14:10、7階フロアにて

 入社して2年が経ち、私はあることに気が付いた。


 新入社員が辞めていく。不況時に新しい仕事が見つかる見込みもないというのに、自分とあまり年の変わらない社員が辞めていく。それほどこの仕事は耐え難いものだろうか。人には様々な考え方と捉え方があるものだが、この事態を私は不思議に感じていたので、上司に訊ねてみた。


「なぜ、皆辞めていくのでしょうか。僕にはどうも分かりません」


 居酒屋で酒を交わしながらそんなことを聞く私に、上司の目つきが変わった。「気づいたか」と、今にも溜息でも吐きそうだった。


「辞めたヤツにしか分かんねぇよ。俺も見てねぇからはっきり分からん」


「見てない?」


 その言葉に反応する私の目を上司は刺すように見つめる。彼は、それより先の追及を妨げるようにビールを注いできた。


「昼の2時10分に、絶対に7階のフロアに行くんじゃねぇぞ」


 結局、上司からは大したことは聞きだせず、残ったのはモヤモヤとした心地だけ。


 7階のフロアは休憩所として社員がよく使っている。窓からはピースの埋まったパズルのような、都心な景色がよく見える。2時10分といえば休憩時間が終わって10分後、オフィスに戻って仕事を再開しないといけない時間だった。


 しかし、ある日仕事場に入る前に飲み物でも買おうと7階にある自販機に立ち寄った。その時、ふと、上司の言葉を思い出した。2時10分にいったい何があるのだろう。あの時の自分の疑問に対する答えがあるのだろうか。


 自販機に150円を入れ、お茶を買った。一口、二口飲みながら、その時を待つ。時計の針が2時5分、6分、7分と刻んでいく。やがて、長針が2時9分を過ぎる。と、そのとき、周囲から一切の雑音が消えた。耳を両手でふさいだかのように。


 時刻は午後2時10分。窓の方に目をやる。そのとき、


「ぎゃあぁあぁぁぁあああぁああああっ!!」


 痛々しいほどの叫び声、が耳をつんざいた。


 人が落ちている。白昼、スーツを着た男が恐怖にゆがんだ表情をこちらに向けて、助けを求めるように手を伸ばしながら視界を上から下へと流れていく。


 なによりも私を驚愕させたのは、落ちている人間が他でもない「私」自身だったことだ。


 いつか。


 いつか私はこうなるのだろうか。


 しばらく休んでいない……。家にも帰れない日も続いている……。どうして私はこんなところで働いているのだろう……。なんのために……。誰のために……。


 私はその次の日、会社に辞表を提出した。

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