第50話『業火墜星』

 轟音。




 上空の防護結界を破壊し学園へと突入して来たのは、燃え盛る業炎の『彗星』だった。


 火属性+衝撃+朽化"複合術式"


隕撃天墜グランドクラッシャー






 張り巡らされた多重障壁を一瞬で突き破った謎の飛翔体に対して、蒼以外に反応していたもう一人。




 東帝学園学園長、神宮寺澄香はその危険性を即座に察知し迎撃行動を開始していた。


 魔力強化された脚力で空中へ跳ぶと同時に、召喚した大剣を振り翳す。放たれるのは、彼女を"剣豪"たらしめる至極の豪剣。




 藤堂一刀流×如月一刀流


『双流"奥義"・比翼双連刃』




 空を翔る双翼の如く。一つに融合した極大斬撃は、業火の猛威を両断し消し飛ばした。しかし澄香はすぐさま振り返ると、急迫した状況を示すように地上へと叫ぶ。


「――――天堂!!」




 澄香の声が届くより早く、蒼は動き出していた。刀を投げ捨てると、一気に雪華との距離を詰める。突然の行動に狼狽する彼女を――――蒼は強く突き飛ばした。




「逃げろ…………!!」


 その瞬間、再び虚空から噴き出した猛炎の『幕』が二人を呑み込む。




 上空の『隕石』から目にも留まらぬ速度で飛び出して来ていた、深紅の髪の男。灼炎を全身に纏い、"彼"は獰猛に嗤い叫ぶ。






「久しぶりだなァ…………天堂、蒼ィ!!」




『刻印結社』、番号刻印ナンバーズ"No.7セブン"。名を――――『紅蓮』。


 災厄の来訪を告げる尖兵は、両手を広げ堂々と地上へ降り立った。






 明確な『敵性存在』による襲撃。


 超一流の戦闘魔術師でもある東帝学園教員陣は、この異常事態を受け即座に行動に移る。




 無属性攻撃術式


『ブレイクバレル・アトラスバースト』


 狙撃銃スナイパーライフルから撃ち放たれる、爆撃性能を付加された魔力弾。万丈からの砲撃を、紅蓮は渾身の力で殴り返した。


「ッ、ほォ……ただのザコじゃァ無ェみてェだな。面白ェ……!!」


 紅蓮が愉快そうに笑いつつ手首をぶらつかせる中、冴羽は全身に火傷を負っている雪華を抱き起こす。


「っう……冴羽……先生……」

「意識あるわよね?しっかりしなさい……!」


 咄嗟に蒼が術式範囲外へ押し出した事で辛うじて直撃は免れていたものの、その爆発は余波だけで甚大なダメージを与える程の威力を有していた。




 そして彼女を庇った蒼は、全身を焼かれ意識も朦朧とした状態で紅蓮の足元に横たわっている。


「よォ……会いたかったぜ?テメェをブチのめしたくてよ〜〜〜仕方無かったんだわ」

「そう、かよ……コソコソ逃げ隠れてたのか知んねーが……俺はお前のコトなんざ、忘れてたわ……」


 息も絶え絶えになりつつも挑発的な声を返す蒼だったが、紅蓮は笑みを崩さないまま倒れ伏しているその背を容赦無く踏み付けた。


「なら良かったぜ……ブチ殺す前に、テメェに絶望と恐怖を刻む愉しみが出来た……!!」

「ッ…………!!」


 僅かな呻き声を漏らす蒼を、嬉々として踏み躙る紅蓮。




「怪我人いたぶって楽しむとか、番号刻印ナンバーズってのは随分やる事がチンケじゃないと名乗れないみたいね」


 その矛先を変えさせるべく冴羽が嘲るように吐き捨てるが、彼の残忍な表情と余裕は崩れない。




「あ〜〜〜……悪ィな、俺ァど〜〜〜も羽虫の言葉は聞き取れなくてよ。なんか言ったか?カス女」




 返されたその言葉に対し冴羽は、剣呑な眼光を向けながら立ち上がった。


「……雪華、楓さんが来るまでちょっと待ってなさい。アタシはブッ殺してくるから」


 首を鳴らしつつ長剣を召喚した冴羽へと、背後から歩いて来ていた万丈が声を掛ける。


