第46話『蛇の道』

 夜、魔術都市歓楽街エリアにて。


「オイもっと飛ばせよ!!司さんの試合始まっちまうぞ!!」

「わーかってらあせらすな!!つか最初に空き時間でラーメン行きてェとか言い出したのはオメーだろがィ!!」


 鬼丸が運転するバイクの後部座席で、急かすように斯波が声を上げている。スラムで東帝戦を観戦していた彼等は、諸星の第二試合終了後魔術都市へと繰り出していた。


「まさか第三試合がここまで早くケリが付くたァな……」

「だね〜。瞬殺だったみたい」


 騒がしい二人の横では、同様にバイクを走らせる愛染が後ろに座る壬生の声に応えている。




 ◇◇◇




『神宮寺家』。


 国内最大の魔術旧家であり、日本魔術界に於いて絶大な影響力を有する一族である。


 百練の武技の使い手として知られる達士『神宮寺 叡山』。

 魔術科学の若き権威『神宮寺 時雨』。

 藤堂流、如月流の二大流派を極めた剣豪『神宮寺 澄香』。


 分家筋すらも優れた才覚を誇る人間を多く輩出して来た、生粋の『魔術師』の血統。


 その名門に生を受けた『神宮寺 奏』は、生まれながらに魔力保有量が少なかった。




 魔力量とは、その人物が秘める術師としての実力の指標そのもの。属性性質すらも与えられず、魔力を多く持たない人間に神宮寺家での価値は無い。しかし、彼女に『欠陥者』の烙印が押される事は無かった。


 奏が有していた力、それは――――




 ――――類稀なる『身体能力』と、強靭な『肉体』。


 近接戦闘能力も必要とされる現代魔術師にとって、その力は凡庸な人間には得難い『才能』であった。




 ◇◇◇




 東帝戦、準々決勝第三試合。


『神宮寺奏』VS『如月士門』。


 卓越した格闘術と剣術を以て風紀委員会を束ねる『剣鬼』と、学園最速の『風神』に匹敵する力を持つとされる『雷神』の戦いは――――瞬殺と呼ぶに相応しい決着を迎えた。




 試合開始直後。


 短期決戦で勝負を決めるべく、形態変化を発動しようとした士門。雷属性術式の構築に要した、僅かな時間。その一瞬の隙を、奏が逃す筈は無かった。


 雷鳴すら凌駕する、超速の一閃。振り抜かれた居合の一刀は、魔力が収束しつつあった士門の胸元を深々と斬り裂いていた。




「――――……遅い」

「もうちょっとありますやん……手心とか……」


 倒れ伏す士門へと冷淡にそう告げた奏は、鞘へとその刃を収める。




 如月士門、準々決勝敗退。


 神宮寺奏、準決勝進出。




 ◇◇◇




「いやー……あそこに立ってんのがオレ達じゃなくて本当に良かった」

「もうアレ容赦無いとかそういう次元とちゃうやろ……」


 フィールドに転がっていた士門が回収されていく様子を、湊と亜門は同情するように見下ろしていた。




「そういや……ハルと絵恋はどこ行ってん?」

「そりゃ当然"先輩"の応援だろうよ」




 ◇◇◇




「気を付けて下さい、会長。あの男の事です、きっと悪辣な奸計を巡らせて来るに違いありません」

「んもお〜心配しなさんなってハルう。どーせ雪華が勝つからさあ」

「副会長はちょっと、黙ってて下さいっ……!」


 蛇島との第四試合へと向かう雪華を送り出すべく、千聖・ハル・絵恋ら生徒会メンバーが彼女の元を訪れていた。注意を促していたハルだったが、千聖に抱きつかれ鬱陶しそうに押し退けている。


