花と空と約束と

フロント

桜と空と約束と

 「ねぇ、知ってる?この桜の木が満開の時にここでお願いごとをすると叶うんだって」

 そう隣で幼馴染が話しかけてきた。

「そうなんだ。全然知らなかった」

「今満開だよね。せっかくだから一緒にお願い事してみようよ」

「俺そんな迷信みたいなの信じてないって」

「そんなこと言わずにさ、早く早く」

「わ、分かったよ」

 幼馴染の勢いに押され俺は願い事をした。

「で、瑞樹は何をお願いしたの?」

「教えないよ、恥ずかしいし。逆になずなは何をお願いしたんだよ」

「自分のお願いは教えないくせに私のお願い事は知りたいんだ。まぁいいけど。私は瑞樹が私を甲子園に連れて行ってくれますようにってお願いしたよ」

「そ、そうなんだ。なんか俺の事願ってくれるなんて照れるな」

「私は言ったんだから瑞樹もちゃんと言ってよね」

「しょうがないなぁ。なずなの病気が治りますようにってお願いしたんだよ」

「ふぅん、なんだかんだ言いながら結局私のことお願いしてるじゃん」

 にやにやしながら俺の顔を覗いてきて、慌てて顔をそらす。

「うっせえ。別にいいだろ。もっと言えば、なずなを甲子園に連れていきたいし」

「へぇ、じゃあ甲子園連れてってよね」

「あぁ、約束するよ。でもなずなも早く病気を治せよ」

「うん。約束だね」

 そう、俺たちは夜空を見上げながら約束を交わした。


 五月、俺は甲子園に行くためにひたすらに練習した。辛い時もあったが少しずつ成長を感じられていたのでそれをモチベーションに乗り越えることが出来た。

 一方なずなはというと、学校は休みがちなものの、俺と一緒に登下校している時は元気そうだったから一応安心はしていた。

「ところで最近練習のほうはどうなの?」

 帰り道の途中、なずながそう尋ねてきた。

「きついけどうまくやれてるよ。エースだからこんなところでへこたれているわけにはいかないよ。まあでも、甲子園まで順調といったところかな」

「すごいじゃん!瑞樹の方は約束守れそうで良かったね」

 なずなの一言に俺は何か違和感を覚えた。

「それじゃあまるでなずなの方は約束を守れないみたいな言い方だな」

 瞬間、なずなの足が止まった。

「えへへ、言うか迷たんだけどね。昔からそういうところだけ鋭いんだから。私の病気が思っていたより深刻な状態だったみたいで、県大会決勝まで生きていられるかも怪しいんだよね」

「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」

「ごめん。心配かけたくなくてさ。これで瑞樹の調子が狂ったりしたら嫌じゃん」

「そんなので調子狂うわけないだろ。急に死なれるほうが余計調子狂う」

「そっかそっか。でもできる限り頑張って生きるよ」

 そうなずなが言って二人は別れた。


 六月末、なずなが緊急入院した。病気が深刻だと聞いたあの日以来一度も話すことはなかったが元気であるとなずなの母親から聞いていた。でも流石にもう限界か。

 俺は練習を抜け出してなずなのいる病院へと向かった。

 病院へ向かう途中、俺がどういった顔をしていたのかは分からない。でもなずなの事しか考えていなかった。

病院へ着くとそこには弱りきっているなずなの姿があった。

「み、瑞樹?どうしてここに?練習は?大会近いよね?」

「そんなことはどうでもいいんだよ。緊急入院したって聞いたよ。今はもうゆっくりしてて。無理しなくていいから」

「あはは、瑞樹との約束守れそうにないや。ごめんね」

 無理して笑っているのが伝わった。

「謝る必要ないだろ。もう守れなくたっていい。そもそも俺は迷信は信じないって言ってるから」

「でも、約束は約そ、」

 なずなの声を遮って、声を大にして言った。

「ああもう、なんでそういうところは昔から変わらないんだよ。分かった、こうしよう。俺たちが甲子園への切符をつかみ取るのを見届けるまでなずなは生きる。その後は死ぬなり生きるなり自由にしていい。これでどう?」

「わ、分かった」

「そういうことだから。よろしく」

 これ以上いると夜も遅くなるし、俺も辛くなってしまうからここを離れた。


 七月、県大会が始まった。

 俺のチームは俺が打たれても味方が取り返してくれたり、味方がなかなか打てないときはしっかりと相手のスコアに0を刻んだりとうまくかみ合い着実に勝利を重ねていった。


 そしてついに決勝戦の日がやってきた。これに勝てば甲子園へ行ける。なずなはなんとか生きているとなずなの母親から伝えられた。これで一つ不安要素がなくなった。俺は安堵し深呼吸をした。

 よし投げ切って勝とう。そう呟いてホームベース前へとチームと共に向かった。

 試合の内容は投手戦だった。お互いチャンスは作るものの、あと一歩のところで点が入らず、静かな緊張感あふれる試合が続いていた。

 その均衡が破れたのが六回表俺のチームの攻撃だ。四番が甘く入ったストレートを捉えスタンドへ運んだ。

 一気に会場が盛り上がる。俺のチームも叫んだりかなり盛り上がっていた。これで甲子園に一歩近づいた、あとは投げ切るだけだ。

 その後0が続き、九回裏ツーアウトを迎えた。あと一つ。ここでアウトを取れば俺たちの優勝だ。でも二、三塁かなり緊張していた。

 大きく振りかぶって第一球目スライダー。内角低めに入りストライクを取った。

 第二球目ストレート。相手に当てられたものの結果はファール。

 後一球。これで決めよう。泣いても笑ってもこれで最後だ。

息をついて第三球目を投げた。ストレート。外角低めだが少し甘く入ってしまった。

 カキン。

 軽快な金属音が聞こえた。マズい。俺は後ろを振り向いた。しかしセカンドが捕球の構えに入っていた。セカンドが丁寧に捕球した。ゲームセット。俺たちの勝ちだ。  

 みんなが俺のところへやってきた。みんなで喜んだ。なずな、甲子園に行けたよ、約束は果たしたよ。


 一通りミーティングが終わった後、俺は一目散になずなのところへ向かった。なずなに優勝したと報告するためだ。なずなはどういう顔をして迎えてくれるだろうか、喜んでくれるといいな。

 病院へ着き、なずなの部屋へ向かった。するとなずなの母親と静かに目を瞑っているなずなの姿があった。

「なずなの状態は?」

 俺は、静かに尋ねた。

「あの娘は瑞樹君の優勝を見届けて静かに眠りにつきましたよ」

「ということはもう」

 少しの沈黙の後、なずなの母親は静かに頷いた。

「そっ、そうか。約束を守ってくれたんだ。」

 泣くのを堪えながら言った。

「約束って?」

「なずなとの約束で、俺が甲子園に行くから、それまでは生きてくれって」

「そうなのね。瑞樹君ありがとう」

 同時になずなの母親が泣き出した。それにつられ、俺も涙をこぼした。


 数日後、なずなと約束を交わした桜の木のもとへやってきた。今は緑の葉で覆われていた。そこで合掌をし、空を見上げて呟いた。

「たまには、迷信を信じてみるのもいいかもな」

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