第9話『さすがにくたびれた』
くノ一その一今のうち
9『さすがにくたびれた』
さすがにくたびれた。
アルバイトなんて初めてだし、それも、ほとんど体育会系の芸能事務所の、それも入所テストがあったんだから。
帰りの電車は空いていて、最初から座れたんだけど、それが仇になって寝てしまう。
ビュン! ビュン! ブン! ビュビュン! ブン!
うつらうつら見る夢の中で本が飛ぶ。
あれも、力持ちさんたち、社員の仕業なのか、秘密の構成員? とかが居て投げてきたのか。
さっき走った記憶が前身の筋肉に残っていて、ピクピクと体が動いてしまう。
小さいときに犬を飼っていて、犬が夢を見てヒクヒク動いていたのを思い出す。
『あら、夢の中で走ってるよ』
お祖母ちゃんが、面白そうに言っていた。かわいく思いながらも『バカだね、こいつ』とか思ってたよ。
バカ半分、可愛い半分くらい。
いま、電車の中にいる人たちは『バカだね、こいつ』とか思われてるよ(^_^;)。
でも、わたしって可愛くないから、きっとバカ百パーセントだよ。
前のシートのガキが寄ってきた。
く、くそ……来んなよ。
「……面白い顔」
声を潜めて言うんだけど、目の前だから聞こえてるっつ-の!
くそ、体動かないから、せめて睨んでやろ……グヌヌヌ……
「わ、目むいた!」
「これ、見るんじゃありません!」
母親が引き戻す……でも、今のニュアンスって、道端のウンコ見てる子に言うみたいだったよ。
それでも、無事に家について、お祖母ちゃんに報告だけはする。
「次の日曜日から、本格的に仕事なんだって!」
あ、声が弾んでる?
ろくな芸能事務所じゃないけど、めちゃくちゃ弱小のボロだけど、やっぱ、嬉しいのかなあ。
電車の中では、アレだったし。お祖母ちゃんには心配かけないようにとは思ってたけど。
思いのほかというか、案に相違して、あたし、楽し気に話してるよ。
「よかったね、そのの性に合ってるようで」
お祖母ちゃんも、喜んでくれてる……というか、ホッとしてくれてる。
嬉しいよ、心から案じてくれてたから、こんなに喜んでくれるんだ。
お祖母ちゃんは外面のいい人だから、本当に嬉しいとか喜んでるというのは、きっと、あたししか分からない。
想像だけど、お母さんは、娘のくせして、お祖母ちゃんの表情は読めてなかったと思うよ。
だからね、あんなことに……。
「魔石を出しな」
「う、うん」
魔石を差し出すと、お祖母ちゃんは両手でくるむようにして耳元に持っていく。
「……うん、魔石もスイッチが入ったようだね……ちょっと汗臭い。まず、お風呂入っといで。上がったら、ささやかにお祝いしよう」
「う、うん」
お祖母ちゃんは、魔石を神棚に供えて手を合わす。
「お仏壇じゃないの?」
「え? ああ、気分しだい」
ああ、いいかげんだ。
お風呂に入ると、電車の中でまどろんだせいか、寝てしまうようなことは無かった。
でも……背中の方に凝りを感じる。
やっぱ、疲れてんのかなあ……お風呂を追い炊きにして、お湯が出てくる方に背中を向ける。
ア アアアア……
オッサンみたいな声が出て、我ながらおかしいよ。
あがって体を拭くと、やっぱ、凝りが残ってる。
「あれぇ?」
洗面の鏡に映すと、肩甲骨の間の所が赤くなってる。
気が付かなかったけど、テストの時に飛んできた本が当たったのかもしれない。
「お祖母ちゃん、ちょっと見てぇ」
お祖母ちゃんに背中を見せる。
「あ……これは!?」
「え、なに!?」
「ちょっと、ジッとしてるんだよ」
「う、うん」
なんか怖いよ。
「オン アビラウンケンソワカ……」
小さく呟いて、お祖母ちゃんは……え? 背中からなにか引っ張り出したよ!
「え、なに? なんなの!?」
子どもの頃、背中に虫が入ってパニクったのを思い出す。
「こんなのが、入ってたよ……」
「ええ?」
お祖母ちゃんが取り出したのは、一冊の本だった。
「太閤記」と書かれた古い文庫本……飛んできた本の一冊? なんで? どうして?
ちょっと怖いよ。
☆彡 主な登場人物
風間 その 高校三年生
風間 その子 風間そのの祖母
百地三太夫 百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁もち・お金持ち
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます