第2話 潜入
「あ、お兄様」そう僕にメイドが話し掛けると、関矢達は僕の方を見た。意識が僕に向いた事となり、第一段階の作戦は成功と言えた。
ここで、次の作戦を実行に移そうとしたが、実行する前に関矢達から接触して来てくれた。予想外だったが、運良く救われたのは確かだ。
「君もメイド喫茶に興味あるの?」関矢の右に立つ男が聞いて来た。
「は、はぁ…でも、僕は初めてで良く解らないのです…」
『初めて』と言うキーワードに、関矢自身が食い付いて来る。関矢のツイッターを何度も見る事で、この男が世話好きな見栄っ張りと言う性格だと分析した僕は、関矢本人に質問を投げ掛ける。相手の警戒心を解く為に、僕自身の紹介を交えて。
「進学の為、上京して来たばかりで、右も左も解らないので、もしよろしかったら教えて頂けませんか?お勧めのお店とか…」
低姿勢にお願いをしてみた。関矢達とのやり取りを見ているメイドは、『私の役目は終わったのかな?』と言う表情で僕をチラっと見た。
僕は、メイドに向かってか「すみません。お店のチラシとかあったら頂けえませんか?」と声を掛けた。
僕が、チラシをと言ったら作戦終了の合図と伝えていたので、メイドはチラシを僕達に手渡しして、その場から離れて行った。
「お勧めは、ハニーランドですかね?我々は、週に三回は通っていますよ」と、関矢は教えてくれた。
関矢の左に立つ男が言う。
「でも、以前に比べたら可愛い子は少なくなっちゃって残念でもありますが…」右の男が深く頷くと、関矢が「でも、ハニーランドに限らず、今は一昔前に比べて全体的な質も落ちてしまってね。ほら、あそこを見て下さい」そう言って、あるビルを指さした。
そのビルの三階の外階段では、メイド姿の女の子が二人煙草を吸っていた。
「メイドって、清楚なイメージが強いのですが、それはあくまでも表向きであって、現実はこんなもんなんです。あの様な店には、我々は行かない様にしています。先程の彼女もですが、煙草の匂いがしましたよね?いくら可愛くても、煙草を吸うメイドは抵抗があって、壁が出来てしまうのです」
僕は、頷きながら「そうですよね、僕もテレビで見たメイドって清楚なイメージがあって、煙草とか無縁な存在だと思ってました。ある種、アイドルに近い存在なのかと思っているので、実際この目で煙草を吸っている姿を見ちゃうと幻滅しちゃいます」
関矢の意見に同調する。
自分と考えが同じと言う事もあってか、関矢達は警戒心を解き、僕と言う一人の人間に対しての興味を示す様になって来た。
暫く、お互いのメイド像を立ち話していると、願ってもいない発言が関矢の口から出て来た。
「君、名前は?もし、良かったら今度我々と共にメイド喫茶巡りをしませんか?」
「僕は高瀬勇人です。僕で良かったら是非、お願いします」
その場で三人とLINEの交換をした。
関矢自身は警戒心が強いと姉から聞いていたが、同じタイプの人間であり、同じ考えを持つ僕は警戒をされる事なく、近付く事が出来た。
「我々は、今日は解散の時間だから、今度連絡します」と関矢が言って、その場で解散となった。
関矢達の姿が見えなくなるのを確認し、さっき頼んだメイドを探しお礼を言った。
「お兄さん、あの三人の心を掴むなんて凄いね。アキバでも有名なんですよ。私は、知らない振りをして話し掛けたけど、良い噂も悪い噂も両方あるんでね」
「そうなんだ」僕は、変装用の伊達メガネを外しながら返事をした。
「あれ?何か雰囲気が違うね。やっぱ、私の思った通りスパイか何か?」敢えて隠す必要が無いから、僕は「内緒だけど、そうだよ」と答えた。
翌日、倉庫でのバイトが終わった時、スマホに着信が残っていたから、すぐに電話を掛け直した。
「すみません、高瀬ですけど…」
「あぁ、高瀬さんね。昨日はありがとうございました」
昨日、僕はアキバの帰り道に渋谷へ向かった。目的地は、渋谷の道玄坂を越えた先にある美容室に行く為だ。
この美容室は、姉の所属していたムーン・ラビット専属のヘアメイクを行っている。
「昨日の件だけど、オーナーと相談した結果、別に構わないって事だけど、本当に無償でも良いの?」
「はい。ただ、付き添えるだけで構いませんので」
「君の気持ちも解るよ。じゃあ、約束通り素性は俺とオーナーだけの秘密にしておくから、気が済むまで同行して良いからね。それに、ムーン・ラビットに限らず、アイドルには光と闇があるから、自分が納得するまでお姉さんの為にも、その目で確かめてみてよ」
「ありがとうございます。迷惑はお掛けしないので、よろしくお願いします」
封筒3に書かれていた『森川亜莉沙』への接触が可能となった。
森川亜莉沙は、姉が所属していたムーン・ラビットのリーダーであり、一番人気のある奴だった。最近では、雑誌にグラビアとして単独で掲載されたり、脇役だけど、映画出演も果たしている。
5人組のムーン・ラビットでは、常にセンターとして活躍していたが、姉が加入した事で、センターを奪われた事が切っ掛けで、姉への当たりが強くなったと言う。
アイドルに詳しい人なら、良くある事と言う程に、どこのグループでも一度や二度は問題視される内容らしい。
ただ、その度が過ぎる場合もあり、その例が姉の事となる。
森川の逆恨みから、姉は追い込まれた。それは、きっと他のメンバーも見て見ぬ振りをしていたのじゃないかと、僕は推測をしている。
雑誌などで見る森川は、姉とは異なり綺麗な顔立ちをしていた。姉は、どちらかと言うと童顔で、21歳なのに未だに高校生に見られる程幼く見える。
2日後、ヘアメイクスタジオ『エメラルド』の店長兼ムーン・ラビット専属担当の30代の店長と、その助手の20代の女性スタッフに同行する形で、都内のライブハウスへと向かった。
今日は、ムーン・ラビットが出演するイベント。しかも、姉が抜けて初めての4人体制でのライブとなる日。
楽屋に着くなり、店長によって僕の自己紹介がされた。
「今回から見習いで加入することになりました『佐藤勇人』です。よろしくお願い致します」
ここでは、流石に本名の高瀬は使用しない様にと、オーナーと店長に言われていた。勿論、スタッフでさえ僕の素性を知らない。
挨拶を終えると、メンバーやスタッフが拍手をして出迎えてくれた。
その中に、外面が良い森川の姿が目に入った。彼女は、とても笑顔だった。スタッフや、部外者が居ると、良い子を演じると、姉から聞いていた。
まさに、その通りだ。これが、演技ではなく素の性格ならと思った。
「店長さん、今日、髪をアップにしたいんですけど」
「すみません、私の前髪少し切って貰って良いですか?」
メンバーから、それぞれ要求が始まった。
僕は、何も解らないから、言われるがままに指示に従った。
女性スタッフが言うには、いつもこんな感じで、みんな言いたい放題らしい。とにかく、アイドルとしてのプライドからか、誰よりも可愛く見られたいから、それぞれが自分の髪型やメイクを考えて来て、それを実現する様に要求するらしい。
その中でも、森川はとにかく一番ワガママで要求が多く、逆に姉は大人しかったらしい。
この楽屋での風景を見ていると、みんな姉の事など忘れている様にも感じた。
店長が言うには、ムーン・ラビットのメンバーは他のグループに比べて仲が良い方だと言う。ただ、それは、森川の絶対的な権力がそう見せているとも捉えられると。
違う言い方をすれば、森川中心で、誰も森川に逆らわず従っているとも言う。
だから、表面上の仲は良く見えても、個々の本音は解らないとも言える。
楽屋にスタッフが入って来て、辺りを見渡して言った。
「今日が、4人になって初めてのライブって事もあるし、私達だけじゃなくファンの方も同じ気持ちで来ていると思う。真美ちゃんの事は、警察の方達に任せて、あの子の居場所をみんなで守る為に、今日このライブを成功させよう」
メンバー、他のスタッフが返答をすると、そろそろスタンバイお願いしますと、ライブハウスのスタッフが呼びに来た。
スーっと、森川がその場から立ち上がり言った。「真美の為にも頑張ろう!」僕は、その言葉を聞いて『何が真美の為だ…』と、心の中で呟いた。お前のせいで姉は…
森川は、ライブのMCで涙を流しながら姉の話をした。好感度アップが狙いだろうと、僕は思った。そして、きっと、何人かはそう思ったに違いない。
「真美の為にも、私達4人で頑張ります。真美が、いつ戻って来ても良い様に、私達が真美の場所を残して置きます」全て綺麗事だ。
涙する森川やメンバー。それに同調され涙するファン。盛大な拍手が響き渡る。
ライブが終わり、楽屋へ戻って来るなり、森川は煙草に火を付けた。
「ねぇ、店長。私この後用があるから、メイク薄目に直して貰って良い?」
誰よりも早くスタッフの車に乗り、森川は去って行った。
「亜莉沙さん、また違う男かな?」メンバーの一人がボソっと言うと、他のメンバーが「多分ね」と、気怠そうに返答した。
全てのライブが終わり、僕達はスタッフや他のメンバーと一緒にライブハウスを後にした。
森川がどこへ行ったのか、この時、僕は知る由もなかった…
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