第3話 コミュ障破壊、テクニック!


 個室の面談は、僕と対面式に、所長の天拝山さんと怪しいおじさんの斑済さんの三人になった。

 福祉的な質疑応答は終わり、次は創作に関わる相談になり……。

 オタク文化には疎い、天拝山さんから斑済さんにバトンタッチ。


「味噌村さんはなにを志望ですか?」

 ニッコリと笑ってはいるが、目が笑ってない。

「えっと……ら、ラノベ。ライトノベル。小説です」

 僕がそう言うと、斑済さんは苦い顔をした。

「うーむ……。味噌村さん、残念ですが、今の時代、小説はあまり儲からないんですよ。イラストとかの方が儲かる。あとはあれです。今小学生が一番なりたい職業のユーチューバーなんてどうですか?」

 予想外の提案に僕は苦笑した。

 40才を迎えようとしている中年のおっさんが、あんな煌びやか世界に顔を出すなんてのは、なんか違うかなと。

 あそこは若い人たちの映像世界だと、僕は勝手に思っている。


「いや。僕は儲かりたいのではなく。あくまでも社会復帰。とついでに、小説の文章力をあげたい、ネット上で発表できるぐらいの描写力が欲しいだけです……」

 僕がそう言うと、斑済さんはニッコリ笑ってこう言った。

「味噌村さん、小説なんてものはセンスです」

「センス……?」

「うん、だから特にどうこう教える必要はないでしょう。それにもっと夢をでっかく持ってください。責めて、『書籍化ぐらい』とか『アニメ化してやる』ぐらいの……」

 僕はそれを聞いて、言葉に詰まる。

「えぇ……」

「そんなに驚かれることはないでしょう。私はつい先日、味噌村さんと同じく小説家志望の方と約束をしました」

「約束ですか……」

「はい、必ず芥川賞をとろうと!」


 シーンと沈黙が続いたあと、僕は緊張がブッ飛び、吹き出してしまった。


「ブフーーーッ!」

 近くにいた所長も苦笑いしていた。


 笑いを必死にこらえ、斑済さんに謝る。

「す、すみません……そんな志が高い人がいるなんて知らなくて……笑っちゃっダメですね」

 と言いながらも、僕は笑いが止まらなかった。

「うん、そうです。味噌村さんもそれぐらいの夢を抱いて、この作業所に来てください!」

 斑済さんは一切笑う事なく、真剣な眼差しで僕を見つめる。


 話題は変わり、僕の書いている小説の話題になる。

「ところで味噌村さんの作品はどんなものです?」

 ギクッとした。

 この頃、今書いている小説と言えば、リハビリ目的に書きだした。

 性癖マックスの作品。

 男の娘、女装、女装男子がヒロインのラブコメ「気にヤン」だけ。


 あとは18禁を過去に息抜きで書いたぐらい。

 ブランクが20年ぐらいあったから、彼に見せられるのはこれだけだった。


 緊張で口の中がカラカラに乾く。

「あ、あの、ラブコメです……」

「ラブコメ? なんです、それは?」

 斑済さんにそれでは伝わらなかった。

「えっとなんていうか……」

「今見せてくれるなら、作品を読ませてください」

「うっ……」

 参ったなと思いつつ、僕はスマホで自身のサイトを開いて、彼に手渡す。


 すると何を思ったのか、斑済さんは大きな声で僕の作品を音読しだした。


「ふむ。『気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!』」


 それまで黙っていた隣りの所長が、タイトルを聞いた瞬間、吹き出した。


「ガハハハッ! ハーッハハハ!」

「……」

 多分、僕はもう顔を真っ赤にしていたと思う。


 だが斑済さんはやめることなく、あらすじまで読みだす。


(敢えて、あらすじを引用します)

「可愛ければなんでもいい……男の娘でも……?」

「ふむ……。新宮 琢人はひょんなことから、通信制の高校に入学?」

「入学式で出会ったのは琢人のどストライクゾーン、貧乳っ! 金髪っ! 緑の瞳っ! 色白っ! ハーフの美少女……」

「……ではなく、ただのヤンキー……男の子ぉ?」

「古賀 ミハイル」

「ミハイルを見つめていたことで、『ガン飛ばした』と因縁をつけられて、彼女いや彼から「なぜだ?」との問いに、琢人は純粋に答えた」

「かわいいとおもったから?」


(いやぁ、もうやめて! 穴があったら入りたい!)


「その一言で、琢人とミハイルとの歪んだ出会いがはじまり、琢人との思惑とは裏腹にミハイルからのアプローチがすごい!?」

「しかも、じょ、女装すると? 琢人のめっちゃタイプな女の子に、だ、大変身!?」

「口調まで琢人好みに変えてくれるという神対応……」

「でも、男装? 時は塩対応……」

「あ~だから男の娘だとわかっていても、可愛ければいい?」

「禁断ラブコメディー、ここに開幕……」

「うーん……なるほどぉ……」


 読み終えるころには、天拝山さんが腹を抱えてゲラゲラ笑うし、

 お水を持ってきてくれた犬ヶ崎さんも聞こえていたのか、「んふふふ」と失笑していた。

 当の作者本人の僕は、「もうどうにでもなれ」一緒に笑うしかなかった。

 社交不安なんて、斑済さんの前では、簡単に破壊されてしまう。


 天拝山さんは、机をバンバン叩いて笑っていたが、斑済さんは至って冷静な態度を保っていた。

 そして、こう言う。

「うん……掴みはオッケーて感じですね」

「は、はい……」

 というか、自分で読んだのだから、責めて笑ってほしいと思った。

 真顔で言うから、しんどい。


「これはどこで読めるんですか?」

「あ、その『小説家になろう』というサイトで読めます」

「わかりました。あとで読ませていただきます」

「あ、ありがとうございます」

 ほぼ初めての読者と言っても、過言ではないだろう。


 ガチガチに緊張していた僕は、羞恥プレイを食らって、心身ともに疲弊していた。


 まあ、この日にもう通所を決めたのだが。

 他の人も同じような面接をされたのかと思うと、僕はちょっと心配だった。

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