえてな。

 皆が顔を見合わせて、声の主を探したその時、棺の中で眠る米太の、鼻の中からずるりと細長い何かが飛び出して来てな。


 まだ暗いぞ、明かりをつけてくれ。

 皆、折角来てくれたんだろう。

 はよう顔を見せてくれ。


 って鳴いたんじゃ。

 そらあもう、儂らも驚いて怯えて、パニックになって棒で叩いて、米太の顔を潰してしまって、それでも声が収まらず。


 痛い、何するんだ。

 やめてくれよ。

 皆、いるんだろ。

 助けてくれ。


 なんて言ってくるもんじゃから、大慌てで油を撒いて、火をつけてしまったのよ。

 通夜をやってたのは村の集会所だったんじゃがな、それで全焼させてしまったし、翌日の葬式も取りやめになった。

 後日、改めて葬式が開かれたそうなんじゃが、儂らは参加しなかったし、米太の嫁さんは葬式の前に子を連れて、都会に逃げてしまったんじゃ。


 でな、通夜に集まった米太の友人達で、アレはなんだったのかと、話し合った事があるんじゃが……。

 寄生虫の中には、人の行動を操る奴がおるらしい。

 もしかすると儂らが米太だと思ってたのは、米太の皮を被った、あの細長い虫のような奴だったんじゃないかと、そんな風に思うんじゃ。


 悪さをせんようになったのは、人間の社会に溶け込む為。

 肉も野菜も、執拗に焼いて食うようになったのは、他の寄生虫に米太の身体を奪われないようにする為じゃないかと、な。

 もちろん、そんな虫がおるのかどうかは、はっきりとした事はわからん。

 しかしな、儂らにはそうとしか思えなかった。


 それからな、儂らは、こうも言い合ったんじゃ。

 もしかすると、あの虫は、自分を本当に米太だと思ってたんじゃないだろうかとな。

 あの虫が発した言葉を思い出すと、そうとしか思えん。

 米太の皮を被って、その記憶を喰って生きるうちに、本当に米太という人間に、虫はなってしまったんじゃないだろうかとな。


 ……というのが、爺ちゃんの経験した一番怖い話じゃ。

 話が難しくてようわからんか?

 そうじゃろうなぁ。

 儂も未だにようわからん。


 まぁ、世の中に不思議な事は多いけれど、鶏と豚はよう焼いて食った方がええぞ。

 鹿とか猪もな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

爺ちゃんの怖い話 らる鳥 @rarutori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る