第19話
お父様とジェフリー、ジュリアス殿下の会談は二時間弱で終わったらしい。何を話し合っていたのかについて、わたくしは知らないし、聞くつもりもなかった。ただお父様は妙に上機嫌で、ジェフリーが例の『おむずがりモード』なのがちょっと気になる。どんなお話だったのだろうか? いち令嬢に過ぎないわたくしが聞ける話ではないのは間違いないだろうけれど。
「すまいないね、ブリジット嬢。妹の相手をさせてしまって。ヒューストンの屋敷に行くと話したら、どうしてもついて行くと言ってきかなかったものだから」
「ふふ、その程度ならかわいい我儘ではありませんか。わたくしは気にしませんわ。それより、兄妹でお話できる機会が増えたのですね。喜ばしいことです」
わたくしがそう答えると、ジュリアス殿下は眉根を下げた。
「ああ。例の事件の影響で文官連中も無理を通せなくなったからな。ディオール系派閥の力が弱くなっているんだ。義母上はさぞかし肩身が狭いことだろうよ」
「追い詰め過ぎてやけにならなければ良いのですが」
「そのようなことをさせるつもりはないさ。『詰み』まであと一歩というところまで来ているからね」
ジュリアス殿下は不敵に笑い、肩を竦めた。
「お嬢様、お茶の支度が整っておりますよ」
わたくしの背中越しに、メグがそう声をかけてきた。
「お聞きの通りですわ、殿下。テラスまでご案内します」
案内する間、わたくしはずっとジュリアス殿下に背中を向けていたのだけれど、その視線の「質」がいつもと違うのが、どうにも気になる。前回後を尾けられていた時と違って、妙な
わたくしは失礼だとは思いつつ、歩きながら振り返って、口を開く。
「あの」
「な、なんだ?」
「わたくし、何か失礼をいたしましたでしょうか? 殿下の御様子がいつもと違うような……」
「気のせいだ。うん、気のせいじゃないかな! ははは!」
あからさまに視線を逸らすジュリアス殿下……そしてそれを見て何やら歯ぎしりをしているジェフリー。
本当に何の話をしてらしたの!?
ともかく。
わたくし、ジュリアス殿下、お父様、ジェフリー、子供たち三人でテーブルを囲んで、テラスでお茶会が始まった。
お茶菓子はチョコレートケーキ。カカオは南方から輸入して、さらに手間暇をかけないといけないから効果な品だ。それだけでもお出しするには十分だが、色とりどりのマジパンやメレンゲ、飴細工で飾り付けられたケーキは、小さなブーケのようになっている。
言うまでもなく『ジェフリーきゅん仕様』のお菓子作りで鍛え上げられた調理人たちの全力全開である。
「このケーキは——なんとも華やかだな」
「ええ……お城で出るものより、ずっと手が込んでますわ」
お二人のその言葉、宮廷料理人が聞いたら泣きそうですわね……。
「わざわざ休みの日にすまないな、ブリジット嬢」
「? いいえ。お気になさらず」
まあわたくしも例の事件に少なからず関わっていますし、意見を求められること自体はやぶさかではない。やぶさかではないのだが、なぜそんな風に目が泳いでいるのですか、ジュリアス殿下。ジェフリーはさっきからずっと殿下を睨んでいるし……。
「今日はヒューストン侯爵との打ち合わせもあったのだが、君にこれを渡しに来たんだ」
ジュリアス殿下はそう言うと、懐から封筒を取り出す。
封蝋で密封はされていない——つまり機密性のない案件、ということだけれど、わざわざ手渡しというところが気になる。
わたくしは封筒を手に取ると、中身を取り出し、内容に目を通す。
「舞踏会への招待状、ですか?」
わたくしは目を丸くした。あれだけご令嬢たちを避けてきたジュリアス殿下がよりによってこのわたくしに招待状……。
ああ、なるほど……ジェフリーの機嫌が悪いのはこのせいか……。
お父様は何も言わずにやにやとわたくしの方を見ている。
「その、申し上げにくいのですが、殿下。舞踏会に招待なさるご令嬢でしたら、他に相応しいかたがいらっしゃるのでは? わたくしは取り立てて美しいというわけではございませんし、魔法の研究ばかりに没頭して、魔女なんて綽名される女ですのよ?」
わたくしが遠まわしに断ろうとすると、ジュリアス殿下はこほんと咳払いをした。
「その、だな……」
「はい?」
「俺は正直、その——令嬢らしい令嬢、というのが好きではない」
「つまり殿方が好きなのですね。いいですね。殿下ほど見目麗しい方ならかとアリよりのアリかと思います。でもジェフリーは駄目ですよ。絶対に! ノゥ!」
「違う! 話を最後まで聞け! いや、確かにジェフリーはかわいいと思うが、そうではなくてだな」
話の腰をぽっきり折られた殿下は、またえへんおほんと咳払いをして口を開く。
