異世界質屋と呪宝の少女

鈴木空論

プロローグ:異世界質屋と呪宝の少女

プロローグ1.呪いの宝石、目を覚ます

 商業都市サミエル。

 その賑やかな街の中心部から少し外れたところ、やや寂れた地域の入り組んだ路地を抜けた先に、古ぼけた小さな店があった。


 店の屋根には『オーエン質店』という看板が掛けてあり、玄関の横には『どんなものでも買い取り致します』という張り紙がされている。


 そんな店に一目で浮浪者とわかる身なりの中年男がやってきた。

 カランカラン、と玄関に取り付けられたチャイムが鳴る。


「いらっしゃい」

 カウンターで何やら作業をしていた少年が顔を上げる。

 少年は十七、八歳くらい、こういった店の店員にしては随分若い。短めの黒髪に少々痩せ気味の身体。寝不足なのか目元には隈があり、そのせいかやや目つきが悪い。


 浮浪者の男は少年を一瞥したあと、店内を見回した。

 質屋の中は外観から想像する以上に狭かった。四方の壁の棚には食器から衣類、玩具に書籍、剥製――ありとあらゆるものが身を寄せ合うように並べられている。

 少年は手入れをしていた何かの部品を背後の棚に片付けながら、

「見掛けない顔だね。最近この街に来たのかい」

 浮浪者は答えず、ポケットから何かを取り出すとカウンターにゴトリと置いた。


 青白い光を放つ見事な宝石だった。


「いくらだ」

 浮浪者がぶっきら棒に言う。

 少年は手袋を取り出して嵌めると、宝石を摘まみ上げた。

 光にかざして眺めたあと、ルーペで細部を観察し、再び光にかざす。

 しばらくそんな調子で観察をしていたが、やがて宝石を元の場所へ置いた。

 それから引き出しを開けてじゃらじゃらと何かを取り出す。

「出せるのはこれくらいだね」


 そう言って宝石の横に無造作に積み上げられたのは、たった十数枚の銀貨。

 ちょっと贅沢な食事をしたら無くなってしまうような額である。


「ふざけるな。この大きさの石ならもっと高く売れるはずだ」

 浮浪者は声を荒げた。「お前みたいなガキの目利きなんか当てにできるか。店主を出せ」

「生憎だけど、今この店を任されているのは俺なんだ」

と、少年は気後れする様子もなく言った。「確かにこの宝石の価値はもっと高いさ。だがあんた、これを一体どこでどうやって手に入れた? 盗んだかそれともヤバい筋から手に入れたか、いずれにしろ相当いわく付きの品だろう。そうでなきゃ、うちのような店に持ち込むわけがない」