「俺が隙を作る。見逃すなよ」

「了解です」


 眼鏡の奥から敵を睨み付けていた冴羽は、万丈に頷き返すと同時に目にも留まらぬ剣速でその刃を振り抜いた。




 無属性攻撃術式


『藤堂一刀流・避天ヒテン


 放たれた魔力斬撃を、紅蓮は手刀によって力任せに叩き折る。しかし一瞬の陽動によって生じたその隙を突き、全身を魔力で強化した万丈が突撃を仕掛けた。


 屈強な肉体から繰り出される、重戦車の如き猛攻。射撃魔術のみならず近接格闘にも長けた『万能の術師』万丈を相手に、紅蓮は互角の肉弾戦を展開していた。




 その背後から、高速移動で回り込んでいた冴羽の魔術剣技が襲い掛かる。


 無属性攻撃術式


『藤堂一刀流・空吼裂カラクサ


 次々と繰り出される連刃を、紅蓮は見向きもせずに放出した爆炎で迎え撃つ。そしてその上空から振り下ろされた澄香の剣撃をも、撃ち上げるような上段蹴りによって叩き返した。




 一人一人がA級魔術師を凌駕する程の戦闘能力を誇る、東帝教員陣。その彼等を相手取る紅蓮の力は、協会のS級最高戦力に匹敵するとされる番号刻印ナンバーズの名に相応しい圧倒的な"脅威"だった。




 そして三人を軽々と吹き飛ばした紅蓮は、その歪んだ笑みをスタジアムの観覧席へと向ける。


「俺に気ィ取られてるよォだが……ザコ共の方は留守で良いのかァ?」


 最悪のテロリストによる急襲を受け、逃げ惑っていた生徒達へと――――炎の砲弾が撃ち込まれた。


 しかし砲撃が迫る様を目の当たりにしながらも、冴羽達に一切の焦りは見えない。




 次の瞬間、紅蓮の炎は突如出現した『氷』に阻まれる。


 多くの生徒が残されている観覧席を業炎から守ったのは、戦場フィールドの周囲全方向を遮断するように構築・展開された巨大な防壁だった。


 紅蓮の超威力の術式を封じ込める大氷壁を一瞬で創り出したその青年は、普段通りの眠た気な声と共に姿を現す。




「三人とも下がってなよ。……コイツとは俺が一対一サシでやる」

「あァ?……なんだァテメェ……」




 日本魔術界に於いて、"天才"と謳われる魔術師の一人。久世 宗一は澄香達の横を通り過ぎると、怪訝そうにこちらを睨みながら首を傾げる紅蓮と対峙する。






 そして両者が同時に解放した、強大な属性魔力が衝突した。






 ◇◇◇




「師匠!!クソッ、開けろ!!ご無事ですか!!師匠!!」

「スティーブさん!!落ち着いて下さい!!」


 紅蓮の強襲を受け重傷を負った蒼の姿を、観覧席から目の当たりにしていたスティーブ。師を助け出すべくフィールドへ飛び降りようとしていたが、冷静さを欠いている彼を伊織が羽交締めにして何とか抑えている。


 久世が創り出した大氷壁は緊急時に備え予め待機状態で展開されていたようで、その術式硬度はスティーブの斬撃でも一切傷付ける事が出来ない程の代物だった。




 そこから少し離れた場所では、千聖と奏が生徒会を指揮して避難誘導を行っている。


「一瞬しか見えなかったが、あの男……!!」

「うん……間違い無い。あの『紅蓮』とかいうテロリストだよ……!!」


 氷壁の向こう側で、久世達と交戦していると思われる『侵入者』。以前工業地帯で遭遇したその男の桁外れの強さを、二人は鮮明に覚えていた。


「……心配なのは分かるけど……今は楓先生と未来を信じるしかない」

「そう、だな……」


 重傷を負っていた蒼と雪華の身を案じる奏だったが、冷静な千聖に諭され自分達が為すべき事を再認識する。




 一方でハルや絵恋などの生徒会メンバーに帯同していた天音は、彼女達とは別の懸念に焦りを募らせていた。




(沙霧、春川……無事なんでしょうね……!?)




