ファイアボール乱舞~のんべんだらりと暮らしてたら村を追い出されたので、ファイアボールを頼りに冒険者として成り上がる~

平野ハルアキ

第1話 追放

 俺ことノル・ブレンネンは、控えめに言って『人生の勝ち組』である事を約束された男だ。


 義理の祖父であるアウス・ブレンネンは、かつて王宮に仕える天才魔術師にし

て、王立の魔術研究所に所属する天才研究者だったそうだ。


『百年にひとりの逸材』『王国史に残る伝説』とまで讃えられた才能を活かし、数々の華々しい研究成果を上げたらしい。引退後、しこたま稼いだ大金を持って故郷であるここレット村へと戻り、現在は悠々自適の生活を送っている。


 そして俺は――血の繋がりはないとは言え――アウス爺さんただひとりの家族である。つまり、ゆいいつの遺産相続人と言う訳だ。


 爺さん曰いわく『五〜六〇年は大貴族並みの贅沢三昧な暮らしを送れる』ほどの金額を稼いで来たらしい。それだけの大金が将来的にはまるまる全部、俺ひとりのふところに入ってくる。


 爺さんの遺産を引き継いだ暁には、俺は一生働かずに遊んで暮らす事ができるのだ。


 "大貴族並みの贅沢"までは必要ない。逆に言えば、それを控える程度で"予想外の出費"に対する十二分な備えができてしまう。


 使用人を雇えば家事すらも不要。しかも本物の貴族ではないから、面倒極まりない権力争いともまるっきり無縁。安心して、のんべんだらりと生きていける。


 これを勝利と言わずして何と言うのか。俺はまごう事なく、創造神アルビオンに愛された男なのだ。


「――ノル。お前にはこの家から出ていってもらう」


 だから、爺さんから唐突に告げられた言葉がにわかには信じられなかった。


「ついに耄碌もうろくしやがったかこのクソジジ――なぜですか大好きなアウスお爺様!? なぜ、たった一人の大切な家族に向かってそんな悲しい事を……!?」


「黙れクソ孫。お前なんぞから媚びを売られたところで決定はくつがえらんわ」


 クソだなんて汚い言葉を、何ら躊躇ちゅうちょする事なく家族に投げかけるとは。心の醜さをそのままむき出しにするかのような所業だった。


「待てよ爺さん! 何で俺が追い出されなきゃならないんだよ!? ……まさか、今さらになって俺が身元不明の拾い子だって事気にし始めてんのかっ!?」


「見くびるでないわ。引き取って育てると決めた以上、身元が何であろうとお前はワシの孫じゃ。例えお前に"前世の記憶"とやらが残っていようが、ワシにとってはそんなもん何の関係もない」


 そう。俺には前世の記憶――日本で『北岡拓哉きたおか たくや』として生きていたころの記憶が残っている。いわゆる"転生者"なのである。


 ある日、ふとした拍子で俺が前世の記憶を持っている事を爺さんに気づかれた。『どう思われる事やら……』と不安になりつつも全てを白状したが、聞き終えた爺さんの反応は『そうか』の一言だけ。それ以後も接し方に特別な変化はなかった。


 まあこの辺の話は後回しでいいだろう。ただ、これだけは言っておきたい。


 車の運転をしながらスマホ操作するとかいう風習は滅びろ。


「なら……だったら何でっ!!」


「……お前、こう考えておるじゃろ? 『爺さんの遺産さえ手に入れば、俺は一生働かずにのんべんだらりと暮らせる』……と」


「…………………………全くの事実無根だな」


「目が猛烈な勢いで泳いどるぞ。海でも渡るつもりか。ワシはもう十七年、お前の面倒を見て来とるんじゃぞ。何を考えているかなぞお見通しじゃわい」


 以心伝心の負の側面である。


 アウス爺さんはあごから垂れる白いヒゲを撫でながら語る。


「ワシはこれまで、お前に魔術を教えて来た。ワシの王宮魔術師としての技術と知識を活かし、世界に満ちる魔力マナを扱う術すべをお前に伝授して来たつもりじゃ」


「……下位火炎魔術ファイアボールしか教わってねーけどな」


「やかましい。いくら教えてもなぜかファイアボールしか覚えられんお前が悪い。それに、どんな魔術であろうとも本人次第で十分役立てられるわ。実際、ワシのおかげでお前のファイアボールは並の魔術師が使うものより多少はマシ程度になっておる。多少は。あくまでも多少は」


「念を押すなクソジジイ」


「じゃが、そのだらしない性根はいつまで経っても直りはせん。……ワシももう年

じゃ」


 ふ……と、爺さんの口調が変わる。憂いを帯びた息が、爺さんの口から吐き出される。


「いくらワシでも、寄る年波には勝てん。今年の春は迎えられても、来年の春を迎えられるとは限らん。老い先短いワシにとって、ゆいいつの気がかりはひとり残されるお前の事なんじゃよ……」


 哀愁を漂わせた瞳をどこか遠くに向けながら、しんみりとつぶやく。


 なおこの爺さんは昨晩、村の酒場で悪酔いした若者四人と素手の大立ち回りを演じた末に完勝、『尻の青いガキどもがこのワシに勝とうなんざ千年早いわっ!!』と叫びながら床に伸びる彼らを引きずり、店の外へ叩き出した事を補足しておく。


「保護者として、その性根は叩き直さねばならん。そのためにも、お前はいっぺん世間の荒波に揉まれて来るべきじゃ。そう言う訳で、お前はここから北にある"ピクシス"の町へ行って冒険者にでもなってこい」


 冒険者。ギルドで人々からの依頼を受けて魔物と戦って報酬をもらう、ラノベでおなじみ例のアレである。


 正直言って、俺は全くやりたくない。


 そりゃあ、冒険に憧れる気持ちなんかはそれなりにあるんだけどね? この世界が『剣と魔術で魔物と戦う』おファンタ様な世界だと知った時には、多少なりともテンション上がったんだけどね?


