第37話『エンターテイナーズ』
「ちょっとアンタ、もう歩いて大丈夫なの?」
「あァ、問題ねェ。最低限の治療は済ませた」
結城との激戦を終えた直後。伊織は天音達と共に、
「戦況はどうなってるって?」
「皇君からは、今の所膠着状態って送られて来たけど……」
「ハハ、最高じゃねェか」
沙霧から現地の状況を聞かされた伊織は、ふらつきながらも愉快そうに歩を進める。
「別に中継でもいいんじゃないの?なんでわざわざ……」
「あのバカと如月さんの戦いだぞ?ンな面白ェモン、直接観ねェのは勿体ねェだろ」
「あっきれた…………しょうがないわね……」
実地観戦に拘るその理由に呆れながらも、伊織に肩を貸すように体を寄せる天音。
「……お前、あんま無理すんなよ?」
「あんたに言われたくないわ……!!」
意外そうな目を向ける伊織だったが、天音に脇腹を小突かれ苦悶の表情を浮かべていた。
◇◇◇
「なっ……
「うん。伊織が勝ったって」
第三演習場での試合結果は、教員専用観戦ルームにも伝わっていた。久世からその報せを聞いた冴羽は愕然としていたが、蒼は楽しそうに笑っている。
「まァ、
「アンタがデカい
「なァんでだ師匠なんだからいいだろがィ」
毒づく冴羽に口を尖らせながらも、躍動する『新星』達に考えを巡らせる蒼。
日向や伊織は戦いを経る程に、驚異的な成長速度で進化しつつある。恭夜が見出した彼等の潜在能力は、蒼の想定をも超え始めていた。
『――――今年はお前でも、そう簡単に勝てるかは分かんねェぞ』
かつての恭夜の言葉を思い起こしながら、不敵な笑みを更に深める。
◇◇◇
「はいはーい、もしもし?」
着信音に気付き、携帯端末を起動するアラン。Sound Onlyのホログラムから聞こえて来たのは、やや興奮気味の徹彦の声だった。
『風切さん、試合見た!?』
「見た見た、実地で。ビックリだよねー結弦さんが敗けるとか。てかテツ君どこいんの?」
『部屋から配信で見てた』
「
『そうだね〜……行く、か……』
通話しながら第二スタジアムへ歩いていたアランに誘われ、面倒そうな声を上げながらも身体を起こし支度を始める徹彦。
『あ、ついでに売店でサンドイッチ買って来てくんない?お腹すいちゃった』
「あーはいはい、フルーツサンドね。凪ちゃんの分も買っとく?」
『いや、いいでしょ。なんか今日は見当たんないし。居たらあたしのあげるから』
買い物を頼まれた徹彦だったが、ふと部屋のモニターに映っていた日向と亜門の戦いに目が留まる。
「……凄いよねー今年の一年。日向君も御剣君も大活躍しててさァ……華っつーか、スター性あるよね」
『そう?去年のテツ君も結構騒がれてたよ?』
「俺はただ能力が物珍しかっただけだよ……」
徹彦の自虐に笑い声を上げるアランだったが、彼女もまた感心するように同意の言葉を返した。
『まー言いたいコトは何となくわかるよ。蒼さんとか亜門とかもそうだよね。人とは違う"何か"を持ってるカンジがする』
――――『才能』、『カリスマ』、『実力』。どうしようも無く人を引き寄せる、何らかの"力"を彼等は持っている。
「そういう星の下に、生まれた人間なんだろうねー……」
◇◇◇
「――――昔、ジジイが言うとった」
「あ?」
唐突に語り掛けて来た亜門に、日向が怪訝な目を向ける。
「『強さ』言うんは『自由さ』やってな。どんだけの『型』をブチ破れるか。『変化』を恐れて1秒でも
「……何が言いてェ?」
亜門が続けた言葉は、彼等二人の共通項。
「キミはオレらと同種の人間や。
革新し続ける時代、その先頭を走る者同士としてのシンパシーを口にする亜門だったが、日向は挑発めいた笑みと共に言葉を返す。
「褒められてんのか貶されてんのか……言うコトが一々小難しいんだよ。オマエさては捻くれてんな?」
そして両の掌から爆炎を放出し、生み出した爆風に乗り遥か上空へと飛び上がった。そこから蹴り下ろされた日向の右脚が撃ち出すのは、煌々と輝く紅炎のレーザー。
火属性攻撃術式
『戟衝破』
流星の如き一条の熱線に対し、亜門もまた刃を構え迎撃する。
皇重工製魔術武装『翠月』。翡翠色の鋼を鍛え上げ造り出されたその双剣に、烈風の魔力が纏われていく。
振り抜かれた刃から放たれるのは、唸りを上げる斬風の大砲。
風属性攻撃術式
『
地上へ撃ち込まれた『炎』と、天空へと突き上げられる『風』。二つの属性魔力が激突し、凄まじい衝撃が吹き抜ける。その時、爆煙に紛れるように亜門の姿が掻き消えた。
「ッ!!」
高速移動の発動に、咄嗟に防御の構えを取る日向。しかし次の瞬間――――ガードが完成するよりも速く現れた亜門が、豪快な蹴りを日向の脇腹へと叩き込んだ。
「カハッ……」
痛烈な一撃に日向の口から空気が吐き出されるが、更なる追撃は止まらない。
亜門の全身から放たれる風は、天音や日向と同様の『気流飛行』を可能とする。
縦横無尽に空中を飛び回り、四方八方から日向へ襲い掛かる連刃。上下前後左右、全方向からのヒットアンドアウェイによって、一方的に削られて行く。
「野郎ォッ……!!」
全身から火炎を放射する日向だったが、亜門はその反撃の僅かな『隙間』を即座に見切っていた。揺らぐ炎の境目、その『攻撃経路』へと一気に侵入すべく、魔力を固め空中に創り出した『足場』を鋭く踏み込む。
爆発的加速からの、突撃。
「……トロすぎてアクビ出て来そうや」
風属性攻撃術式
『如月一刀流"居合"・
納刀状態から繰り出された居合の一刀が、炎壁を斬り破り日向の肩口をも掻っ裂いた。
◇◇◇
『速い速い、速すぎるーーーッッッ!!やはり"学園最速"ですッ、如月亜門ッッッ!!』
『反撃すら許さぬ超高速戦闘!!「風神」は今日も止まらない!!』
「やっぱり強いね〜亜門君。去年と比べてスピードも相当上がってるし」
「フン……まだ無駄な動きは多いがな」
『保健委員会』と『風紀委員会』、二つの集団の長である少女達。綾坂 未来は興味深そうにバトルフィールドを見やっていたが、神宮寺 奏は
「でも、『雷』でも『光』でもなく、『風』であそこまで速くなるって、やっぱり凄いと思うよ」
「そうだな……だが、春川もよく喰らい付いてる。一昨日と違って、
そして未来が言及したのは、他の追随を許さない亜門の圧倒的な戦闘速度について。
まず第一に、八つ存在する属性魔力の中で、速度的性質に最も長けているのは『雷』もしくは『光』である。当然それらの属性の使い手も東帝には多く在籍しているが、では何故『風属性』使いの亜門が"学園最速"と謳われているのか。
その『速さ』のメカニズムは、術式の始動から完成までの『発動速度』にあった。
魔術の発動体系は、魔力を集め術式を組み上げる『構築』とその術式を体外空間へアウトプットする『展開』によって構成されている。
しかし『雷』と『光』の二つはそれぞれ『炸裂』と『拡散』の性質を持つ為、構築するまでの魔力の『収束制御』に時間を要する。一方で亜門の風属性魔術は、展開後のスピードこそ二属性に劣るが構築速度では大きく上回っていた。
即ち、雷属性もしくは光属性の使い手が魔術を発動する時――――亜門は既に、
日向も善戦してはいるものの、未来の回復術式による支援を得ていたタッグロワイヤルの時とは違い、一方的に押し込まれ劣勢へと追いやられつつあった。
パワー、スピード、テクニック。あらゆる能力面で、亜門は日向よりも明確に優れている。このまま戦っていても、恐らく日向に勝機は無いだろう。
風属性魔力×強化術式
『
