百合ん百合んな野望
劣白
オリジン世紀195年 初夏
転生したら美少女だった
諸君らは美少女が好きか? 無論、私は大好きである。
この世で何が好きかと訊かれれば真っ先に美少女と答える自信があるくらい、大好きで夜も眠れない。美少女のためならこの命、喜んで差し出す覚悟だ。
しかし、美少女といっても様々な属性があり、それこそ生き物の種類のように枝分かれしている。
幼い雰囲気の眼鏡っ子。大人らしい妖艶さを秘めたガサツなお姉さん。淑女らしいお嬢様。また、色んな属性を持ち合わせた活発な女の子。ああ、想像するだけで素晴らしい。じゅるり……失礼、涎を垂らしてしまった。
一つ、例を挙げてみよう。
濡鴉の様な美しくて艶のある桃色のポニーテールは風に棚引き、陽の光によって強調される白くて滑らかな肌。その白さは病的なものではなく、雪を彷彿とさせる神秘的な色だ。長い睫毛に、ピュアな瞳、そして形が整った唇が浮かび上がっている。折れるかという程に細く、たおやかな腰。すらりと伸びる手足は程よく筋肉で引き締められている。
……長くなりそうなのでここまでにしよう。崖っぷちに咲いた一輪の花の様な美しさを理解できただろうか? 仮に、街中を通れば十人中十人は振り返るであろう美貌だ。
因みに今の例は私の容姿である。……違う、私はナルシストではない。
それはさておき、突然ですが皆さんは知らない場所に迷い込んだ時、どうするでしょうか?
その場であたふたとして時間を浪費、また反対に出口を求め、あてもなく彷徨う。慎重な人はきちんと物事を俯瞰的に見て、最善の選択を求めるかもしれない。例え、それが過酷であっても……
私の場合は偶然、いや運命なのか、気がついたら“転生”という形でこの世に生を受けていた。といっても記憶はなく、混濁する頭の中、ぼんやりとする視界の中、ガラクタだらけの山の上で目を覚ます始末。
分からなかった。
どうして私が此処にいるのか? 私自身の名前は何なのか?
憶えていることは常識的、いや本能的な事というべきだろうか。兎に角、自分が持っている数少ない知識から今の非現実を照らし合わせ、その結果転生した。偶然にも近くにあった鏡を確認する限り、美少女としての転生……という判断に至ったのだが、どこか釈然としない自分もいる。だけど、それ以上に嬉しさが大きかった。
「やった! 憧れの美少女に転生したわ! それも私好みよ!」
この絶望的状況の中で、唯一祝福できることだったからか、私は歓喜を叫んだ。誰だって成りたいモノになれたら嬉しいだろう。
しかし、いつまでも現を抜かしている訳にはいかない。
私は美少女としてこの世に生きている。生きている以上、生きるために行動する。つまりは衣食住をどうにかしないといけないだろう。
一先ず自分の素性は後にし、私は生きようと動き出した。自分が美少女だと思うとやる気が漲って、努力は惜しまず、粉骨砕身した。
そして、あっという間に二年の歳月が流れた。
判明した事が幾つかあり、先ずこの辺りは不法投棄なのか錆びついた機械が散らばっていて、退廃的な森が広がっているということだった。幸いにも飲食可能な水や植物、動物が生息しているので生きるには困らないが、人っ子一人いない。そもそもこの森は四角い鉄の壁に囲まれていて、外に出られないようなのだ。
此処は一体何処なのだろう? まるで実験施設か、何かのようで落ち着かない。不気味なほどに静寂としていて、誰かに監視されているかもと思えばゾッとする。
閑話休題。
次に分かったのは私には不思議な力……残滓のような知識から察するにグローマーズと呼ばれる、所謂魔力のようなものが宿っていた。