 それらが鼻息で吹っ飛ぶほどに、将来の食っちゃ寝が約束された現状は魅力的なのである。


 それに実際問題、魔物との戦闘なんて危険だし。爺さんに"魔術の訓練"と称して森の中へ連れ込まれ、けしかけられた魔物とひとりで戦わされた経験があるから身にしみて分かっている。ファンタジー世界も住んでしまえば現実だ。戦わずに済むならそれが一番に決まっている。


「やだ」


「と言えば、ワシが聞き入れるとでも思っとるのか?」


「困った事に全っ然。まっっったく。これっぽっっっっっちも」


 クソジジイがクソジジイたるゆえんである。


 ……まあ、こうなっては仕方がない。抗弁したって無駄なら、諦めてちゃちゃっと冒険者になるしかない。


 どうせ、適当に楽なクエストを受けながらのんびり過ごしていれば――


「ちなみに、お前が今『どうせ、適当に楽なクエストを受けながらのんびり過ごしていれば、そのうち戻れるだろうし』……などと考えておる事もお見通しじゃ」


「…………………………全く記憶にございません」


「目が滝を昇る勢いで泳いどるぞ。のんびりされては本末転倒じゃ。……そこで、ワシからひとつ条件を出す」


「条件?」


 嫌な予感しかしない。


「うむ。お前には冒険者として、ワシが認めるだけの十分な実績を出してもらう。もしもそれができなかった時には――」


 重々しく――まるで刑の執行を言い渡す裁判官のように重々しく、爺さんは言った。


「――ワシの遺産はお前に一切継がせない」


 ……は?


「……は?」


「言った通りじゃ。ギルドの冒険者としてワシが納得するだけの活躍ができなければ、お前にはワシの財産をビタ銅貨一枚たりともくれてやらん。もちろん、この家に住む事も許さん」


「……は?」


「期限はワシが死ぬまで。仮に明日ポックリ逝ったとしても関係ない。その時は明日が期限じゃ。


 合格条件は曖昧あいまいにしておく。下手に決めて、条件の隙を突かれては意味がないからな。ワシに認められるよう死ぬ気で頑張るんじゃ。


 成果報告は手紙を出せ。ウソを吐いても無駄じゃぞ。疑わしい場合はギルドに問い合わせて調べればいいだけなんじゃからの」


「……は?」


「分かったか? 理解したか? ……では、今から開始じゃ。とっとと村から出ていけ」


「……はあああああああああっ!?」


 爺さんが語る悪夢のような言葉が脳細胞の隅々まで染み渡り、俺は腹の底から絶叫を上げた。


「ムチャクチャ言うんじゃねえよクソジジイッ!! 大体、準備だってまだ――」


「準備ならもう済ませておる。ほれ、持っていけ」


 そう言って、荷物の詰まった背 嚢リュックサックを俺に押しつけてきた。


 思わず受け取ってしまったが、当然そんな条件など飲む気はない。相手がいくら聞く耳を持たないクソジジイだろうが、こうなったら徹底抗戦あるのみだ!


「ふざけんなよっ!? 絶対嫌だからなっ!! ジジイが何を言おうが、俺は絶対にこの家からもこの村からも出ていかない――」


「ちなみにお前が実績を残せなかった場合、ワシの遺産は国と教会、それとこの村にそれぞれ寄付するつもりじゃ。その事を村長に話したら、大喜びで協力を約束してくれたぞ」


 そう言って爺さんは、わざとらしい大仰な仕草でパンパン、と手を鳴らす。


 瞬間、村長を先頭に大勢の村人達が家の中へどっとなだれ込んできた。


 全員、目がギラギラと輝いていた。


 あっけに取られている間に村人達は俺を取り囲む。アリのように群がった村人達に、俺は巣穴へ運ばれるエサのごとく担ぎ上げられてしまった。


「は……離せっ、離せってんだよ……っ!! ……村長っ!! あんた、このジジイとは仲悪かったはずだろうっ!? こんな奴の言う事信じるのかっ!?」


「……ノル君。私はようやく気づいたんだよ」


 水を向けられた村長は穏やかに口を開く。


「憎み合う事からは何も生まれない。しかし、信じ合う事からは希望が生まれるんだ――とね」


「きれいな言葉をゲッスい笑顔で言いやがるなこのタヌキ親父めがぁっ!!」


 村人達に運ばれながら、俺は心の汚れ切った男へと怨嗟の言葉をぶつける。しかし村長はまるで動じない。醜い笑顔を浮かべたまま、俺を家の外へと運び出す。


「じゃあのー、ノル。気張るんじゃぞー」


「ちょ……ま……本当にちょっとま……っ!! ……覚えてやがれよこのクソジジイめがあああああああああああっ!!」


 ――俺はその日、故郷のレット村を追放された。



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