第36話『飛斬改式剣術』

『何という事でしょうッ!!御剣伊織が放った空を裂く一閃ッ!!その剣技は天堂蒼やスティーブ・ジャクソンが操るモノと同じ、"飛ぶ斬撃"のように見えました!!』




(どうなってんだ……魔力が無ェってウワサはブラフか……?いや、そんな下らねェマネするような奴には見えなかった……)


 興奮冷めやらぬ実況と観衆による歓声の中、結城は伊織が放った斬撃について洞察していた。


 彼が学園で唯一、一切の魔力を持たない人間である事は知っていた。しかし今自分が受けた攻撃は、紛れも無く蒼やスティーブが用いている『飛斬』と同質の物だった。


 酷似してはいるが実際は別物である事など、初見の結城が看破出来る筈は無い。




「……色々考えてんな」

「そりゃ驚くだろうよ……とんだ隠し玉じゃねェか。どんなカラクリだ?」

「ソレは……自分の目で確かめるんだな……!!」


 結城の問い掛けに返答しながら、伊織が再び一刀を引き寄せる。テレポートによって消失する相手の姿。


 構えた刃、伊織のその眼は。そして開眼と同時に、斬り上げるような剛速の一閃が繰り出された。




 飛斬改式剣術・『鎌風』。




 "右前方16Mメートル、44°"。純然たる超直感のみで割り出した予測した転移先へと、正確無比な空間断裂斬撃が撃ち込まれた。


「クッ……マジかよオイ……!!」


 飛来する剣撃に、結城は両腕へと魔力を流し込み『武装』する。


 無属性魔力×強化術式


アームズ


 魔力を纏った両腕を交差させ『鎌風』を防御するが、それでも大きく押し込まれ吹き飛ばされる。




 脚の負傷による機動力の低下も、飛斬改式剣術という手札を得た伊織には関係無い。視界の全範囲へと斬撃を撃ち出す、固定砲台の如き新たな戦術カード。遠距離戦闘というネックを克服した今、形成は最早逆転したと言って良い。




 しかし、東帝の最上位十人に君臨する魔術師の力は依然として脅威たり得る。例え有利な戦況であろうと、そのまま"崩し切る"事は容易ではない。




 空中で体勢を立て直した結城は、伊織の真横へと転移して来る。そして繰り出されるのは、魔力によって創り出された『刃』を纏った蹴りの一撃。


 無属性魔力×強化術式×形成術式


纏刃脚テンジンキャク


 振り抜かれた結城の右脚は、即座に反応した刀刃に防ぎ止められる。剣戟音を響かせながら伊織に斬り返されるも、反動を利用し大きく距離を取って着地した。




「……仕組みは大方解った。空間中の魔力に干渉して、剣の『風圧』を増幅させてんだろ」


 結城が口にした『飛斬改式剣術』についての推測は、大前提として異常なまでの剣速スイングスピードが無ければ成り立たない。しかし伊織の常識外れの超腕力ならば、不可能な芸当では無いと見抜いていた。