これが凄いもので何にでも応用が利いた。掌から炎を出したり、腕にガトリングが装着したり、マギアソードと言われる刃を生やしたり、インビジブルモードに移行して透明になったり……私は兵器か何かだったのだろうか? まあ、お陰で狩りが捗って、簡単に焚火ができ、自然が猛威を振るう土地でも一人で生きられたのだが……
しかし、こんな摩訶不思議な力が存在するということはやはり私は異世界転生したのだろう。誰もが一度は抱く幻想を、まさか自分が成し遂げるとは思ってもいなかった。
「ふぅ……今日はどうしようかな……」
日課となっている畑仕事を終え、空を仰いだ。
そこには偽りであろう太陽が顔を出していて、私はじっと目を細める。
「いや、今日はじゃない……これから、ね……」
いつまでも閉鎖的な空間にいる訳にはいかない。そろそろ殻をぶち破って、外の世界に飛び出すのもいいかもしれない。そのために修業を積み、早く美少女と出会ってキャッキャウフフしたいところである。
しかし、そうなると鉄の壁をどうにかしないといけないが、まあ何とかなるだろう。詳しく調べた訳ではないので、壁伝いに調べればきっと出口がある筈だ。何の根拠もないが、悲観的になるよりはマシだろう。
思い立ったら行動だ。私は魔力で作ったバーニアを噴かせ、森の海を見下しながら空を飛ぶ。その気になればジェット機並みの速度は出せ、あっという間に壁へ辿り着いた。
相変わらず固く、冷たい壁。高く聳え立つ姿はまるで火星のモノリスだろう。
「うーん……頑張ればガトリングでも壊せそ――誰かいる? いや、来る?」
壁から伝わる振動。それは人間の声に聴こえ、咄嗟に茂みへと飛び込んで隠れた。
刹那、壁がスライドされ、複数の人間が現れた。服装と雰囲気から察するに軍人なのだろう。男性の兵士たちは宇宙服のようなスーツを着込んで歪な形のライフルを担ぎ、指揮官であろう女性は立派な軍服を着て、毅然とした様子だ。
いや、そんなことはどうでもいいのだ。
(ちょ、ちょちょちょっと待って! 彼女は正しく美少女よ! お近づきになりたいわ!)
彼女は可愛すぎないだろうか? 凛とした表情は威厳を保つためか、まるで子供が背伸びをするようで健気だ。戦闘に支障をきたさない程度に伸びたラベンダー色の髪が棚引き、その姿は美少女と称し――いや、戦乙女と称しても過言ではない。
「ふん、此処がクアトロコロニーか……我らオーダーの意思に従わなかった成れの果て……噂通り無人のようだ。しかし! だからこそ奴らが潜んでいるかもしれん! 探し出せ!」
「はっ!」
覇気のある女性に従って、雁首を揃えた兵士たちは銃を構えて森へと踏み入れる。一見ただ散開しているように見えるが、きちんと陣形を組んで、警戒しているようだ。
その様子を見ていた私はチャンスと思った。
今なら彼女にお近づきになれる。そして、あわよくば友達に……ぐへへ……」
「貴様っ! 一体何者だ!」
しまった。どうやら気持ちが漏れていたようで彼女から軽蔑を含んだ視線を送られてしまう。蔑みの視線も可愛らしいが、命の危険に晒されている以上、見惚れている訳にはいかない。
「ちょっと、いきなり銃を向けないでくれる? 野蛮人ね」
「貴様が新兵器か? いや、でもスカウターに魔力反応はない。それに辺鄙なコロニーに隠れて……一体何が目的だ」
「目的? ただ生きているだけだけど……ああ、強いて言うなら私は貴方と友達になりたいわね……」
「ふざけるな! 誰が服を着ていない痴女なんかと友達になるかっ!」
「こ、これは不可抗力よ!」
ああ、そういえば服を着ていなかった。
最初に着ていた服がボロ雑巾のようになったのが全裸の理由だが、そもそもこんな自然が溢れた場所に服など存在しない。
一応、獣の皮を身体に巻いたりしていたが、いつの間にか裸族が染みついてしまったようだ。周りに人の目がないのだから仕方ないだろう?
