イリーナ・ブランジェ


 

 「ぐッ……何をするのよっ!?」


 寝台の上で気づけば、私は顔を知らない男に組み敷かれていた。

 

 「おっとぉ、起きちゃったかぁ……まぁ、それでもいいぜ」


 屋敷の周りには結界を張ってあったはず……なのに何故?

 私が張ったはずの結界は、なぜか解除されていた。


 「しっかしイイ体してんな」


 遠慮もなく男は、私の体を撫でまわす。


 「その手を離してっ!!」


 こんな知りもしない男にけがされるのはごめんだ。

 組み敷かれた態勢を何とかしようと手に力を入れるのだが、男と女の力比べでは敵うはずもない。


 「【火球フランメ】!!」


 魔術でどうにかしようと詠唱するも何も起きなかった。

 魔力を集めようにも途中で霧散してしまう。


 「どうして魔術が使えないの?って顔してるな」


 そんな私を見て男は面白がるように言った。


 「ガイドス導師の作ったコレの効果だよ」


 男が私の足をグイっと掴んで太腿を露出させる。

 そこには、見たこともない紋様があった。


 「……えッ?」


 それは、男が懐から取り出して私に見せた護符の紋様と同じだ。


 「その模様は聖痕っていうらしいんだがな、この護符を押し当てるだけでほらよっ」


 私のもう片方の太腿に護符が押し付けられた。


 「くぅっ……」


 鋭い痛みが体に走る。

 護符を押し付ける男の手を強引に払うと、押し当てられた箇所には護符と同じ紋様があった。


 「これで、魔族の魔術を封じるわけだな。いや、使ってみるまでは半信半疑だったが効果は絶大みたいだなぁ」


 男が聖痕の刻まれた太腿をいやらしく撫でまわす。


 「じゃぁ……身柄を引き渡す前に味見でもするか」


 強引に私の両足を割ってその間に男が入ってズボンを降ろす。


 「どんな声で鳴いてくれるんだ?」


 下卑た笑いと酒臭い息。

 これから汚されることを考えれば、自分で舌を噛んで死ぬ方がマシかもしれない。


 「待て、ラパス。傷物だと知れればガイオス導師に殺されるぞ?」


 部屋の扉が開いて、別の男が私を汚そうとしていた男に声を掛けた。

 

 「ちっ……それは御免だぜ」


 男は降ろしていたズボンを上げると拳を握って振り下ろし――――――私の意識は途切れた。


 ◆◇◆◇


 「この屋敷って……!?」


 ティリスは見覚えがあるらしかった。


 「そうだ、俺の会いたい奴っていうのはイリーナ・ブランジェだ」


 イリーナ・ブランジェはリント一帯がまだ魔族の支配下だったときに、この辺りを治めていた高位の魔族だ。

 そして彼女は、魔族にしては珍しく人族の街に対して善政を敷いたことでも有名な魔族だ。

 

 「って、アイヴィスと戦った魔族じゃないっ!?」


 ティリスは、俺が合う目的が理解できないとでも言いたげだ。


 「まぁ、そうだな」


 イリーナ・ブランジェの率いる魔族と人族の軍隊がリントの街を領有をめぐって対立したときも、イリーナ・ブランジェは、街が戦場になるのを嫌って街の外の草原で戦闘が行われることとなった。

 まぁ、最後は結局俺が勝って情けをかけたくなった俺が、転移魔法で彼女とその配下を何処かへ飛ばしたんだけどな。


 「てかなんでその魔族は、この街に戻ってきてるのよっ!?」


 ティリスの質問は、もっともだ。

 人族の支配領域となった街に何故、魔族が危険を冒してまで住むのか。

 ちなみに、彼女がこの街に戻ってきたのは人類と魔族との戦いが終わった直後だ。

 聖都サケル・カプトドルニエへの帰路に、この街を通ったとき彼女の魔力の気配を感じたのに驚いたのを覚えている。

 

 「多分、理由は簡単だ。魔族の支配領域に戻ってもいいが、敗戦の責任を取らされるし自分の治めた街が気に入ったからなんだろうな」


 それに負けた理由が、有利な市街地戦を放棄して草原で戦いを挑んだからだ。

 魔族の支配領域に戻れば厳しく責任を追及されるんだろうな。


 「どんな、人なの?」


 ユミルは見たことないんだったな。


 「大人の魅力を持つスタイルのいい美人でって痛ぇ、ティリス、ちょっと頬っぺたつねらないで」


 なぜかティリスが思いっきり頬を抓ってくる。


 「美人は、もう間に合ってるでしょ?」


 そして何故かティリスはご立腹だった。


 「……はい」


 ここで変なことを言ったもんなら、さっき以上の仕打ちを受けるからな、素直に認めるのが一番だ。

 ティリスとの長い付き合いで、対ティリス用の処世術みたいなものを心得ていた。

 

 「ちょっと興味が湧いてきた。会ってみたい」

 

 ユミルはティリスと違って興味津々といった様子だ。


 「あぁ、でも会う前にひと悶着ありそうだな」


 屋敷には、教団の馬車が止まっており何故か聖騎士の姿まで見受けられた。

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