ゴジラ戦記
ミヤゴジ
プロローグ
プロローグ
「本当の地獄を味わったことはあるか?
目の前で大切な人が死んだことがあるか?
鉄のように冷えた血の臭いを嗅いだことはあるか?
助けを必死に乞う断末魔を聞いたことはあるか?
自分が無力だと知った事があるか?
奴の足音が聞こえるか?
奴の咆哮が聞こえるか?
その咆哮が聞こえた時、人類は始めてその犯した罪を知ることだろう、だが、その時はもう遅い、人類に反省する余地すら与えずに神々「怪獣」たちは人類を蹂躙するだろう。
いや、その神々の王に」
2004年、11月3日 東京
この日、夜がこんなにも明るいとは思わなかった。東京の摩天楼は轟々と燃え盛る炎に包まれていた。高層ビルや建物は無残に破壊され、その周辺はまるでうねりを上げた荒波の如く巨大な炎が東京のビル群を包み込んでいた。そしてその炎が東京の夜空を朱色に照らしていた。
巨大な足音と共に振動が伝わる、その振動が伝わるごとに民家の屋根にかさなり合っていた瓦が一列ごとに地面に落ちていった。
そして火の海に溺れるように、多くの民間人が逃げ惑う。右も左も全方位が炎に包まれていた。
同時にこちらに迫り来るかのように巨大な足音と耳の鼓膜が千切れるような巨大な咆哮、それらが逃げ惑う群集を恐怖のどん底に叩き落とした。
逃げる群衆の頭上で高層ビルが轟音と共に崩壊し、ガラスの破片や化粧レンガ、砕けた鉄筋コンクリートの破片が雨のように降り注いだ。
周囲は瓦礫で押し潰された人々もいれば、火だるまになった人々もいた。群衆は突然現れた厄災にパニックとなり、恐怖で怯える人々の泣き声や叫び声が響いた。まさに阿鼻叫喚の様相を呈していた。
その群衆の中に紛れるように一人のある少年はいた。あるのは死の恐怖だけ。
逃げ惑う群集が密集して人ごみが出来る中、握っていた母の手の温もりが唯一の安心だった。
だがその安心は一瞬で絶望に変わった。
突如、奴が吐いた青白い熱線が頭上のビルに直撃すると、凄まじい爆発と共にそのビルがこちらに崩れ落ちていきのだ。
ドシャアア、という轟音と共に視界は一瞬で真っ暗になった。
意識が朦朧とする、鼻には何かが焦げたような異臭が広がる。体全体が重く感じた。何か重い物に押しつぶされている感覚がする。少年は体を動かそうとするが身動きが取れなかった。
重い・・・重い・・・・
瞼を開くと目の前にあったのは大量の瓦礫だった。そこでようやく少年は今の状況を知った。
瓦礫の下敷きなっているいう事を、朦朧とした意識が段々と戻ってゆくと、突然、体全体に鋭い痛みが走る。その痛みに耐えられず少年は瞳から水滴が漏れる。
あれほど握っていた母親の手の感覚はもう感じない。だがこの状況で下敷きになったのは不幸中の幸いで普通なら体は押しつぶされて当然だった。
しかし、少年の中にあった安心感はもう感じられず徐々に少年の感情は死の恐怖で染まっていく。
怖い・・・苦しい・・・熱い・・・助けて・・・
助けを呼びたいにも声が出ない、重いコンクリートが体全体に押しかかり肺が圧迫し呼吸するのもやっとの状態だった。
しかし唯一、右手だけは動かせたがまだ五歳の少年にこの状況を脱せるほどの力など無い。瓦礫と瓦礫の狭間から微かに見える外の光景、波をなびかせるように火の海の覆われた東京の姿、その時、奴の足音が聞こえた。
ドン、ドン、とこちらに振動が伝わる。そして少年の見ていた光景に奴が見えた。
火の海の中、黒き巨体が映し出される、奴だ、堂々と立ち竦む奴の姿だ。
その黒き巨体の背中には青白く点滅した巨大な背鰭が剣山のように連なっていた。そして奴は上を向いて高らかに巨大な咆哮を上げる。
その姿を見ていた少年は右腕を奴のほうに伸ばすが届くはずが無い。
少年の感情から恐怖は無くなり、変わりに奴に対する憎悪と復讐心が芽生える。
「奴は神では無い、奴は生態系の秩序そのものであり生態系の王者に君臨する者。