「さァ……どうだろう、なッ!!」


 その声と共に再び撃ち出された伊織の斬撃を、転移によって回避する。上空に姿を現した結城は、地上目掛け無数の魔力弾丸を叩き込んだ。




 無属性魔力×形成術式


連弾チェインブラスト


 そしてそれらの銃弾の軌道を、魔力操作によって不規則に散開させる。


 伊織の『飛ぶ剣撃』は、空間中の魔力の『亀裂』を斬り拡げる物。ならばその流れを意図的に乱せば、飛斬改式剣術は完全な性能を発揮出来ない。


 拡散した連弾が、縦横無尽に空を走りながら襲来する。その銃撃を、伊織は『もう一つの武器』で迎え撃った。


 退魔一刀流・『富嶽』。


 叩き上げるように振り抜かれた刃が、その弾丸の尽くを吹き飛ばす。


 しかしその術式の軌跡によって、空間中の魔力脈は大きく掻き乱されていた。




 "風圧で空間を斬る"という飛斬改式剣術の性質上、結城が取った戦術的選択は最善手に近かった。


 ただ、彼が考慮していなかった――――誤算とも言うべき要素ファクターは、伊織の持つ『怪力』。




 魔力の乱流など、何の支障も無く引き裂き弾き散らす剛腕の三連斬。




「オオオオオッッッ!!!!」


『鎌風・参連』


 咆哮と共に撃ち放たれた渾身の連続剣撃は、結城が咄嗟に創り出したシールドを一瞬で打ち破った。そして轟音と共に、砕かれた魔力の残骸が暴発する。


 煙の中に呑まれかけていたが、転移テレポートで辛うじて爆発からは逃れていた。しかし結城の肩口には、決して浅くない斬撃の傷が刻まれている。その一方で伊織もまた、弾丸やナイフによって傷を受け全身から流血していた。




「……ここまで来りゃ後は気合の勝負だ。どっちが先にくたばるか……とことん戦り合おうじゃねェか」

「……望む所だ」


 最後に勝利を掴むのは、耐久戦を"気迫"で制した者。戦いを決着させるべく結城が放った言葉に、刀刃を構えながら伊織が応じる。




 そして発動する、超連続テレポート。その瞬間、双方から放たれた斬撃と弾丸が激突した。




 ◇◇◇


 超速で展開されているのは、目にも留まらぬ乱射戦。激しい遠距離攻撃の応酬を繰り広げながら、伊織が思い起こしていたのは東帝戦初日の夜。






『二つ目は……相手の次の一手戦術行動を予測する事だ』


 恭夜から伝えられていた、魔術戦闘の『極意』の一つ。


『常に一歩先の思考で動くんだ。予備動作兆候を見抜いて発動工程プロセスの隙を突けば、大抵の攻撃は破綻して無力化出来る』

『簡単そうに言いますケドね……』

『ンな予知めいたコトが出来りゃ苦労はしねェだろ』


 僅かな綻びを見逃さず、相手の攻撃そのものを先回りで潰す。予測と対応リカバリーで圧倒出来れば自ずと主導権は奪えると恭夜は説くが、啓治や創来の表情は胡乱気だった。


『そんな難しい事は言ってねーよ。少し攻撃のテンポを乱すだけでも、後々戦術のペースに大きく響いて来る。




 ――――1秒未来の「分析」が、あらゆる戦闘を支配するカギだ』




 ◇◇◇




 退路を断つように次々と放たれる伊織の斬撃。辛うじて直撃は避けているが、その精度は次第に上がって来ている。しかし結城は乱戦の中で、飛斬改式剣術の法則性を見出していた。




 一息に撃ち出せる『回数制限』。


 あの斬撃は、『三発』以上は連射出来ない。二連斬や単発の斬撃を交え隠しているようだが、間違い無く上限は存在すると確信していた。


 伊織が三連続で『鎌風』を放った直後に生じる、一瞬の隙。その瞬間に間合いを詰め、一撃で決着をつける。




 最後の勝負を仕掛けるべく、結城はテレポートで上空へと飛び出した。飛び交う斬撃を掻い潜りながら、右腕に魔力を収束させ強化術式ブーストフォーミュラを構築していく。




 そして――――


(来る――――!!)


 振り翳された刃が見せるのは、三連斬の構え。


 恐らく伊織もまた、真っ向からの接近戦斬り合いを誘っている。斬撃を躱し、そのまま転移で間合いを詰めて来たこちらを迎え撃つ算段だろう。


「上等じゃねェか……受けて、立つ」


 その目論見に不敵に応えながら、結城は更に転移速度を引き上げた。




 剛力を以て、解放される剣気。結城が姿を見せるよりも、僅かに速く刃が振り抜かれる。


 "出現座標の予測"。伊織は結城が現れるであろう場所の両横に、予め二つの斬撃を仕掛けていた。そして予想通りそこに現れた彼の左右には、一瞬速く放たれていた斬撃が壁のように隣の空間を塞ぎ移動を封じている。


 強力な術式には、必ず一定のインターバルが存在する。転移直後のこのタイミングなら、再回避の為のテレポートは発動出来ない。




 真正面から撃ち込まれる、渾身の一撃。回避は不可能と思われた、その瞬間。




 地を踏み込んだ轟音が、フィールドに響く。


 結城は魔力を流し強化した脚力によって、上空へと跳躍していた。転移が使えずとも機転によって危機を脱したが、対して三撃目を振り抜いた事で、今度は伊織に致命的な隙が生じる。


(これで、決める――――!!)


 ナイフを握った右腕全体へと纏われる、鋭く研ぎ澄まされた魔力。最後の一撃を叩き込むべく、結城が転移を発動させようとした――――






 ――――その瞬間、気付く。




 自分の真下の空間を通り過ぎた筈の、三発目の斬撃が






「あれは…………!!」


 観覧席にて戦場を見下ろしながら、瞠目する天音。






 伊織が振り抜いた三刀目から、『鎌風』は。それはタッグロワイヤルで、蒼が見せたフェイントモーション空砲


 上限回数で思考を縛り、敢えて残していた唯一の逃げ道へと誘導した。




(読み敗けたか……)


「……参ったよ」


 伊織の戦略を称えるように、小さく笑いながらそう零す。そして繰り出された最後の『鎌風』が、空中で結城を撃ち抜いた。




 ◇◇◇




『決まったアアアアアッッッ!!!!御剣の必殺の一撃が遂に結城のテレポートを捉えましたッ!!劇的な決着ですッ!!!!』

『学園"第五席"、「テレポーター」を撃ち破る大金星ッ!!!!3回戦進出を果たしたのは新世代の若き剣豪、御剣伊織ーーーーッッッ!!!!』


「うわ、伊織勝ったよ……!?凄いねアイツ……!!」

「まさか結城君が敗けるなんてね……」


 実況の二人がマイクへと叫ぶように捲し立てている中、スタジアムの観覧席上段から試合を観戦していた千聖と雪華が言葉を交わす。東帝十席の一角たる結城が二回戦で敗退した事実に、二人もまた少なからず衝撃を受けていた。




 そしてその結果は、すぐに他の演習場スタジアムにも伝わる事になる。




 ◇◇◇




「うわマジか。結城さん御剣に敗けたって」

「「はァ!?」」


 第二演習場観覧席にて、日向と亜門の試合を観戦していた『生徒会連合』の二年生四人。携帯端末で学内速報を目にした湊の言葉に、士門とハルが驚愕の声を上げながら反応した。


「結城さんが……!?でも、どうやってあの空間転移テレポートを……」

「さァ……?どう勝ったのかは知らねーケド……まァ御剣アイツの事だ、またあの人間離れしたクソ力で何とかしたんじゃねーか?」


 絵恋の疑問に湊がそう返すが、伊織を嫌っているハルは露骨に不愉快そうな表情を浮かべている。




「『予想外の番狂わせ』、ね……この流れで春川も勝ったりしてな、亜門アイツに」

「……ソレはない」


 そして端末の画面を見ながら湊が続けるが、隣の士門が発したのは意外な言葉だった。


「……あンのボケを贔屓目に見とるつもりはこれッポチも無いケド……流石にタイマンで一年坊に敗けるよォな鍛え方はしとらん。の修行はそんなヌルくない」




 ◇◇◇




 吹き荒ぶ烈風と、燃え上がる猛炎。




 爆烈の暴嵐が巻き起こる戦場を、飛ぶように駆け抜けて行く亜門。そして地を蹴り跳躍すると同時に、両手の双剣を投げ放つ。


 飛来する双刃を日向は薙ぎ払うような蹴りで弾き飛ばすが、その眼前には既に亜門が迫って来ていた。




 風と炎の魔力を纏った、強烈なクロスカウンターが交錯する。無数の爆発を伴うド派手なインファイト殴り合いに、観衆は沸き立ち大歓声を響かせていた。




「やっぱ……キミと戦うんは楽しいなァ!!」

「そりゃ、どォもッ……!!」



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