再会
「……誰?…この魔力、前にあったことがある……」
イリーナ・ブランジェの寝室に入ると白いシーツを纏った女性が力なく、寝台に座っていた。
「久しぶりだな」
彼女の見た目は、大戦の時とそれほど変わってはいない。
変わっている点があるとすれば、少し窶れたくらいだろうか。
「あなたは……もしかしてアイヴィス?」
イリーナは、驚いたような懐かしそうな悲しそうな様々な表情を浮かべた。
「あれから、大変だったな……」
イリーナの周りに側近が一人もいないところから見るに全員を魔界へと返したのだろう。
労わるように優しく声をかけた。
「えぇ……貴方に負けてから、色々あったな……」
寝室の窓から見えるリントの街をイリーナは、物憂げな表情で眺めた。
「恨んでいるのか?」
仮にも俺は、イリーナの敵将だったわけだ。
イリーナが大戦後に辛い目にあったとしたらその責任は、俺にあるとも言える。
「正々堂々の真っ向勝負、恨むはずもない……」
あれから、そう長い月日がたった訳じゃないがあの頃を思うと懐かしく感じる。
「それならいいんだ」
これからイリーナに協力を求めるためにも、恨まれているようじゃ話は進みそうにないからな。
「それに、貴方は私を逃がしてくれた。おかげで私は自分の人生を
ありがとう……とイリーナは微笑んだ。
人族や魔族が、こんな人ばかりだったらいがみ合いなんて起きなかったのかもしれない。
「それで、私に用事があるのだろう?」
寝台から立ち上がると、イリーナは着替えを始めた。
締まるところは締まった、けれども肉付きのいい女性らしい体つきが目の毒なので、咄嗟に目を背けた。
「もしかして、私を討ち取りに来たか?」
その声には、諦観の念が含まれていた。
「いや、そう言うわけじゃない。俺は、お前に協力を仰ぎに来た」
まっすぐイリーナの目を見据える。
「そう、いつか私に追っ手が差し向けられて、それで貴方に討たれることは、覚悟していたのだけれど無駄になったみたい」
部屋についている簡易的なキッチンの棚からイリーナは、カップを四つ飛び出した。
そしてイリーナは、そこに手を翳すが水も愚か何も出なかった。
「【
だから、そこに魔法で珈琲を注ぐ。
「随分と面白い魔法を使えるのだな」
イリーナは、感心したように言った。
「茶の方が良かったか?」
「いいえ、珈琲でいい」
手ずからカップを俺たちに渡すとイリーナは、寝台に腰かけた。
そして自分の横をぽんぽんと叩いた。
座れということなのだろう。
「お前、魔法を使えなくなったのか?」
彼女が珈琲を淹れようとした時、見ていて気付いたことを訊く。
「えぇ……貴方の来る数時間前にね……」
イリーナは、服を捲って太腿を惜しげも無く俺にみせた。
「聖痕……か」
赤黒い聖痕が、彼女の白い太腿に刻まれている。
「襲われたんだな……」
「簡易結界を破って来て、寝込みを襲われた。純潔は、守れたが…」
そう言って力なく笑うイリーナ。
口では笑っているが、魔族のプライドたる魔法を行使できない体にされてしまった彼女は、かなり心を折られているのだろう。
「だから、貴方には何も協力できそうにない」
聖痕で魔族の力を封じるのは、よく使う手段だ。
大戦での魔族の捕虜の扱いもそれが基本だ。
プライドを折られることを嫌って、自ら舌を噛みちぎって絶命する魔族をどれほど見たかは計り知れない。
「そんなことは無い」
でも、俺にはそんな魔族を助けることが出来ないわけじゃない。
おおよそ全ての属性の魔法を行使できるが俺よ本業は、闇属性の魔法だ。
その中には、眷属化することにより何者かの魔法に寄って封じられた者を、その魔法を上書きして解き放つことが可能な魔法もある。
「俺には、その聖痕を消すことができる」
「え……?」
イリーナの目は、その一言を聞いて光を宿した。
そして縋るような目で俺を見る。
「どうやって!?」
だが、俺の眷属になることを彼女のプライドが許すのだろうか。
俺は、人族であり魔族に深く恨まれているかつての英雄だ。
「それは、俺の魔法で聖痕を上書きする」
上書きというその言葉で彼女は、全てを悟ったらしかった。
「貴方の眷属になるのか?」
眷属というのは奴隷という言葉と意味合いが本質的に相違ない。
それを悪用している人間とていないわけじゃないけど。
「お前の
そう尋ねると、しばらくの間を開けて彼女は、口を開いた。
「このままじゃ、私は人間にいいようにされてしまう。それだけは絶対に嫌だ。それだけじゃない、私には魔族からの追っ手もかかっている。だから、強力な庇護が欲しい」
彼女の苦悩は、俺にも手に取るようにわかる。
俺もかつて命を懸けて守ったはずの人間達に裏切られ今では追われる身だ。
「奇遇だな、俺にも教会から追っ手がかけられている」
加えてユミルにも、神族からの追っ手がかけられていることが、つい先日わかったばかりだ。
「似た者同士だったのだな……」
幾分か元気を取り戻した表情でイリーナは、微笑んだ。
「それに、貴方は信用がおける。裏切らないだろう?」
イリーナは、そう断言すると上目遣いに俺を見つめた。
「だから、私を貴方の眷属にしてくれ」
容姿端麗な魔族のイリーナに、こんな風に言われると思わなかった俺は、少し取り乱してしまう。
これが相思相愛の男女であったのなら何かが始まってしまいそうな雰囲気だ。
「い、いいんだな?」
「えぇ、もちろん」
憑き物が取れたかのような眩しい笑顔、魔族もこうやって笑うんだな……。
「ユミル、ティリスもいいな?」
後ろで黙って話を聞いていた二人にも同意を求める。
ここで断るような二人じゃないと知っていても、彼女達は大事な仲間だ。
「似た者同士、気が合いそう」
「す、好きにすれば!?でも、それで私に構う時間が少なくなったら許さないんだから!」
どうやら二人の同意を得られてらしい。
「だそうだ、これからよろしくな」
イリーナ・ブランジェ――――魔族界でも人間界でも強さと優しさで名の知れた魔族。
かつての敵を仲間にした今日、ようやくユミルの悲願を達成するための旅のスタート地点にたったのかもしれない。
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