第10話 腐女子、テクニック!


 小説を封印され、やることがなくなった僕は、暇を持て余していた。

 特にやることもない。

 なんだかんだ言って、1日をダラダラと作業所で過ごしていた。


 そんな時、熟田さんと他の利用者さん達が雑談をしていた。

 僕の第一印象通り、熟田さんはやはり腐女子だった。

 それも飛び切りの……。

 他の女性利用者さんと話している会話を聞いていたが、知識がない僕には毎日が新鮮だった。


「いやぁ、私、同人誌とか作ってたんすけど、最近、枯れてて……ガル●ンが好きで百合作ってたけど、コミケで来るお客さんが男ばっかで、女性あんまり来てくれなくて。私、何しに来てんだろう? って」

 という謎の会話をスラスラと話していた。

 他の女性利用者さんたちが「わかるわかる」と笑って頷く。

「『生物』も最近、やる気なくて。このままじゃ、ダメだなぁって思ってるんすよ」

「「うんうん」」

 (え、今の会話でなにかわかったの?)


 僕は黙って腐女子の会話を見ていた。

 そこで、ふと思う。

 今書いている自作「気にヤン」は男の娘ものだ。

 広く言えば、BLというジャンルなのでは?

 そう思った。

 ならば、やることもないし、この際だ。

 熟田さんも指導することなさそうだし、彼女からBLを習ってみよう。


 そして、熟田さんを呼び止める。

「熟田さん、ちょっといいすか?」

「あ、味噌村さん。なんですか? 小説の取材ですか?」

「いや、取材といえば、そうなんですけど……。良かったら、熟田さんの描いてるBL本を読ませてもらえますか?」

 別に悪意はなかった。

 ただの興味本位。

 知りたかっただけだ。


 熟田さんは鋭い眼光で僕を睨みつける。

「なっ!? だ、ダメに決まってるでしょ!」

 ぶちギレてしまった。

「え、なんでです?」

「ダメなもんはダメです!」

 だが、僕も負けていらなれなかった。

 好奇心が旺盛だから。

「でも、ネットとかで発表しているんですよね? なら、良くないですか?」

 彼女は顔を真っ赤にしながら怒り出す。

「なっ!? ダメです! 私の作品をネットで探しても、味噌村さんの知識なら、絶対見つけられませんよ!」

 僕は意味がわからなかった。

「そうなんですか? pixivとかに……」

 いいかけて、また怒られる。

「ありません! いいですか、味噌村さんの場合、興味本位でしょ? 界隈にそんな気持ちで近づいたら絶対ダメです! なんでそんなことを知りたいんですか!?」

「え、勉強をしたいからです」

 熟田さんは呆れた声で答える。

「あのですね……私のは二次創作です。だから、その作品を好きな人が読んだら、不快に思われる危険性があるんすよ」

 説明を受けたが、僕は理解できなかった。

「え、僕は不快に思いませんよ。どんなBLでも抵抗とかないです」

 うろたえる熟田さん。

「なっ!?  じゃ、じゃあ、例えば、味噌村さんが大好きなアン●ンマンが受けで、ばい●んまんが攻めの本があったら、どう思うんですか!?」

 熱く語られてしまった。

「え、すみません。読みたいです」

「なっ!?  じゃ、じゃあ、味噌村さんの好きなドラ●もんが受けで、の●太が攻めの作品は!?」

 僕は堂々と答えた。

「え、すみません。読みたいです」

 驚きを隠せない熟田さん。

「なっ!? じゃ、じゃあ……」

 かなり興奮した様子で、僕を叱りたいようだ。

 だが、裏で会議を始めようとしていた天拝山さんが、彼女を呼び止める。


「熟田さん! 会議、会議するよ! 早くおいで!」

「チッ……。味噌村さん、まだ話は終わってませんからね! あとで続きを話しますからね!」

「は、はぁ……」

 怒らせてしまった。

 別に悪意はないんだけどなぁ。


 その後も僕はあきらめないで、熟田さんの作品を読みたくて、一生懸命、説得したが、

「ダメです!」

 と毎回怒られていた。

 仕方ないと思い、

「なら、熟田さんが持っている作品、好きな作品なら読ませてくれますか?」

 すると急に彼女の顔が優しくなる。

「あ、それなら全然いいっすよ! でも、私の持ってるのって、絡みが多いっすよ?」

「問題ないです」

「じゃあ、早速明日持ってくるっす! なにがいいっすか? BLか百合」

 僕は堂々と答えた。

「全部です!」


 次の日、熟田さんは約束通り、大量のマンガを持ってきてくれた。

「味噌村さん、家の本棚見たけど、結構過激なシーン多いですよ? いいんですか?」

「あ、全然いいっす。ありがとうございます」

 僕は静かにBLと百合を読み始める。

 何もかもが新鮮だった。

 ノンケだし、百合もあまり読んだことなかったが、胸キュン展開を多く感じる。


「めっちゃ面白いです。勉強になります、熟田さん」

 するとホクホク顔で、彼女は笑う。

「良かったぁ、勉強になってぇ。ありがとうございます」

 とまるで、自分の作品のように喜ぶ。


 しばらくして、他の女性利用者さん達が来て、僕と熟田さんの読書会を見て、絶句していた。


「えぇ、なにやってるんですか……熟田さん」

「あ、おはようございます。味噌村さんがどうしても読みたいっていうから、持ってきたんすよ」

「その作品って絡み多いでしょ……」

「はい。でも、味噌村さんは抵抗ないらしくて。とりあえず、私の推し作品を全部持ってきました」

 その間も僕は激しい絡みのシーンを喜んで読んでいる。

 (うわぁ、これが腐女子の名作かぁ。勉強になるなぁ)


 そんなことをしていると、斑済さんが近寄って来る。

「味噌村さん、蓮根ちゃんからしっかり習ってるんだね」

「あ、はい!  熟田さんが熱心に教えてくれて、すごく勉強になります!」

「そうかそうか。ところで、それマンガ?」

「はい、熟田さんがわざわざ僕のためにと、持ってきてくれたんです」

「へぇ。僕も読んでみていいかな?」

 動揺する熟田さん。

「ま、まあ……」

 パラパラと読み出す斑済さんだったが、数秒でパタンと本を閉じた。

「ごめん、僕。他の仕事するわ」

「「「……」」」


 気まずいムードで、腐女子の三人が黙り込む。

 当の僕と言えば、


「うわぁ、これが百合か! 尊いって言えば、いいんですかね?」

「「「……」」」


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