 ◇◇◇





「なあ……なんか、変じゃねェか……?」

「あ?何がだ」



 魔術師協会日本支部のビルの地下フロアに潜入していた、啓治と創来と沙霧の三人。アランと日向の合流を待つ中で、ある"違和感"を口にした創来に啓治が反応する。




「アイツらが遅すぎるのもそうだけどよ……ココ、人の気配が無さ過ぎねェか?」

「……まァ確かに、妙ではあるな……」


 二人が一向に姿を見せない事に加えて、このフロアに入って一度も他の職員を見掛けていない。人影すらも一切無い、不気味なまでに静まり返った長い通路を見渡していたその時。


「ッ!!……皇君、漆間君……!!」


 その場に生じていた更なる異変に、沙霧が一早く気付き声を上げた。


 アランの幻術によって変化していた筈の、三人の外見が。その術式解除からは、術者である彼女の身に何らかのアクシデントが起こった事が推測出来た。


「……間違いなさそうだな」

「ああ……何か起きてんぞコレ……!!」


 根拠の無い不穏な胸騒ぎが、確信に変わる。最早疑いようの無い異常事態の発生を受け、三人はアラン達を探すべく動き出そうとした。




 その時。






 全フロアへ響き渡る轟音と同時に、ビル全体に凄まじい衝撃が走り抜けた。




 ◇◇◇




 数分前。


 魔術都市を覆う結界内部への物理的侵入という前代未聞の事態を受け、協会職員は皆が対応に追われていた。


 侵入者についての詳細把握、現場付近の結界修復に忙しなく動き回っている彼等は気が付かない。






 ――――エントランスに、ローブを纏った謎の人物が現れている事に。




 フードを目深に被っており、その素顔は隠されている。






 直後、何の前触れも無く――――その身体から、爆発的な魔力波動が炸裂した。




 ◇◇◇






 意識を失った状態で、通路に横たわっていた日向。


 足音が響く。




 "誰か"が倒れ伏している日向へ近付こうとしていた、その時。




「――――止まれ」


 背後から掛けられた鋭い制止の声に、その人物が立ち止まる。


 そこに立っていたのは、管理局魔術特務課の捜査官である本郷と柊だった。そして彼等の視線の先で振り返ったのは――――奇抜な服装に身を包み、異質な魔力を纏った一人の道化ピエロ






 魔術界の誰もが知る犯罪者――――刻印結社の『JOKER』の姿がそこには在った。






「アレ?動ける戦闘要員は全員『表』に出払ってると思ってたケド……」

「オレ達は遊撃だ。万一内通者ブタがコッチに残ってる可能性を考慮して待機してたんだよボケが」


 拳銃の銃口を向けJOKERを睨んだまま、油断無く声を返す本郷。


「何が目的で、どうやってここまで侵入して来たのか……洗いざらい吐いてもらうぞ」


 その隣では柊が、無数の射撃魔術を待機状態で展開していた。僅かでも動きを見せれば即座に術式を起動し制圧する構えを取っていたが、JOKERは一切焦る様子も無く悠然と語り掛ける。




「フフ……まァそう急かしなさんなって……まだ少し時間がある。キミらが今、一番気掛かりなコトを一つ教えてあげるよ」

「あァ……?」


 怪訝な目を向けて来る二人に対し、依然としてJOKERの余裕は崩れない。そして道化は――――その不気味な仮面へと手を掛けた。




 色鮮やかな面が、音を立てて床に落ちる。


「ッ…………!?」

「お前…………!!」




 その人物が自ら明かした『正体』に、本郷と柊は瞠目し言葉を失っていた。











 露わになった、その素顔は――――


























 ――――薄く笑う、風切アランの物だった。



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