「蛇島先輩は手強いでしょうけど……頑張って下さい」

「ありがとう、絵恋。ハルも、心配してくれてありがとう」


 絵恋からの言葉を受け取った雪華は、入場ゲートへ赴くべく歩き出した。




 ◇◇◇




 中央フィールドへ続く通路を進んでいた蛇島だったが、ふと廊下の壁に背を預けていた一人の人物の姿に目を留める。


「……お前がここまで積極的な姿勢を見せるとはな。正直、意外だった」

「るッせェなァ……あの獅堂バカが寝てる以上、俺達がやるしかねェだろォがよ」


 声を掛けて来た諸星に応えながら、彼の前を通り過ぎる蛇島。




旧家連中ブタ共にも生徒会連合レンゴーにも、もう一度理解させとく必要がある。俺達の力と……アイツらの下らねェ体制の、脆弱さをな」


 そう言い残した蛇島は、歩を止める事無くゲートの先へと向かって行った。




 ◇◇◇




 そして始まった第四試合。


『黒乃雪華』VS『蛇島司』。


 その戦いは奏と士門による第三試合とはまた別の、意外な展開を見せる事となる。




 フィールドの端から端まで吹き飛ばされるも、魔力によって創り出した氷山に着地し体勢を立て直す少女。その眼前に立ちはだかっていたのは――――




 ――――暴れ弾ける魔力を纏った斧刃を手にした蛇島だった。


「…………」


 蛇島は口を開く事無く、一つ首を鳴らすと再び地を蹴り疾駆する。振り抜かれた片手斧から繰り出されるのは、荒れ狂う魔力斬撃の嵐。


 無属性攻撃術式


刃廻乱セイバーツイスター




 雪華は氷属性を帯びた防御障壁を展開するが、蛇島は既に脚力強化によって跳躍しつつ再びその斧刃を振り上げていた。


 無属性攻撃術式


巨人殺斬ギガントキリング


 片手斧に纏われた魔力が形成していく、追撃の巨刃。対する雪華もまた、斬り上げるような大鎌の一撃で迎え撃つ。


 氷属性攻撃術式


氷斬鎌刃アイシクルセイバー




 空中で衝突する双撃。


 "因縁"を持つ二人の戦いは、互いに一歩も退く事無く更に加速していく。




 ◇◇◇




「――――ッ……!」


 鈍い痛みと共に、覚醒する意識。


 第三試合で諸星に敗れ気絶していた日向は、演習場スタジアムの医務室で目を覚ました。


「日向君……!もう意識が戻ったの……!?」

「おお、居たのか未来さん。うん、なんかアバラがクソ痛ェけどまァ、大丈夫」


 ベッドの傍らで治療を行なっていた未来は、起き上がって来た日向の様子に目を見開きつつも通信デバイスで医療主任の篠宮と連絡を取る。


「あ、楓さん。日向君もう目が覚めたみたいです。……はい、私も驚いてます」


 その異様なタフさに通話口の篠宮も驚愕していたようだったが、ひとまず安静にして彼女の到着を待つ流れとなった。再びベッドに寝転がった日向だったが、ふと壁面に掛かったモニターの映像に目を留める。そこには現在演習場スタジアムで進行中の、雪華と蛇島による第四試合が映し出されていた。


「今戦ってんのはあの二人か……」


 中継を眺めている日向の横顔を傍目に、治療を続けながら未来が口を開く。


「日向君も惜しかったね……一年でベスト8まで行けたのもそうだけど、諸星君とあそこまで戦えてたのは本当に凄いと思うよ」

「うん、ありがと。つっても正直完敗だったわ。……また鍛え直してくよ」


 そう応える日向だったが、雪華達が繰り広げる戦いに目を向けながらふと未来へ問いを投げ掛ける。




「それよりさ……司って、あんな強かったのか?」

「ああ、そっか。日向君は多分知らないよね」


 その視線の先にあったのは、学園"2位"の実力を持つ雪華を相手に互角以上に渡り合う蛇島の姿。彼の強さは理解していたつもりだったが、その戦闘能力の高さを改めて目の当たりにしている日向に未来が意味深な言葉を放つ。




