第25話『バトルロイヤル』

『タッグロワイヤル』の参加者達は、演習場中央のポータルゲートを次々と通過して行く。彼等がランダムに転送されるのは、この広大な学園の敷地内の何処か。


 そう、このプログラムの舞台フィールドは、東帝の構内全体だった。


 学園内を戦場にするという、狂気めいた運営方針の『東帝戦』。しかし施設各所は魔術により保護プロテクトされており、また万一戦闘行為などによって損壊したとしても、夏季休業中に修復される為新学期に支障を来す事は無い。一学期終了直後という、この時期だからこそ実施可能なカリキュラムだった。


 そして二人一組ツーマンセルによる出場者達には、『前後衛制度』による参加条件が設けられている。


『前衛登録』がされている生徒は一定以上の『近接戦闘能力』、『後衛登録』がされている生徒は『遠距離攻撃手段』もしくは『後方支援技能』を有している事が、タッグとしての出場認可条件だった。






「結構飛ばされたな……」

「そうね……一応聞くけど、どう動く?……様子を見るか、それとも打って出るか」


 ゲートを潜った後、連結本棟中央の4号館と5号館の連絡通路に転送された伊織と天音。動向についての意思を問う天音だったが、不敵に笑う伊織の返答は端的だった。


「決まってんだろ。“攻めあるのみ”、だ」

「そう来なくちゃね……!行くわよ」


 そう応えた天音は風属性魔力による突風を発生させ、ガラス張りの壁を砕き割る。そして駆け出し飛び出した二人の身体を、魔力による上昇気流で空中へと浮かび上がらせた。


「お前こんなコト出来たのか」

「まァね。術式の応用よ」


 軽く驚きを見せる伊織に、天音が得意気に声を返していた、その時。




「――――ッ、藤堂!!」

「!?」


 突如抜刀した伊織が、天音の背後で鋭く刃を振り抜いた。それと同時に、空間に響く爆発音。見れば伊織が寸前で両断していたのは、天音の背を狙い放たれた爆炎の弾丸だった。


 二人は体勢を立て直しながら、中央広場時計塔横の側塔へと降り立つ。その視線の先にいたのは、硝煙が上がる拳銃マグナムの銃口をこちらへ向けている一人の少女。


「フン……反応はまあまあね」


 戦意を露わにしながら二人を睨むその少女の名は、一条 ハル。生徒会執行部書記を務める人物であり、また『生徒会長』黒乃 雪華の懐刀である。その隣には彼女と同じく雪華の部下である、九重 絵恋の姿もあった。


「中々イイ不意打ちっスね、先輩」

「……アンタ達二人には、ここで消えてもらう」


 伊織から投げ掛けられた皮肉混じりの言葉に対し、剣呑な声を返しながら銃弾魔力再装填リロードするハル。


 彼女は雪華に目を掛けられている一年生達を快く思っていない事を、伊織も天音も薄々察していた。しかしロワイヤルにて生き残る上で、ハルとの戦闘は最早避けては通れない。


「やるしかないわね……」

「あァ。……倒して行くぞ」


 術式を展開している天音の言葉に頷きながら、一刀を構え直す伊織。




 《前衛》御剣伊織/《後衛》藤堂天音

 VS

 《前衛》一条ハル/《後衛》九重絵恋




「いつまでも見下ろしてんじゃないわよ……!!」


 火属性魔力×形成術式


『ブレイズバレット』


 ハルが構えた二丁拳銃から、火属性による無数の魔力弾が一斉に撃ち放たれた。迫り来る炎の連弾へと、側塔から飛び降りた伊織が躊躇無く突っ込む。


 そして炎弾を連射しているハル目掛け、渾身の力を込めた開戦の一撃を振り下ろした。




 ◇◇◇




『さァ始まりました、強者ひしめく「タッグロワイヤル」!並み居るツーマンセルの中でも最初に交戦を開始したのは、「一条・九重ペア」と「御剣・藤堂ペア」だァっ!!』


 実況者と観衆の声が響き渡る、演習場にて。


 スタジアム上空の浮遊型巨大モニターには、激突した伊織とハルの戦闘が映し出されていた。他の画面でも校内各所に散らばっている出場者達の様子を中継すべく、目まぐるしく映像が切り替わっている。


