拗ねる女王陛下5
屋敷に戻ると、俺はバルバストル侯爵に頼んで、女王陛下と話す機会を作ってもらった。
「ゴルドウェイの街を見ていて気になることがあったので、私なりに改善案を考えてみました」
俺はスケッチブック片手に女王陛下と話す。
「ほほう。画家のラントペリーが考える街の改善案か。興味深いな。続けるがよい」
「それでは――」
俺はスケッチブックを開いて、陛下に1枚の絵を見せた。
「……なんじゃこれはっ」
絵を見た陛下は露骨に表情を歪める。
だが、気にせず俺は話を続けた。
「私が街を歩いておりましたところ、言葉の通じない外国人や少数民族が苦労している様子がしばしば目に留まりました。彼らのために、分かりやすい絵で街の案内を描いてあげたいと考えました」
「……ふ、ふむ。その
「トイレの案内板です。やはり、不案内な土地では、トイレに一番困ると思いますので」
俺のスケッチブックには、大便をしている人のリアルな絵が描かれていた。
「……
女王陛下は独特なイントネーションで変態を連呼して俺のスケッチブックを放り投げた。
「し……しかし、言葉の通じない者に分かりやすくするには、リアルに描く方がよいのでは?」
「そもそもじゃ、リアルに線の多い看板は、遠目に見たときに何か分かりにくいぞ。それではお主の意図した役目も果たせぬじゃろう」
「そ……それはそうですね。さすがは陛下、すぐにそのようなことに気づかれるとはっ!」
女王陛下はプリプリ怒りつつも、俺の絵をどう直せばよいかを考え始めた。
その様子にしめしめと思いつつ、俺は彼女との会話を続けた。
「お主の絵は上手いが、単純なことを伝えるのには向かぬよ。看板なら、もっとシンプルな絵の方が目立つじゃろう」
「なるほどっ」
陛下を誘導しようとヨイショする俺を、同席するバルバストル侯爵が生暖かい目で見ていた。
そんな顔しちゃダメだぞ。陛下はノってきてるんだから。
これは陛下の実績を作るアイデアだ。
彼女が本気で携わっていることが大事なのだ。
「トイレというのはだいたいが水場じゃ。水と人のシルエットでも描けばよい」
「それでは、このようなものは――」
俺はさっきよりもシンプルにした絵を描いて陛下に見せた。
「良くなってきたな。じゃが、色を使えばもっと伝わりやすくなるぞ」
「そうですね。流石は女王陛下です。では――」
俺は陛下の言葉に従いながら、徐々にイラストを単純化していった。
俺が狙っていたのは、前世で言うピクトグラムを作ることだ。
簡単なイラストで、言葉の違う人々に同じ意味を伝える。そんな標識を、こっちの世界の慣習に合わせて作ろうと思う。
「……これで主要3国の商人には伝わるであろうな。しかし、少数民族には――」
いつしか真剣にピクトグラムの作成に取り組みだした陛下は、的確なアイデアをどんどん出してくれた。
<神眼>による鑑定で言語能力に優れると書かれていた女王陛下は、予想通り、この問題を考えるのに向いた頭をしているようだった。
「なかなか良くなってきたな。後は実際に置いてみて、民の反応を見て改良していくのがよいじゃろう」
「そうですね。さっそく手配してみます」
女王陛下と俺がアイデアを出し合ってできあがったピクトグラムは、次々と街の各所に張り出されていった。
道案内のものや、売買交渉でよく使われるパターンなど、使えそうな図はどんどん試した。
そうして、ピクトグラムが普及するにつれ、ゴルドウェイの街の混乱は、嘘のようにしずまっていった。
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