「私達の代で、三強って呼ばれてる三人のことは知ってるよね?」

「あーうん。確か……蒼と雪華さんと、あと獅堂だろ?」

「そうそう。だけど、私達がまだ一年生だった頃は――――」


 そして未来の口から語られるのは、志を抱き東帝の門を潜った彼等の『過去』。




「――――そのビッグ3の内の一人が、雪華ちゃんじゃなくて蛇島君だったの」




 ◇◇◇




 二年前。




「ゆーきーかーっ♪」

「おはよう、千聖」


 学園前の街道を歩いていた黒髪の少女、『黒乃 雪華』。彼女に背後から抱き付いたのは、パンダを模したパーカーを羽織った少女『白幡 千聖』だった。


入学式きのうの挨拶、やっぱキンチョーした?」

「うん、まあ少しはね。無事に終わってほっとしたわ」

「まーたまたあ。首席の余裕が滲み出ちゃってますよお?」


 入学試験でトップの成績を収め、先日の式典にて新入生代表挨拶を務めた雪華。千聖に軽く茶化されながらも、二人は桜並木に囲まれた正門通りへ入って行く。




「あたしのクラスでね、むっちゃ可愛いコいんの。多分雪華とおんなじくらいモテてるよ。髪はふわっふわで胸もデカかったし」

「朝から何言ってるの……」

「や、マジで。ぶっちゃけ感触的にDはあったよ。アレでまだ伸び代ありそうな成長中っぽいのが未来の恐ろしいとこだね」

「私に紹介するよりまずその子に謝りなさい」


 彼女達と同様に、真新しい制服に身を包んだ初々しい多くの生徒が登校していたが――――その時。






 遠方から聞こえて来た、謎の破砕音。


「……え、何の音コレ」


 続けて学園の方角から伝わって来る微かな魔力の余波に、何らかの事態発生を感じ取った周囲の生徒達が次第に騒めき始める。そんな中、向こうから走って来た事情を知ると思しき一人の男子生徒が、息を切らしながら声高に叫んだ。




「喧嘩だ喧嘩!!一年が二人、正門広場でり合ってる!!――――『蛇島』と『天堂』だ!!」




 ◇◇◇




 女子生徒達の悲鳴と、魔力による斬撃が飛び交う正門広場にて。


 吹き飛んで来た茶髪の少年の身体が激突し、広場の噴水がへし折れる。その付近の正面ロータリーへ轟音と共に着地したのは、片手斧を担いだ白髪赤眼の少年。




「テメーのツラと名前は知ってんぞォ!!随分とハバ利かせてるらしいなァ、おォ!?天堂蒼ィ!!」

「そういう熱烈なアプローチは女からしか受け付けてねーんだわ。つーか反射シールドは反則じゃねーか?」


 荒々しく叫ぶ『蛇島 司』の声に、瓦礫の中から平然と起き上がりつつ『天堂 蒼』が応える。彼等二人は入学時に筆記試験と同様に行われた魔術技能戦闘試験にて、首席の雪華をも凌ぐ成績を収めていた鳴り物入りの"新星"だった。




「誰か柊先輩か一条君連れて来なさいよ!!早く!!」

「トシさんは屋上だろうけどカズヤはこの時間まだ寝てんじゃねーか?」

「オイ!!なんかスラムでもっととんでもねェ一年が暴れてるらしいぞ!!一人で五十人くらい薙ぎ倒したライオンみてェなデカブツがいるってよ!!」

「なんソレ比喩?」

「いやマジで。ホレ、動画ムービー

「あーーーナルホドまんま猛獣だわコレ。うーわ片っ端からノされてんな。悲惨」

「どいつもコイツも怪物バケモンすぎンだろルーキー世代……こんなんで東帝ウチは大丈夫か……?」

「今年は特に収集つかなくなりそうね……」

「久世Tティー達に頑張ってもらうしかないでしょ……」

「昴さん居た頃は平和だったな……戻って来てくんねェかなァ……」


 蛇島と蒼が乱戦を繰り広げている周囲では、歓声を上げる者や鎮圧出来る人間を呼びに行く者など、上級生達が多様な反応を見せている。


 鮮烈なデビューを飾った二人を筆頭として、彼等新世代は目覚しい活躍と共にルーキーイヤーを駆け抜けた。




 東帝戦では、蛇島の『反射術式リフレクトフォーミュラ』を破るべく"術式切断術式"『斬界』を開発した蒼が、一年生としては若狭憲吾以来十一年ぶりとなる個人戦優勝を成し遂げる。


 一方で雪華と同様の高い実務能力を見出され抜擢された『綾坂 未来』と『神宮寺 奏』の三人が生徒会役員に選任され、また絶対王者の蒼と引き分ける程の"怪物"『大文字 獅堂』を始めとした実力者が学年全体を牽引した。




