第3話 神律学園
天下界。それは三柱の神による信仰が根付く世界。人は生まれながらに神理を信仰し生きていく。故にここには仲間外れというものはなく、必ずや自分と同じ信仰で結ばれる仲間がいる。神が創った神理を信仰することが、天下界に生きる者にとって目的であり幸せだった――
「――で、あるから自身の信仰に
俺は学校のパンフレットを読んでいた。書いてある内容は以前読んだ教科書と同じだ。どこもかしこも信仰を精進しましょうとかそんなんばっかり。
見飽きたわ。
「ハン」
俺は、パンフレットをビリビリに破いてその場に投げ捨てた。
「知るかんなもん、自分の生き方くらい自分で決めさせろよ」
俺は顔を上げる。そこにはこれから入学する
そして、今日はその入学式だ。
「ここが今度の学校か……」
俺、
高等学校にあたる神律学園の正門に立ち、視線の向こうにはレンガで塗装された道。その奥にはコンクリート製の白い校舎が立っている。続く道の両側にはトンネルのように桜が咲いていた。春の陽気に桃色の校門、ザ、入学式って感じだ。
しかしここには俺以外だれもいない。それにはある事情があるのだが、ようは入学式はもう始まっており俺はこの時間に来る決まりだったのだ。
新しい学校を今一度見上げる。正直に言うと憂鬱だ。帰りたい。
「どうしよ、ほんとに帰ろうかな」
「あ、あのッ」
そんな時だった。背後から声を掛けられた。誰だろう、女の声だ。
しかし姿が見当たらない。
顔を右に左に動かすがやはり見当たらない。気のせいだったか?
「あの、こっちですこっち! 正面の下!」
下?
視線を下げる。するとずいぶん背の低い女の子が俺を見上げていた。小学生にも見える幼児体型で、白色の髪をツインテールにしてまとめている。二つの髪束は大きな耳のように垂れていた。
「どうしたんだ? なにか用か?」
可愛らしい瞳は愛嬌があるがなんだか不安そうな表情だ。
「そ、その、もしかして、君も遅刻さん組ですか?」
白色の少女が聞いてくる。
「あ、えっとー」
「よかった~。実は、ボクもなんですよぉ」
「違う、勝手に遅刻にすんな」
こちとら死ぬほど憂鬱な中ちゃんと目覚まし通りに起きてきたんだぞ。
「え、そうだったんですか?」
俺が言うと女の子は「うーん」と考え出し、思い付いたのか両手をポンと叩いた。
「じゃあ、教室が分からないとかですか? それならお手伝いしますよ!」
「はい?」
いや、そうでもないんだけど。
気持ちは嬉しいが俺は初めからこの時間に来る決まりだったんだよ。それを誤解したのか女の子は照れた笑みに変わっている。
「いや、そんなんじゃないから。別にいいって」
「遠慮しなくても大丈夫ですよ」
「遠慮じゃねえよ!」
「いや~、せっかく来たのに教室が分からないなんて。ププ、君もおっちょこちょいさんですね~」
「あああッ!?」
おい、こいつなんかムカつくぞ!