「俺は、令嬢にも相応の学識と教養、そして自立心を求める。男に依存するような——王家の財力と権力だけを欲するような令嬢など以っての他だと考えているのだ」
「え、わたくしも王家の財力と権力、欲しいですわよ? 研究したい放題ですもの」
「話の腰を折ってくれるな。どうせ本気の言葉ではないのだろう」
「まあそうですわね。冗談です」
「君は自分の身は自分で守れるし、教養も学識も十分ある。加えて、魔法師としての実力も折り紙付きだ。何より男に媚びを売らない点に好感が持てる」
「それはどうも……」
褒められている……のかしらねえ? それ。
「王族をやっていると、王子妃の地位を目当てに擦り寄ってくる令嬢ばかりでな」
「まあ、そうでしょうね。つまり、『おもしれえ女』枠としてお眼鏡にかなったと言うことでよろしいのですか?」
「『おもしれえ女』枠……うん、まあ。全否定はしない。それにジェフリーが君についていつも熱弁するものだから、前々からどんな女性なのかと、興味はあったのだ」
「まあ、熱弁していたの!? わたくしのことを、熱弁していたのねジェフ!? 具体的には!? 具体的にはどんなことを熱弁していたの!?」
「今そこは問題ではないんです、姉上ェッ!」
顔を真っ赤にわたくしに待ったをかけるジェフリー。確かに今そこは問題ではない。
今度はわたくしがこほんと咳払いをする。
「カチュアの魔力暴走を恐れずに家庭教師を引き受けてくれた件についてもそうだし、エイジー男爵家の処遇について寛大な措置をとるよう意見してくれた件もそうだ。何より飾らない振る舞いをする君に、俺は——好意を抱いている」
子供たち三人が「わあ!」と頬に両手を当てる。かわいいけど、かわいいけど! この子たちの前で口説かれているこっちは恥ずかしい!
「恋とはもっと激しく人を狂わせるものだと思っていたが、必ずしもそうとは限らないのだな。このような穏やかな気持ちで人を思うことができるのなら、婚姻を結んだ後も良好な関係が築けると思った」
「ええと、つまり、父とジェフリーが同席したお話というのは……」
「もちろん、この国の政治情勢についての話もあったが、ブリジット、お前への婚姻の申し出があった」
「は? え、ええ!?」
お父様のあまりに直截な物言いに、わたくしは思わずカップを取り落としそうになる。
「侯爵家としては断る理由がないからなあ。まあこれまで王家の外戚となったことはないが――これを機に縁を深めておくのも悪くはあるまい。中立を維持するのもそろそろ難しくなってきたことだしな」
お父様がしれっとそんなことを言う。ジェフリーと似ているのは髪と瞳の色くらいだわね、この人……。
まあおっさんにかわいげなんて求めていないけれど。
そんな親子の確執とも言えない確執を知ってか知らずか、ジュリアス殿下が熱いまなざしをこちらに向けてくる。
「――もちろん君が魔法学に傾倒していることは知っているし、色恋沙汰に関心がないことも知っている。ジェフリーから散々話を聞いているからな」
あ、ジェフリーが「ぐぬぬ」って声が出てそうな顔してるわ。
「その上で、よく考えて欲しい。俺は結婚、出産後も自由に研究をさせてやれるし、何なら君を名誉顧問とした研究所を設立し、そこの所長にオズワルド教授を据え、スザンナ嬢を雇い入れることもできる。どうだ? 君にとって俺ほどの結婚相手はそうそういないと思うぞ」
「……弱みを握られているようで悔しいわ」
わたくしはふいと目を逸らす。
「政略だけの結婚ということであれば、確かに殿下ほどのお相手はおりませんでしょうが——殿下はわたくしに好意を抱いておられるのでしょう?」
「そうだな」
わたくしの言葉にジュリアス殿下が頷く。
「わたくしもジュリアス殿下を好意的に見ておりますが——それは男性としてではありません。弟の職場の上司、あるいは、教え子のお兄様としてですわ」
「そうだろうな」
ジュリアス殿下が苦笑いする。
「だからこそ、舞踏会に君を招待している。『バタールの魔女』の心を射止めるためにな」
子供たち三人が「きゃーっ」と歓声を上げる。おい、ユージンよ。君はその立ち位置でいいのか? ジェフリーの乙女脳が伝染ったのか?
「父上の許しは得ている。あとは君の気持ちだけだ。舞踏会では、俺が君をエスコートしよう。簡単に逃がすつもりはないから、覚悟して欲しい」
その言葉を聞いて、わたくしは「どこが穏やかなんだ、充分燃え上がっているじゃないか」と思った。
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