 しかし――――




 ――――学園の影で、悪意と陰謀は蠢く。




 ◇◇◇




 魔術都市、某所にて。




「『表』の人間というのは、何時の世も目障りなものですな……」

「いやはや、全くその通りだ……」


 薄暗い一室で、談義を交わす男達。密かに会合を行なっていたのは、魔術界に於いて多大な発言力と影響力を有する『旧家』の人間だった。




「東帝では外部出身の人間が力を付けて来ているようですぞ……特に『天堂』と『蛇島』、あの二人が厄介でしてな。どうにか排除できないものか……」

「大文字獅堂、奴と潰し合わせるのか如何ですかな?」

「いや、止めておくべきだろう。あの男は戦国と同期の碇や城戸に目を掛けられている。奴等を敵に回すのは得策ではない」


 男達が話題として挙げていたのは、学園内部に於ける勢力図について。東帝は魔術界の縮図として捉えられており、術師の社会の舵取りは『名家』が担うべきと考える彼等にとって、蒼や蛇島が台頭して来ているこの状況は快く思われていない。


「だが……このままでは均衡は崩れていく一方だ。何か手を打たねばなるまい……」

「『一条家』の嫡男に手綱を握らせておくのは如何です?」

「いや、あの男は使えんでしょう。第一『魔術旧家』としての自覚がまるで無い」

「ですが彼以外に奴等を止める事が出来る人間は居ないのでは……?」

「斯くなる上は、斥候を差し向ける事も検討すべきですな……」

「争いも止むを得んか……だかその機に乗じて、奴等の力を削ぐ事が出来れば……!!」


 次第に男達の論題が、学内での派閥抗争を嗾けるような内容に流れ始めていたその時。




「いやいや……有象無象を送り込んだ所で、容易く蹴散らされるのは目に見えてるでしょうに」


 話に割って入るように、一人の青年がその部屋に姿を現した。


「君は……」

「神宮寺君……!!」

「嫌ですねェ、堅苦しい。シオンで良いと言った筈ですよ?」


 周囲の人間にその名を呼ばれながらも、気に留める事無く双彩の瞳オッドアイの青年は言葉を続ける。


「彼等は最早我々『旧家』にとって、紛れも無い障害ですが……困った事にこちらには、対抗出来るだけの力を有した手駒が無い。これでは彼等の専横を止める術が無い、と……現状はこんな所ですか?」

「そこまで解っているならば……是非とも君の考えを、お聞かせ願いたいものだな」




 窮状を嘲るようなその言葉に男達が鼻白むが、青年は軽薄そうな口調を崩さないまま小さく嗤った。




「まずは……擁立するんですよ。我等の意のままに動く――――傀儡を、ね」






 ◇◇◇




『黒乃財閥』。


『表』の経済界と『魔術都市』の魔術界の両方にパイプを持ち多くの魔術事業を抱えるその企業集団コンツェルンは、『神宮寺家』に迫る程の財力・影響力、そして強大な支配力を有した一族だった。




 邸宅の一室にて、長大な食卓に着く二人。


「――――……学業は順調か?」


 黙々と食事を続けていた怜悧な風貌の男性が、向かいに座る自身の"娘"へと不意に声を掛ける。『黒乃財閥』総帥であり父親でもあるその人物、『黒乃クロノ 景一ケイイチ』からの問い掛けに雪華は静かに口を開いた。