『更に彼等のみならず!!構内各地で次々と新たな戦闘が勃発しております!!』




 環状本棟2号館、3階大回廊。


「悪く思うなよ、一年ッ!!」

「調子に乗ってんじゃねェぞ!!」


 光属性魔力×形成術式『フォトン・アロウズ』

 火属性魔力×形成術式『力撃弾ボルテックブラスト

 風属性魔力×形成術式『ゲイルブラスター』


 通路に立ち塞がる上級生達から、次々と魔術射撃が繰り出される。襲い掛かって来るその弾幕へと、壁や天井を縦横無尽に疾駆し突進する一年生ルーキー


 無属性魔力×強化術式


『撃脚』


 《前衛》皇 啓治


 奏との鍛錬によって引き上げられた基礎戦闘能力は、彼の体技の威力を大きく上昇させていた。薙ぎ払うような飛び回し蹴りが、魔術防御ごと数人の相手をまとめて吹き飛ばす。


 更にその上級生達を援護していた支援サポート役の、一瞬の隙を逃さず『彼女』は術式を展開していた。


 水属性魔力×形成術式


水戟槍群アクアスピアーズ


 《後衛》空条 沙霧


 啓治によって前衛を撃破され、無防備となった敵後衛へと沙霧の魔術が炸裂する。放たれた水流の槍は、強烈な勢いで窓を突き破り彼等を棟外まで押し流していた。


 一年ながら序盤から上級生相手に善戦する啓治と沙霧だったが、このタッグロワイヤルは80名40ペアが参加している。その為ここで派手に動き過ぎると包囲マークされる恐れもあり、慎重な立ち回りもまた必要だった。




 3号館、1階エントランスロビー。


「始まったな」

『ですね。皆ボチボチ動き出してます』


 周囲に視線を巡らせている奏からの声に、湊が通信機越しに応答する。彼は奏とは別行動を取り、高台に確保した狙撃ポイントから構内を見渡しつつ警戒していた。


『2号館は皇、時計塔広場では一条達が戦り合ってますね。どっちか獲りに行きます?』


 スナイパーライフルのスコープ越しに、各所の戦況を把握していた湊がそう伝える。報告を受けた奏は、腰に携えた刀の柄に手を置きながら言葉を返した。


「いや、その必要は無い。――――接敵した」


 そう口にする彼女の前方へと、二人の少女が歩いて来る。


「まさかこんな序盤から、貴女と当たる事になるとはね……奏」

紅輔コースケぇー?またどっかから隠れて狙ってんでしょー。お姉さん怒んないから出て来なさーい」


 風紀委員長の奏も風紀委員長として属している、『生徒会連合』の2トップである『生徒会長』と『副会長』。雪華と千聖の登場に、湊は離れた場所から苦々しい表情を浮かべていた。


