プロローグ2.呪いの宝石、名を考える
数分後。
「調子に乗りましたごめんなさいもう許して下さい……」
と、少女は涙目でゼエゼエ息を切らしながら言った。
土下座はしていないが床に正座はしている。
少年も気まずそうに目を逸らして、
「俺も悪かったよ。店の事を悪く言われたせいでついカッとなっちまった」
そう言いながら少女の様子をうかがう。
少女はすっかり戦意を失っているようだった。
これならひとまずは暴れる心配はないだろう。
「俺の名前はトワル。お前さんの名は?」
と、少年――トワルは言った。
少女は目をぱちくりさせて、
「私はその宝石の呪いの化身よ。名前なんてないわ」
「それだと色々と不便だろ。災いを呼ぶ死神の石の化身さん、だといくらなんでも長いしな。適当に思いついたものでいいから何かないか?」
「そう言われても……」
少女は少しの間考えて、「じゃあ……フィオナ、なんてどうかしら」
「フィオナか……うん、いいんじゃないか」
トワルは頷いた。
「そ、そう……?」
フィオナは照れたような笑みを浮かべる。
「それじゃフィオナ。ちょっと店番頼まれてくれ」
「は?」
トワルは壁に掛かった外套を羽織りながら、
「ちょっと野暮用ができたんで出掛けてくる。なに、どうせこの時間は客も来ないしカウンターに座っててくれればいい」
フィオナは慌てて、
「いやいやいや。私なんかにお店任せるとか正気なの? 私呪いよ?」
「自分からそんな風に言うのならまあ大丈夫だろ」
と、トワルは言った。「それに、一応これも預かっておくしな」
そう言いながら手にしているのはフィオナの本体である『災いを呼ぶ死神の石』。
上着を少し開け、内側の隠しポケットに滑り込ませた。
トワルとしては何の気なしにそうしただけだったのだが、
「ひゃんっ!」
フィオナが悲鳴を上げた。
「へ?」
トワルがポカンとする。
フィオナは両手で胸元を押さえ、真っ赤になりながらトワルを睨んで、
「も、もっと丁寧に扱いなさいよ、バカ!」
「わ、悪い」
トワルも赤くなり、しどろもどろになりながら、「とにかく、余計な物には触らず大人しく待っててくれ。頼んだぞ」
そう言うとそのまま足早に店を出ようとした。
だが、ノブを掴んで扉を少し開けたところで振り返って、
「そういえばお前さんを売りに来たあのお客、どこの誰かとか知ってるか?」
フィオナは首を振った。
「いえ、知らないけれど」
「そうか。わかった。――それじゃ、すまないが頼むぞ。できるだけ早く戻る」
トワルは今度こそ店を出て行った。
店内がシンと静まり返った。
外からはかすかに喧騒が聞こえている。
フィオナは立ち上がると窓の外に目をやった。
木製の家屋がぽつぽつ立ち並び、石を敷き詰めて作られた通路が縫うように伸びている。
談笑している女性たちや、荷車を引く男性。段差を跳び越えて遊ぶ子供。
フィオナはそんな光景にしばらく眺めていたが、不意に肩を叩かれたような気がして我に返った。
振り返るがもちろん誰もいない。
恐らくトワルのポケットの中でまた宝石が擦れたのだろう。
気付いてから意識してみると、体中のあちこちが時折むずむずする。
トワルが言っていた五感の共有とかいうのは宝石と離れていても効果があるらしい。
「むぅ……」
フィオナは眉を寄せながら額の札を軽く引っ張ったが、やはり札はしっかり貼り付いて剥がせそうもない。
これを剥がしてもらうためにも、とりあえずは大人しく従うしかないか……。
「そういえば、店番してろって言ってたわね」
カウンターの椅子は硬そうに見えたが、座ってみると思ったより座り心地がいい。
フィオナは背もたれに体を預けて天井を見上げた。
なんだろう、この状況。
いつの間にやら完全に主導権を握られてしまっている。
「私、すごい呪いのはずなんだけどなあ……」
フィオナはぽつりと呟いた。
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