剛速で蹴り下ろされた一撃が、防御の上から日向を叩き飛ばした。あわや場外かと思われたが、ジェットのような噴炎で強引に軌道を変え何とか立て直す。
「……さっきから思っとったが、エラく空中戦に拘るんやなァ。何か狙っとるんけ?」
その時亜門は、空中というフィールドに執拗に留まり続ける日向に疑問の声を放つ。
「狙うも何も……お前を頭の上で好き勝手飛ばせとくワケにはいかねェだろうがよ。言わなきゃ解んねーのか、それとも解ってて言わせてんのか?」
亜門だけを上空で自由に飛び回らせていても、戦況は日向へ不利に傾いていく一方である。
「ハハッ、成程。狙い撃ちされるんが嫌っちゅーワケかい。まァ地上も空も関係無い、オレのナワバリはこの
「ハナから逃げる気は無ェよ……!!」
日向はそう言い返しながら、続け様に放たれる風の斬撃を蹴りで弾く。しかし亜門はそれらの爆風の余波を、気流操作によって周囲の空間へと集め『回収』していた。
自己補填による『魔力の循環』が、高速化状態の継続を可能とする。
風属性魔力×強化術式
『形態変化・風神』
亜門の全身へと纏われていく、渦巻く疾風の『鎧』。
「出た、『風神』……!!」
創来と共に観戦していた啓治が、その魔力の『装甲』を目の当たりにして小さく声を漏らす。
「目ェ見たら分かんで。キミはまだ何かカードを隠し持っとる。使う気があらへんなら……一つずつ引きずり出して、潰していったるわ」
そう言って差し向けられた亜門の右手が、
刹那。
風属性攻撃術式
『
撃ち放たれた超速の風槍が、日向の魔力防御を一瞬で斬り裂いた。
発動の瞬間を視認出来ない程の、圧倒的な術式構築速度。目にも留まらぬスピードで弾き飛ばされた日向は、その勢いのまま地上へと墜落する。
「油断しすぎや。構えを見たら即応せんかい」
僅かに呆れながらも亜門は、撃墜した日向へ更なる追撃を仕掛けるべく双刀を構える。そして全身に纏った魔力を、爆風として後方へと一気に放出した。
エネルギーの高出力指向放出による、超高速突進。真正面からその直撃を受ければ、確実に日向は場外まで吹き飛ばされるだろう。
衝撃波を撒き散らしながら、迫り来る亜門の突撃。
しかし、交錯の瞬間。
振り抜かれた双刃を掻い潜った日向は、渾身の掌底をすれ違い様に叩き込んだ。
「ッ――――!?」
腹部へ強烈なカウンターを受け、叩き飛ばされた亜門が地を転がる。
「分かったよ……だったら望み通り見せてやる。"
一方で立ち上がった日向は、小気味良く首を鳴らしながら不敵に笑っていた。
「どういう事や…………」
「コレも言わなきゃ解んねェか?わざわざ空中のお前に近付いてたのは、その速さに目ェ慣らす為だ」
突如として日向の反応速度が、大きく向上した理由。亜門の空中での高速戦闘に対応しながら、日向は彼の攻撃パターンを見切り、反撃のタイミングを計っていた。
「もう攻撃のテンポは掴んだ。ここからは……俺も
「ハッ……ほざいとけ……!!」
日向の言葉を一蹴した亜門は、再び高速移動を発動させ掻き消える。視覚と魔力知覚の両方をフル稼働させても、捉え切れない程のスピード。
しかし日向は右脚を軽く揺らすと、渾身の力を以て迷い無く振り抜いた。『速さ』と『重さ』を乗せたその一撃は、消失する程の速度で繰り出された亜門の剣を的確に迎え撃つ。
轟音と共に鬩ぎ合っていた双方だったが、洗練されたその蹴撃は亜門を押し返し大きく吹き飛ばした。
周囲の気流を操りながら、空中で体勢を立て直す亜門。その視線の先では――――
――――日向の全身から、揺らぐ"蒼"い炎が放たれていた。
そして訪れる、新たな"進化"。
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