「なんだと……」

「うちも慈善事業じゃないんでね。引き取れって言うならそれ以上は出せないよ。嫌なら他を当たってくれ」

「………」

 浮浪者は今にも殴り掛かりそうな形相で少年を睨んでいたが、やがてカウンターの銀貨を鷲掴みにすると大股で店を出て行った。

 カランカラン、と扉が閉まる。

「……おやおや、まさか商談成立とは。本当にヤバいもんじゃねえだろうな」

 少年はもう一度しっかり確認しようと宝石に手を伸ばした。


 その時、宝石が突然強く輝き始めた。


 室内の灯りがフッと消え、寒気にも似た息苦しさが店内を包む。

「な、なんだ?」

 少年は思わず立ち上がり、後ずさりする。


 宝石から液体のように光の粒が溢れ出した。

 光の粒は渦を描いて宙に集まり、やがて一人の少女の姿になった。


 青みがかった銀髪に、それに合わせたらしい白と瑠璃色のシンプルなドレス。見た目の年齢は恐らく十六前後と言ったところで、少年とさほど変わらないように思える。

 大きな目が印象的な整った顔立ちで、全体的に細めだが、女性的な魅力は十分に備えていた。


 その姿だけを見れば、貴族か大富豪か、その辺りのいいとこのお嬢様と言われても信じてしまいそうだ。

 ただし、少女は宙に浮いていて、青白い光に包まれ、その身体は半透明に透けている。

 どう考えても普通の人間ではない。


 少年はしばらく少女を見上げていたが、やがて、

「……参ったな。いわく付きどころか呪いの品ときたか」

 少女が目覚めるように目蓋を上げた。周囲を見回した後、少年を見下ろしながら口を開く。

「あなたが私の新しい持ち主かしら」

「一応そうなるな。というかお前さん、喋ることまでできるのか」

「……悪いことは言わないわ。早く私を手放しなさい」

と、少女は私は言った。「私は『災いを呼ぶ死神の石』。古い道具を扱っているようだし、名前くらいは聞いたことがあるでしょう?」

「災いを呼ぶ死神の石……」

 少年はその石の名を知っていた。

 この店の先代である師匠から聞いたことがある。


 災いを呼ぶ死神の石。


 手にした者にあらゆる不幸をもたらし、数多くの所有者を破滅させたという伝説の呪いの宝石。

 おとぎ話の題材などにもなっていて、この世界では子供でも知っているくらいに有名な石だ。


 まさか実在するものだったとは思わなかった。

 しかし……と少年は違和感を覚えた。

 師匠から聞いた話や、おとぎ話ではその宝石は確か……。

 少女は言った。

「その顔だと知ってるようね。ならわかるでしょう。この宝石はあなたなんかの手に負える代物じゃない。その若さで命を失ってもいいというのなら別だけれど」

 その口調にはまるで感情は込められていなかったが、冗談などではないことは十分に伝わってくる。

 少年は気圧されながらも口元に笑みを作って、

「そうだな。まさかそんな有名な御方が転がり込んでくるとは思わなかったよ」

と、言った。「だが、あいにくうちはお前さんのような品の扱いには慣れてるんだ。悪いが手放すつもりはない。呪いなんて怖がってちゃ商売上がったりなんでね」

「そう。残念だわ」

 少女は軽くため息をつき、スッと片手を上げた。「それならわからせてあげる」


 言い終わると同時に少女を包む光が強くなった。

 すると棚に置かれた小物のいくつかが淡い光に包まれ、ふわりと宙に浮く。


 少年が目を見張り、

「なっ……!」

「私がどれだけ危険な存在か教えてあげるわ」

 少女は冷たく微笑み、掲げていた手を少年に向けた。

 浮かんでいた小物たちが一斉に少年に襲い掛かる。

 少年は恐れおののき、慌てふためいて逃げ惑う――。



 なとどいうことはなかった。


「馬鹿野郎! 壊れたらどうすんだ!」

と、少年は怒鳴りながら迫りくる小物たちへ逆に飛び掛かった。

「え?」

 予想外の反応に少女が目を丸くする。

 少年は大の字に跳ぶと小物たちをまとめて受け止めた。

 真鍮の部品と陶器の皿を左右の手でそれぞれ掴み、分厚い本は胴体で受け、ナイフは口で文字通り白歯取りし、壺は足で挟んで固定。そのまま慎重に着地した。

「やれやれ、危ねえ危ねえ」

 小物を安全な場所へ仮置きすると、少年は少女をじろりと睨んだ。「……うちの大事な商売道具に手を出したんだ。覚悟はできてんだろうな」

「えっと……」

 少女は相手の気迫に思わず後退した。

 少年がにじり寄る。

 少女もさらに下がろうとしたが、背中が壁にぶつかった。


「へ?」


 少女は驚いた顔で振り返った。

 信じられない様子で壁をぺちぺち叩きながら、

「どういうこと? なんでこの壁、すり抜けられないの?」

「お前さんみたいな品の扱いには慣れてるって言っただろう。この店の壁にはちょっとした仕掛けがしてあってな。呪いだろうが幽霊だろうが通り抜けられないようになってるんだよ」

 少女がその声に振り返ると、すぐ傍まで少年が近付いてきている。

「な、なによ。逃げられなくしたところであんたにはどうすることも……」

「そいつはどうかな」

 少年は少女に向けて手を振り上げた。

 少女は反射的に、

「ひっ!」

と、小さく悲鳴を上げ、顔を手で庇いなら目を瞑った。


 少年はそんな少女の額をぺちっと叩いた。


「あ痛たっ!」

「……よし。これでとりあえずもう悪さはできないな」

「え……?」

 少女が恐る恐る目を開けると、自分の額に何やらお札が貼られている。

「うちの秘蔵の商品の一つ、魔封じの札だ。お前さんはその札が貼られている限り霊体――元の半透明状態には戻れない。宙に浮くことも、壁をすり抜けることも、物に触れずに動かすこともできない。ただの人間と変わらなくなったわけだ」

 そう言われて少女は確かめてみた。確かに浮けないし念動力も使えない。

 それに、半透明だったはずの自分の身体がはっきり実体化してしまっていた。

 慌てて札を剥がそうとするが札はしっかり貼り付いてびくともしない。

 少年は先程の小物たちを元の棚に戻しながら、


「剥がしたいなら止めないが、その札は粘着も強力だからな。無理に剥がすと顔の皮も持ってかれるぞ」


 少女は札から手を離した。

 それから少年をキッと睨んで、

「なんてことをしてくれたの。これ、剥がしなさいよ!」

「断る」

「それならあなたのこと、本当に本気で呪ってやるわ。心も体もボロボロになって、地べたに這いつくばりながら『調子に乗りましたごめんなさいもう許して下さい』って土下座しても許してあげないんだから! このみすぼらしい店も跡形もなく潰してやる。呪いを甘く見たことをせいぜい後悔しなさい!」

「……力を封じれば大人しくなるかと思ったが、まだ足りないか」

 少年はわざとらしくため息をつくと青い宝石を手に取った。

 少女はふふんと笑った。

「何をするつもりかしら。言っておくけれど、それを砕いたりしても無駄よ。私には痛くも痒くもないし、持ち主が変わらない限り呪いの対象が移ることもないのだから」

「その魔封じの札だけどな、力を封じる副作用みたいなもんで五感の共有って効果もあるんだよ」

 少女は目をぱちくりさせて、

「? 何よそれ」

「つまりな」

 少年はつつーっと人差し指で宝石を撫でた。


「ひゃうぅっ!?」


 少女が悲鳴を上げて身体を仰け反らせた。

 少年が、

「ああ、苦手なのかこういうの。ご愁傷様」

「な、なに今の。突然背中を指で撫でられたみたいな……」

と、少女はそこまで言いかけたが、「――まさか」

「理解したか。宝石に何かするとそれがお前さんにそのまま伝わるんだ。つまり……」


 少年は宝石を持っていないほうの手をわしゃわしゃ動かながらじわじわ宝石に近付け始めた。


 少女はサーッと青ざめた。

「や、止めなさい! 止めないと呪うわよ! 破滅よ、本当よ!」

「じゃあ降参するか?」

「誰が降参なんか――」


 少年は宝石を思い切りくすぐった。


「―――っ!!??!?!?」


 ほとんど悲鳴のような笑い声が店の外まで響き渡った。

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