「フリューゲルの新兵器なのか? いや、それにしては可笑しいが……まあいい、どちらにせよ拘束させてもらう。この変態露出狂め」
「ふーん……」
久しぶりにピキッと頭にきた。罵倒されたからではなく、自分に対して言葉遣いが汚い美少女はナンセンスなのだ。
「そこまで言うなら服を着るわ。丁度目の前にあるようだし……」
「はっ? 私の服を剥ぐつもりか? よっぽど変態のようだ――なっ!! その力はグローマーズ!? 魔力出力4444万だと!?」
魔力を全開にして戦闘態勢を整えた。人間の形を残したまま全身に耐久性の優れた装甲が付けられ、腕には小型ガトリング。両脚と背中にはバーニア。特撮の変身のようだろう。もう裸なんて言わせない。
「貴様が新兵器だったか!」
「そんな拳銃は効かないわ。諦めてその服を渡してちょうだい」
「出来るわけないだろう! よし、今応援を呼ん――で……あっ……」
「呆気ないわね」
応援を呼ぶと言われ、咄嗟にインビジブルモードへと移行。透明のまま背後からスタンガンで気絶させたが遅かったようだ。
既に森が騒がしく、不穏な空気を漂わせている。
「ふぅ……転生してから初の大仕事ね」
「いたぞ! 隊長をどうするつもりだ!」
どうやら軍人という肩書きは伊達ではないようで行動が迅速だ。
しかし、感心を抱いている場合ではない。こうしている間にも森、そして壁から続々と兵士たちが集まっている。少数部隊なのか、数は十二といった所だ。
数的には圧倒的な不利だが、私は勝てると確信した。
何故なら、私は美少女な上に強いからだ。この身には滾るほどの魔力が宿っている。
「こ、この力は……! 撃てっ!」
一人の兵士が怯えた様子で打ち始めると周りも流され、鉛玉が私へと襲い掛かったが遅い。遅すぎる。その速度なら簡単に躱せるどころか反撃できる。
「魔力の弾が効かないだと! ば、化け物め!」
「化け物? 私が?」
「くそッ! 撃て! 撃ち続けろ!」
全身を脱力させて、兵士たちには無防備を晒したと思われるだろう。実際、チャンスとばかりに銃身から火を噴かせている。
しかし、ただそれだけの事などと一笑出来るのは武を知らぬ者に限る。
私は、この力を自覚してから自分が戦いに巻き込まれる。いや、火種になると確信していた。だから毎日のように身を粉にして鍛錬し、脳内で戦闘のシミュレーションをして経験値を稼いだ。
その結果、この脱力した状態が、人体が稼働するにあたって最も都合の良い状態なのだと結論を出した。緊張した不自然な身体では本来の力が存分に発揮できない。
しかし敵を前にして、尚且つ戦いを前にして、命を危険に晒しているにも関わらず凝り固まらないのは難しいだろう。完全脱力は言葉にすれば簡単で、然れど実の所酷く成し得難い事である。
だから、それを出来てしまう私はきっと兵士の言う通り化け物なのだろう。客観的に見ても自分は異常だ。
「命までは奪わない。自分を化け物だとは思うけど、そこまで落ちぶれていないもの」
「なにっ!? うぐっ」
厚い弾幕だが一度潜り抜けたら、後はスタンガンで丁寧に一人ずつ気絶させ、制圧するのに一分も掛からない。
地に倒れた兵士たちを確認し、私は気絶している美しい彼女に近づいて、もう一度感情を確かめる。
「やはり美少女はいいわ。こういう感情を抱くということは私の前世は男だったのかしら? まあどうでもいい事ね……」
今はそんな事よりも、彼女の服だ! 服を奪うのが私の目的で、そこに他意はない。下心なんて……まあ無いことはない。
「ふへへ、それじゃあ早速堪能させてもら――うぐっ! な、なに? 急に胸がっ……! 心が苦しい……」
息苦しさから胸を抑え、近くの木へ凭れ掛かる。
まさか病気が発症したのか? 昨日食べた魚が当たった? いや、違う。これは、私の邪魔をする正体は……理性だ! 私の中にある正義に満ちた理性が彼女の服を剥ぎ取るな、と抵抗している!
「ぐっぐぐ! わ、私は負け……ない!」
どうやら私の理性は紳士を気取っているようだが、そんなものは必要ない! 裸なんて減るものじゃないのだから、少しくらいはいいだろう!?
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