「ええ、勿論です。特殊魔術の修練も、恙無く進んでいます。安心して下さい」

「……そうか。――――雪華」


 話を聞き終えた景一から不意に名前を呼ばれ、僅かな驚きを浮かべつつもカトラリーを置いて向き直る雪華。


「近く、会長選が行われるらしいな」

「はい……恐らく、一条先輩が次期会長に立候補されるのではないかと思いますが……」


 景一が言及したのは、雪華が所属している『生徒会』の会長選挙について。


 東帝学園に於いて、『生徒会長』という地位ポストが持つ意味合いは大きい。


 諸委員会に属する全ての人員への強大な命令権限。そして多くの若く有望な魔術師達の先頭に立つ、次世代のアイコンとしての役割を担う事になる。




 一条カズヤの名前を挙げつつそう答えた雪華に対し、景一が続けたのは彼女を更に驚かせる言葉だった。




「――――お前にも、会長選に出馬してもらいたい」

「!?……私が、ですか……?」


 予想外の要請に目を見開く雪華だったが、景一の表情に一切の変化は見えない。


「今日の昼、旧家の人間が訪ねて来た。……今の東帝には、腕の立つ『表』の人間が何人かいるそうだな」

「っ……」


 雪華の脳裏に浮かぶのは、『三強』と謳われる程の実力を有した三人の外部出身者アウトサイダー


「その状況が、どうにも奴等は気に食わないらしい。お前を学園のトップに据えて、そういった人間を牽制する狙いがあると見える」


 東帝内部のパワーバランスを憂慮した魔術旧家の人間から、この話を持ち掛けられた事を明かす景一。


「はっきり言って、東帝の内部抗争になど全く興味は無いが……連中に貸しを作っておくのは悪くない」

「それは……っ、ですが……」


 逡巡しているような声を漏らす雪華だったが、言い淀む娘に対して景一の冷淡な態度が崩れる事はやはり無かった。




「――――私はお前の力量ならば、問題は無いと考えていたが……見込み違いだったか?」


 しかし。その言葉に隠された期待は、彼女を奮い起こすには充分なものだった。




「分かりました。御父様が望むのであれば……期待に添えるよう、全力を尽くします」




 ◇◇◇




 そして、きたる2月。


 生徒会選挙にて、黒乃雪華が次期会長へと名乗りを上げた。


 異例の事態は当然物議を招いたが、当時の副会長であった一条カズヤが会長選を辞退した上で雪華を推薦。カズヤの副会長続投を条件として選挙管理委員会がこれを受諾し、全校生徒の過半数からの承認を得て雪華が当選する。


 こうして東帝史上初となる、第二学年の生徒を体制のトップとした第一次黒乃政権が発足した。


 この出来事は、東帝学園に大きな波紋を齎す事となる。




 ◇◇◇




「よーバカ兄弟、読み終わったから返し来たぞーって……」


 1-Bの教室へと訪ねて来たのは、漫画を小脇に抱えた黒髪の少年『湊 紅輔』。ドアを開けた彼の視界に飛び込んで来たのは――――


「決めろ亜門!!」

「止めてくれ士門!!」

「「どォッらァアアアッッ!!」」


 ――――教室の内装をハーフコートに改造し、バスケットボールに興じている男子生徒達の姿だった。


 そしてその少年達の中心で激しく競り合っているのは、入学してまだ数週間にも関わらず学園中にその悪名を轟かせている稀代の問題児兄弟。『如月 亜門』と『如月 士門』だった。




「何や、来とったんかベニ。オマエもやってくか?」

「やるワケねェだろうが……つーかお前ら、また蒼さんにケンカでもフッ掛けたのか?」


 ゴール前にボールを放り投げこちらへ歩いて来た如月兄弟に対し、湊は一連の奇行に呆れつつも彼等の包帯だらけの顔面に言及する。


「あー、今回はまァ調子がアレやっただけや。次は勝てる」

「"奥義"さえ完成すればあとはコッチのモンや。もう遅れは取らん」

「よくやるなホント……」


 入学以降『大物狩り』を果たすべく、学園最強たる蒼へ幾度と無く勝負を仕掛けていた亜門と士門。しかしその都度派手に蹴散らされ、まとめて返り討ちに遭う二人の姿は最早生徒達にとって見慣れた光景になりつつあった。




「そういや、お前ら大文字さんとか蛇島さんとは戦り合ってねーのか?」


 性懲りも無く強者へと挑み続ける二人に対し、湊はふと生じた疑問を投げ掛ける。


「あー、獅堂クンにはこないだ半殺しにされたわ」

「あのヒマ潰しにスラムカチ込んだ時か。イッチとジーコには勝ったけどその後ボコされたやつな」

「やっぱイカれてんなお前ら……」


 その真性の戦闘狂ぶりにドン引きしている湊だったが、士門は彼が口にしたもう一人の実力者について思い起こしていた。


「司クンとはあんまし会わへんからなァ……そもそも学校来とるんか?」

「まァあの人も大概自由だしな……正直オマエら以上にやりたい放題やってんだろ」




 これまで東帝学園の『負の側面』として暗に忌避されて来た、魔術界の特権階級『旧家』による学内差別の存在。しかし蒼や蛇島といった強大な力を持つ一般人の登場によって、その在り方はこの一年で大きく変化した。


 階層意識に一切囚われる事無く、己の実力のみで横暴を蹴散らす彼等は今や多くの生徒達から支持を集めている。


「『反射』さえどうにか出来れば勝てそうな気はすんねんけどな……」

「お前らの属性術式の練度じゃまだ無理だろ。天堂さん以外にあの人が倒されるビジョンが見えねェわ」


 一対一の戦闘に於いて、無類の強さを誇る蛇島の『反射シールド』。その防御を破るには属性魔力等を用いた全方向からの包囲攻撃によって防御カバー範囲を外すといった方法があるが、彼の高い戦闘能力がそれらの対抗手段を至難の業にしていた。


 近代魔術史に衝撃を走らせた『斬界』のような規格外の特殊戦術を除いて、蛇島司を倒す手立ては皆無に等しい。




 そのまま雑談を交わしていたが、数分後。湊の携帯端末から着信音が鳴った。


「お、奏さんから電話だ。はァいもしもーし」

『湊貴様どこで道草を食っている!!一条副会長と大文字が交戦中だ、さっさと合流しろ!!』

「ほっほォそいつは面白そ……じゃなかった、了解っス急行します。じゃあなクソ暇人共」


 風紀委員会の上司に当たる人物からの要請を受け、腰掛けていた机から立ち上がった湊はそう告げると教室を後にする。そしてその場に残された亜門と士門は、去って行く彼の背中を見送りながら口を開いた。




「今日の夕飯どないすんねん」

「同時に案出すか」

「「せーの」」

「丼」

「麺」


 その瞬間互いへ叩き込まれる拳、揃って床にひっくり返る二人。




 ◇◇◇




 校舎裏で、咥えた煙草に火を付ける蛇島。壁に背を預け静かに息を吐き出す彼の前に、三人の少女が姿を現す。


「……何の用だ」


 宙を仰いだまま口を開く蛇島に対し、雪華は立ち昇る煙を意に介する事無く薄い笑みを浮かべていた。




「……皮肉なものよね」

「…………あ?」


 何の脈絡も無く彼女が発したその言葉に、訝し気な目を向ける蛇島。


「誰よりも戦いを好む貴方の存在が……この学園に秩序を齎してる」


 魔術旧家の人間をも脅かす程の蛇島の凶暴性によって、一般生徒達の学園生活が守られている事実。




「おー……よく解ってんじゃねェか。ついでにあんなクズ連中に迎合する自分達テメェらの愚かしさも理解しとくか?」

「貴様……」

「おッと悪かった。矜持プライドに障ったんだ?」


 蛇島からの返答に、雪華の隣にいた奏が一歩前へ出ようとするが彼が続けた言葉に黙り込む。その苛立ちは学園の平和を保つべき『風紀』としての物か、若しくは『旧家』として弱者を守るべき自分自身への物か。




「その言い方は……ちょっと酷いんじゃないかな」


 そんな彼女を庇うように、静かながらも強い意志を感じ取れる声で未来がそう言い放つ。蛇島は不愉快そうに視線を外すと、立ち上がり彼女達に背を向けた。




「要件があるならさっさと言え。本題に入る気が無ェなら……今すぐ消えろ」


 僅かな怒気を孕んだその鋭い声に対し、雪華は一切怖気付いた様子無く応える。


「学園の全生徒を守る生徒会として……に対する貴方の暴行を、これ以上看過する訳にはいかない。――――蛇島君」




 彼女の目に宿る光もまた、紛れも無い『戦意』。




「貴方に、決闘を申し込む」

「…………あァ?……本気かテメェ」


 その言葉を受け、静かに振り返る。




「貴方が勝てば……私は、生徒会長を辞める」

「なッ……!?」

「雪華ちゃん……!?」


『敗北したならば、学園のトップから退く』。雪華が提示したその条件に、傍らの未来と奏は瞠目するが彼女の表情に変化は無い。


「けど、もし貴方が敗けたなら――――




 ――――その時は、私に従ってもらうわ」


 互いが懸けるのは、誇りか進退か。学内の勢力図を大きく書き換え兼ねない決闘だったが――――その宣戦布告を、彼が受けない筈が無かった。




「フン……上等だクソカス。後悔すんなよ」


 蛇島は不敵な笑みを貼り付けたまま、雪華へと煙草の火を差し向ける。




「だったら俺が敗けたら……東帝ココから出て行ってやるよ」





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