そんな感じで俺は反論するが、彼女は笑顔で言ってきた。
「でも大丈夫です! お手伝いするのがボクの信仰ですから!」
「信仰?」
瞬間、表情が固まった。
神律学園では制服と共に
(こいつ、
人を助ける慈愛連立である白のハートが誇らしく垂れていた。
慈愛連立は困っている人を見かければ助ける神理だ。だから彼らは人を助けるし、それが分かっているからたいていの人は助けられる。
慈愛連立の彼女は人助けができるのが嬉しそうにはしゃいでいた。
「ですから遠慮しなくて大丈夫ですよ。ボク、頑張りますから! えっと、あなたのお名前はなんですか? あ、信仰が分かればクラスも分かりますよね!」
少女はにこにこと頬を持ち上げ俺の腕章を覗いてきた。
直後「え」と小さな声を零して、表情から笑みが退いていく。
それを見るのが辛かった。
俺も自分の腕章を見つめてみる。
俺の腕章。そこには、何も描かれていなかった。生まれた時から信仰を持つ天下界の人々に、無地というのはあり得ない。
しかし、違うんだ。天下界にはたった一人の例外がいる。
少女が恐る恐る俺を見てくる。表情は驚いているのか怖がっているのか、小さな口は震えていた。
「もしかして、宮司、|神愛……?」
俺は答えない。気まずくて目も合わせられない。
そうしていると女の子は大声を出して逃げ出していった。
「あ、あの、ごめんなさいぃい!」
「おい! 待てよ!」
「襲われるぅううう!」
「襲わねえよ!」
「殺されるぅううう!」
「殺さねえよ、おい!」
俺は呼び止めようとしたが彼女は猛ダッシュで校舎へと行ってしまった。伸ばした手が虚しい。正門前には俺だけが取り残されてしまった。
「……ちっ!」
舌打ちする。
「まったく、知ってたよ」
愚痴を地面に叩き付け、俺はその場を立ち去った。
その途中、脳裏に浮かんだ言葉があった。
――
「……くそ!」
忌々しさに唇を噛む。
学校の中へと入り自分の教室を探す。廊下を歩いていくが、この棟の一階には学習室と特別教室、そして一つの教室しかなかったのでクラスはすぐに見つかった。
教室扉の上に掲げられた札には一年一組の文字。その札を見る目がどうしても嫌そうに曲がってしまう。
というのも、神律学園のクラス分けは基本的に信仰別によってされるが、成績が優秀な者を集めた特別進学クラスというのがある。ここでは信仰の区別なく、何かしらに秀でている分野があれば誰でも入れる。それがここ一組だ。
まさか、そんな場所に俺が入ることになるとはな。
天下界の例外、唯一の無信仰者。
それが俺だ。蔑称としてイレギュラーなんて呼ばれたりもする。
全ての人間が信仰者である天下界においてそれはあり得ない存在だった。俺だってどうして自分が無信仰者なのか知らねえよ。でも、無信仰という事実がどうしようもなく世界で孤立する。入学式に出られなかったのも、式が混乱しかねない、という学校側の判断からだった。
「はあ、マジ
どうせ嫌な思いをするんだろうが、俺は仕方なく、せめてもの思いから教室の後ろから入室した。
中では説明会が始まるまで生徒が自由に過ごしていた。あちこちですでにグループができており、集まるメンバーには明確な共通点がある。
男子二人が腕相撲をしようと話し合っているのを、今も勉強に
反対に初対面の初々しさを出し、緊張しながら挨拶を行なっているのは慈愛連立。
その二つを遠目に見ながら、落ち着いた様子で語り合っているのが無我無心。
皆が腕章を身に付けているため誰がどの信仰かは一目瞭然だ。
そして、印がない俺は無信仰者だと一発で分かるというわけだ。はあ、晒し者かよ。
俺は教室に入り自分の席を探す。見れば一番後ろにある窓際の席が空いていたのでそこに向かって歩き出した。
すると
俺は表情をしかめどかっと座った。こういう時は無視だ無視、それに限る。俺は机に頬杖を突き、周りを意識しないよう窓から青空を見上げていた。
しかし、声というのはどうしようもなく聞こえてくる。
「ねえ、あれって」「やっぱり!?」「おいおい、マジかよ」「どうしてあんな奴が
「…………」
ちっ。いちいち言うなよ、聞こえてるんだよ。
「腕章に印がない。本当に無信仰なんだわ」「なんで神理を信仰しないんだ? 馬鹿か?」「理解出来ないな」
「…………」
窓から空を眺めて時間を潰すつもりだったが、やめだ。俺は周りを見渡して、最初に目が合った奴のところまで近づいていった。
「さっきからなに見てんだ、俺とにらめっこでもしたいのか?」
それで相手はすぐに目を
「ハッ、俺の勝ちだな」
自分の席に戻る。教室は一転して沈黙した。せっかくの入学式なのにお通夜みたいだ。でも気にしない、悪口が聞こえてくるよりマシだ。俺は不機嫌さを隠そうともせず座っていた。
「ん?」
すると沈黙を切り裂くように椅子を引きずる音が響いた。見れば女子の一人が立ち上がり俺の前まで近づいてくる。当然他の生徒の視線を集め、女子は俺の席の正面で立ち止まった。
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