疑い
「そういえば、用件を聞けていなかったな」
バスタオルを体に巻いたままの格好で俺達のいるリビングにやってきたイリーナは言った。
「あぁ、すっかり話すのを忘れていた」
本当は目の毒だから、さっさと着替えて欲しいのだが、後から話を切り出すのも面倒だから彼女から切り出して来た今、話してしまおう。
「その前に一応自己紹介をしておくべきか?」
ティリスのことは知っているだろうから、ユミルの自己紹介だけでも良さそうだが……。
「そうね、貴方とティリスのことは知っているからもう一人の方だけでいい」
どうやらイリーナも同じ考えらしい。
ユミルに自己紹介をするよう目線で促す。
「私の名前、ユミル。さすがに聞いた事が無いかもしれないが、かつての創造神だ。そして
ユミルは、要点だけをかいつまんで無駄のない自己紹介をした。
「神族だったの……創造神ユミル……創造神!?」
思うところがあるのかイリーナが少しオーバーなリアクションを示す。
「知ってたのか?」
腕を組んでしばらく考えに耽った後、イリーナは重々しく口を開いた。
「神族についての本や、この世界の誕生に関する逸話なんかを読むときには、どうにも不自然な箇所があって気になったことがあった。そして我がブランジェ家では、だいぶ前にはなるが突然、信仰する神を変えている」
それが創造神ユミルなのか?とイリーナは言いたいのだろう。
「私についての記載が残る、伝記、逸話などはほとんどない。何者かによって私の存在は、消されてしまったもの」
悔しさを滲ませた顔でユミルは言った。
きっと忸怩たる思いを抱いているのだろう。
「調べた限りでは、最初からこの世界には様々な秩序を司る神がいたのだとされいた。でも私はそれが信じきれなかった。私達魔族が母から生まれ落ちるように秩序を司る神を創った
イリーナは、確信を持ったように言い切る。
「うぅ……」
ユミルは、涙ぐみ嗚咽を零した。
「大丈夫か?」
「……えぇ、他者に存在を認めて貰えたことが嬉しくて……」
ユミルは、存在が消されると同時に自らを信仰する多数の信者も失った。
それから長いこと、一人で寂しい思いをし続けてきたのだろう。
「私のことを信仰してくださいますか?」
ユミルは、遠慮がちにイリーナに尋ねる。
イリーナは、そんなユミルの手を取って微笑んだ。
「私は魔界も家も捨てた身。こんな私で良ければどうぞ信仰させてくださいませ」
さながら臣下が王に
「そこまでは、しなくてもいい。これからは仲仲間だから……」
慌ててユミルは、イリーナに頭をあげるよう促す。
「そろそろ、本題に入ってもいいか?」
このままでは、いつまでたっても本題に入れそうにもないので俺から切り出すことにした。
「時間をとってしまった」
「構わない」
二人の了承を得たので俺は、今リントの街で起きていることの知る限り全てをイリーナに話した。
「――――で、私が疑われていると?」
「そういうことだ、俺はお前がそういう魔族では無いことを知っているから疑いを晴らしたい」
それに今はもう、眷属となったのだ。
眷属が疑われて気分を害さない主などいないだろう。
「甚だ迷惑な話だな」
イリーナは、嘆息交じりに言った。
「で、子供たちの隠されている場所に心当たりはないのか?」
教会の地下からは既に連れ去られていた。
頼みの綱の生体反応も、魔法に干渉する何かしらのものがあるのか感知することが出来ない。
「ないこともないけれど、行きたい場所ではない」
イリーナは、この周辺の地図をテーブルの上に広げた。
「ここから北に半日程度歩いた場所に、廃教会がある。地下空間にある程度の広さもあるし人も寄り付かない場所と言えばここが一番濃厚だ」
「ちなみになんで人が寄り付かないんだ?」
仮にも危険な噂があるのなら、知っておくに越したことはない。
「そこには【不死者の庭】がある」
「個体によって強さはバラバラで無数に湧いてでる、難敵だな」
子供たちが廃教会にいる可能性があるというのならば、俺達に行かない理由はない。
「教会が子供を攫っていた事実を俺は、白日のもとに晒したい。明日にでもいくぞ」
必ず二人を連れ戻すと、ミリィちゃんにも約束しているしな……。
「わかった」
自らにかけられた疑いを晴らしたいのだろうイリーナも廃教会に行くことを了承してくれた。
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