『初っ端から黒乃さん達か……転送位置引き悪かったっスね』

「問題は無いさ。どのタイミングであろうと、ぶつかった以上は倒すだけだ」


 湊からの通信に応えながら、自身の武装を抜き放つ奏。


「つってますケドも……どうする?雪華」

「天堂君の所まで温存しておきたかったけど……こうなった以上は、仕方無いわね」


 対して雪華は千聖を後方へ下がらせながら、手にした大鎌の柄へと指を這わせる。例え仲間であろうとも、一度戦闘となれば容赦は無い。


 《前衛》神宮寺 奏/《後衛》湊 紅輔

 VS

 《前衛》黒乃 雪華/《後衛》白幡 千聖




 双方が動き出そうとした、その瞬間だった。








 7号館、8階多目的訓練フロア。




「ア〜〜〜退屈退屈、ヒマでしゃァないなァ。眠たなってくるわ」


 双剣を鞘へと収め、フロア中央を闊歩する二人の少年。その周囲には、彼等に斬り伏せられた多くの出場者達が倒れていた。


「こんな戦いモンナンボやっても意味無いわ。折角派手にブッ壊せるなら、本気で暴れられる相手と戦り合わな時間の無駄や」

「ソレに関しては、珍しく同感やなァ」


 そう言葉を交わした二人は、全身から放出していた魔力によって室内で『乱気流』を発生させ始める。




 ――――その属性は、『嵐』を形作る『風』と『雷』。




「"釣り出す"か……!!」

「"引き摺り出す"ぞ……!!」


 吹き荒れ、空間を裂くような魔力の中で、双剣を抜き放つ。その構えは、日本にて藤堂流と双璧を成すもう一つの魔術剣。




『如月二刀流』。




「「出て来いや、天堂蒼ィ!!」」


 風属性攻撃術式『疾風神剣シップウシンケン

 雷属性攻撃術式『迅雷神剣ジンライシンケン


 自身の居場所を知らしめるような叫びと共に、解放される超出力術式。


 その剣技が生み出した爆発的な衝撃波は、全外壁を、床を、そして天井を、一瞬の内に吹き飛ばしていた。




 ◇◇◇




 極大魔力爆発の回線干渉によって、通信障害が発生する。その数秒後に復旧したスタジアムのモニターに映し出されていたのは、上階層が軒並み崩れ落ち半壊した7号館だった。




『おォーッとここでド派手に動きを見せたのは「風神」「雷神」の異名を持つ如月兄弟だァーッ!!!!』

『2年前、当時中学生ながらミナミ一帯を制覇した"関西最強コンビ"はやはり伊達ではありませんッ!!』


 学園を騒がせる悪童達の登場に、至る場所で沸き立ち歓声を上げている観衆。


『しかァし!!ここに辿り着くまで彼等には数々の波乱と苦難がありましたッ……!!』

『おッとここでいきなり回想を始める気でしょうか?』

『遡る事1年前、上京した彼等は揚々と東帝学園の門を叩きました』

『すみません実況に戻って頂けますか?』

『しかし当時から風神雷神と謳われていながらも、前生徒会副会長「一条カズヤ」、そして我等が最強「天堂蒼」の前に惨敗を喫します』

『聞いてます?』

『それでも彼等は再び、この戦場に戻って来ました!!リベンジを!!果たす為にッ!!』


 実況による興奮冷めやらぬ解説が続いていたが、その時戦局に更なる変化が生じる。




 ◇◇◇




 ハルへと繰り出される、大上段の剣撃。しかし彼女の後方で絵恋が地に当てていた掌から、這うような魔力の光が伸びる。


 そこから出現した氷の壁が、伊織の一撃を防ぎ止めていた。


「クッ……!!」


 更にその壁の裏側から、ハルが撃ち出した炎の銃弾が氷を砕き伊織を襲う。受け止められた刃を引き抜き咄嗟に側方へ走り出すが、連弾掃射が周囲を薙ぎ払いながら彼の背後に迫って来ていた。


 そこに天音が伊織の足元へと、土属性の魔力を投射し地形変化を発生させる。


 地面を急速に隆起させ、伊織の身体を弾丸が届かない上空へと打ち上げた。


「飛んだ……!!」

「下らない真似を……!!」


 絵恋とハルの視線が、僅かな時間ではあるが頭上へと向けられる。

 彼女達の注意が逸れた、その一瞬の隙。天音の新たな術式構築には、それだけで十分だった。




 雷属性攻撃術式


神速ハイスピード戟雷・ランサー


 天音から撃ち放たれた稲妻の槍が、ハルと絵恋を急襲する。魔力による盾と武装の二重防御でもその威力は殺し切れず、大きく押し飛ばされる二人。


 更に天音が風属性による下降気流を発生させ、上空にいた伊織をハルの元へと猛スピードで


 再度振り下ろされる伊織の刃に対し、ホルスターにマグナムを収めたハルは左手首に装着されたブレスレットを指で叩いた。


 ――――RHロックハートインダストリー製、『アーセナルA-06』。


 空間術式を搭載されたその道具は、設定した武器を別地点から手元へと召喚する武装転送装置だった。伊織の剣撃を防いだハルの手に握られていたのは、巨大な刃を備えた戦斧バトルアックス


「へェ……アンタ近接もイケんのか」

「あんまナメてると……ブッ潰す」


 電流のように空を駆ける衝撃の中で、鬩ぎ合う刃同士が火花を散らす。その細身からは想像出来ない膂力でハルは、炎を纏わせた斧刃を振り抜き伊織を叩き飛ばした。


 その後方では天音の絨毯爆撃を、抜き放った長剣で弾きながら少しずつ絵恋が距離を詰めて来ている。


(流石に、強い……!!)