人は奴を「ゴジラ」と呼んだ。」
あれほどうるさかった多用途ヘリ(UH‐60J)のエンジン音が頭上を通り過ぎ、次第に静かになるとそれが逆に心細くなる。
広場には遺体を収容した袋が横に何列にもわたって置かれて行く。その光景からはどれだけの民間人が犠牲になったかを物語っていた。
あたりは何かが焼けた様な異臭が漂っており辺りは真っ暗で冷たい空気が自衛隊員たちの肌に触れる。
それもそのはず月はもう11月であり時間はもう深夜の十二時を過ぎている。
土田 定は片手に持った懐中電灯を頼りに付近を照らす、そこに照らし出されたのは、建物が崩壊して散乱した瓦礫の山だった。
その瓦礫の山の一つには「品川」と書かれている一つの青い標識がある。
今日この日、自衛隊と消防隊との瓦礫撤去作業及び行方不明者の救助作業が行われていた。そうと言っても本格的な救助活動はこの日が初めてだった。しかも怪獣大戦が終わって約一年後である。理由は簡単だ怪獣の対処に覆われていたため救助する暇が無かったからだ。
今思えばふざけた話だ。
土田は陸自に入ってからまだ一年目でまだ怪獣との実戦経験が無い新米だった。そしてこれが土田にとって最初の任務だった。
土田の周りには複数の隊員が同じように捜索を続けていた。土田は一つの瓦礫の山を乗り越えると目の前に一台のピンク色のワゴン車があった。
土田はそのワゴン車に近づく、そのワゴン車は窓ガラスは割れて車体にはかなりの破損が見られ、フロントガラスの破片は車内に散らばっている。どうやら外からの衝撃に耐えられず内側に破片が飛び散ったようだ。
土田はそのワゴン車の中を懐中電灯で照らすが助手席や運転席、後部座席にも、お目当ての行方不明者はいなかった。しかし土田の鼻に何かが焼き焦げた臭いがした。それもかなりの刺激臭でまともには嗅げない臭いだった。すぐに懐中電灯を外に向けた。照らした。照らしてしまった。
この感情は後悔にも似ていた。
土田は今、目の前に広がっている光景を信じたくなかった。
そして懐中電灯に照らされた光景を見た瞬間、土田は言葉を失った。
そして無意識にも懐中電灯を握っていた手の力が緩くなると、スリッとすり抜けるように懐中電灯を落ちて間もなくして懐中電灯がコンクリートに固められた地面に叩きつけられた音が無情に響く。
その光景には男女か性別が分からないほど全身が黒く焼き焦げた大量の屍があった。
これがあの異臭の原因はこれだろう土田はそう確信した。
状態からして逃げてる最中に炎に襲われたのだろう。
その散らばった屍の中には身長が低い奴もある、身長からして子供、巻き添えを食らってしまったのだろう。
死屍累々とした残酷な光景を目の当たりにして実に数秒間は動揺していた。だが、この数秒があまりにも長く感じてしまった。
土田に途端に胸に何かが急速に込み上げてくる感覚と共に猛烈な吐き気が襲う。
すぐに手で口を覆うと姿勢を低くして四つんばいになり嗚咽と共に目から涙も流れる。
「土田二等兵、大丈夫か?」
すると後ろから声が掛けられる。土田は後ろに振り返るとそこにいたのは、身長が高くて筋肉質、図体のでかい男がいた。
筑波 宗次。筑波は土田より2年年上で階級は曹長であり怪獣との実戦経験が豊富で部下からの信頼も厚い人物だった。
「すいません曹長・・・あまりにも残酷過ぎて・・・」
「気にするな誰が見たってみなこうなる、そうやって涙を流せるお前が一番まともだ」
すると筑波は一息入れると
「俺なんてもう涙の一粒も流れやしない・・・」
土田は筑波の言っていることが理解できなかった。だが、土田がその言葉の意味を知ることになる。
筑波は土田の前に立つとその屍の前で両手を合わせた。
「作業を進めよう俺達自衛隊が護りきれなかった国民のために」
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