 雪華の直属の部下、生徒会執行部役員に相応しい実力を誇る絵恋。数々の戦闘経験を積んで来た二年生である彼女の、ハイレベルな魔術と剣術に天音は苦戦を強いられていた。


 更に絵恋は東帝内に於いて、天音に次ぐ数の『属性性質』の使い手でもある。光属性で形成された天音の防壁へと、魔力を纏った絵恋の長剣が突き込まれた。


 水+雷+氷属性攻撃術式


三連穿スラスト・トリプル


 一瞬の内に撃ち込まれる三連続の刺突、更に一撃ごとに属性を切り替えるという超高難度技術による剣技。『水』、『雷』、『氷』の異なる属性による三連撃術式は、天音の防御を完全に砕き割り、吹き飛ばしていた。


「こんなものかしら?藤堂さん……!」

「く…………!」


 炎と風の属性魔力による熱風で威力の相殺を試みる天音だったが、それでも大きく後退させられ伊織と引き離される。ハルと戦う伊織を援護しようとしていたが、絵恋の波状攻撃は彼等の合流を許さない。


 個々人の高い単騎戦闘能力によるハルと絵恋の分断作戦の前に、天音達は次第に劣勢へと追いやられつつあった。何とかこの状況からの打開策を打ち出そうとする天音だったが、その時。




 嵐をも呼ぶ、爆音が轟いた。




 ◇◇◇




 亜門と士門の複合術式によって、学園中に響き渡る轟音。


「チッ……やってくれたなあのバカ二人……」


 高台にてその爆発を目視で確認していた湊は、即座に彼等の仕業と勘付き小さく舌打ちする。伝播して来た振動と爆風の余波が、その前髪を僅かに揺らしていた。


 しかし、戦場を俯瞰していた湊は、混沌とした状況に追い打ちを掛ける『攻撃』の襲来に一早く気付く。


「ッ、奏さん!!上です!!」




 ◇◇◇


 1号館最上階、屋上にて。




「景気良くブチかましてくれてんじゃねーの。お陰でどいつもこいつも……隙だらけだ」


 戦場と化した環状本棟を見渡していた蒼。広大な索敵範囲を誇る彼の魔力知覚は、各所で戦闘を繰り広げている人間達の位置を正確に捉えていた。


 そして7号館で引き起こされた巨大爆発によって、一瞬ではあるが注意を引かれた彼等の動きが止まる。その時既に、蒼の背後ではスティーブが腰元の刀を抜き放っていた。


「――――やれ」


 蒼からの指示と同時に、スティーブの刀から斬撃が撃ち出される。




 無属性魔力×形成術式


『飛斬・参拾連』


 次々と放たれた魔力の刃は、構内に散らばる出場者達を的確に撃ち抜いた。




 ◇◇◇




「皇君!!上から……!!」


 壁を貫通し飛来した斬撃に、沙霧が気付き啓治へと叫ぶ。即座に反応した啓治は、魔力を纏った拳を叩き付け咄嗟に床を殴り抜いていた。


「空条さん、こっちだ!」


 そして追尾斬撃から逃走すべく、フロアに穿たれた大穴へと飛び込んで行く二人。




 ◇◇◇


「ッ、なになに何よ!?何の音?コレ」

「この魔力は……如月君達……?」


 爆発音に千聖と雪華が動揺を見せた、その瞬間。


『奏さん!!上です!!』

「ッ、何だ……!?」


 通信機から湊の警告が響くと同時に、奏達へとスティーブの"飛ぶ斬撃"が襲い掛かって来る。


「コレは……!!」

「『飛斬』か……!!」


 雪華や奏など一部の実力者は辛うじて防御・回避していたが、2号館や3号館別フロアの生徒達は次々と『飛斬』に撃ち抜かれ戦闘不能に陥っていた。


 更にその状況へと畳み掛けるように、新たな乱入者達がエントランスへ姿を見せる。


「だっ、大丈夫?」

「あァ、スマン空条さん!流石にッ、ブチ抜きすぎた!」


 砕かれた天井からのは、『飛斬』から逃れて来ていた皇 啓治と空条 沙霧の二人だった。


「ッ、まさかお前達まで出て来るとはな……」

「神宮寺委員長!?」

「白幡先輩に、黒乃先輩も……!!」

「あらー、さぎりんと啓治まで来ちゃったか」


 一堂に会する五人だったが、彼等を集めた張本人達が最後に『ソニック』でその場へと現れる。




「流石にお前らは仕留め切れねェか〜。やっぱ直接叩くしかねェな」


 スティーブの斬撃を凌ぎ切った啓治達へとその男が語り掛ける中、スタジアムでは新たな戦局の展開に実況が声を張り上げていた。


『おっとォーッ!!ここに来て遂に「剣聖」が動き出す!!天堂蒼、満を辞しての参戦ですッ!!』




 《前衛》『剣聖』天堂 蒼/《後衛》『飛斬』スティーブ・ジャクソン


 連携に於いてこの学園の頂点に立つ、二人の剣士が戦場へと降り立った。

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